短編集

消滅としあわせ


「俺は……そんな……なんで……」

空に浮かぶのは蒼い月。
いつもは黄色の月が別の色に変わるとき、どこかでよくないことが起こっている。
そんな話をどこかで耳にしたことはあった。
けれどまさかそれが自分に降りかかるなんて思ってもいなかった。
俺は目の前に広がる赤い炎の波をただただ見ていることしかできなくて。
俺が治める封印士の村、エルフィーユは突然国の軍に攻め込まれあっという間に崩壊した。
俺はこの村がバレないように、何人からも貶められないように守ってきたはずだったのに。
村の住人は一様に俺が来た当初にしてきた自分たちの行いのせいで国からの侵略を許すためその結界を解除するのではないかと怯え、一人、また一人村から逃げ出して。
軍の奴らもノコノコ出てきた獲物を逃すほど馬鹿ではない。
逃げ出してきた住人は行くなと叫ぶ俺の目の前で無惨にも殺された。
絶望さえ感じ俺はなんとか担当翼者と友達だけでも逃がそうと結界を解き残り少ない魔力と一緒に練りこむと安全であろう俺の恋人の施設まで転移させた。

「これで、いいんだよな……センチェルス……」

残りの住人は俺一人。
軍の奴らはやっと結界が解けたエルフィーユへ突入してきたようだ。
俺が死ぬのも時間の問題。
もういい、もういいやとその場に座り込み家の中に軍の奴らが来るのを待つ。

「ごめん……おれ、やくそく、したのに……、センチェルスと、やくそく、したのにっ……」

首にかかったロケットペンダントの蓋を開き中の写真を見ながらボロボロと涙を流しここにいない大好きな人に謝る。
ごめん、ごめんなさいと。

「たすけて……センチェルス……っ」

謝ってから俺は死にたくなんてないなんて思い始めた。
だって俺はこれから大好きな人と結ばれて幸せになるんだ。
そのための花嫁修業をしてた。
すべてはセンチェルスのお嫁さんになるために。
センチェルスの隣に妻として並んでも恥ずかしくないように。
たくさんたくさん頑張ってきたのに。
俺はこれから一人で、誰にも看取られず、死んでいく。
それがたまらなく怖くて、助けて助けてと消え入りそうな声で呟くと見つけましたよと聞きたかった声が聞こえ顔をあげる。
するとそこには黒い光に包まれたセンチェルスがいて。
そんなわけないと何度も目を擦り、目の前の人物を見つめる。

「ね! またうまくいったでしょ!」
「まさか連続で上手くいくとは思いませんでしたよ。さすがは私の姫ですね」

よしよしと頭を撫でられたそいつは俺そっくりの顔で黒いドレスを着ていた。
一体どういうことなんだと困惑する俺をそいつはチラッと見るとここは任せたよとセンチェルスに告げ黒い聖歌隊服を着た女の子二人を連れて家を出ていった。

「さてと、あっちはあの子たちに任せて私は……」

そう呟いて振り返ったセンチェルスの瞳はいつもと違う赤い瞳で。
外が赤いからそう見えるのか、それとも何かがあって赤くなってしまったのか。
色々気になったけれど俺は俺の前で膝をつき、手を差し伸べるセンチェルスに泣きながら抱きついた。
センチェルスは俺をぎゅっとして背中を撫でながらよく頑張りましたねといつもの優しい声をかけてくれた。

「辛かったですね、ウィード。誰も信じてくれなくて、目の前でみんないなくなって辛かったですね」
「な、んで……」
「言ったでしょう? 貴方のことならなんだって視えるんですよ」
「そっか……」

俺が言わなくてもセンチェルスは欲しい言葉をくれる。
俺が言わなくても何を言いたかったのか察してくれる。
やっぱり俺の大好きな王子様だ。

「ウィード、よく聞いてください。私は……」
「センチェルス」

俺を離し真っ直ぐ見つめるその瞳は血のような赤い瞳。
炎のせんなんかじゃない。
これは今のセンチェルスの瞳の色。
それに加えていつもの時空術師の服より少し豪華な服。
それだけで俺は何が起こっているのか理解できた。

──このセンチェルスはこの時代のセンチェルスじゃないと。

「わかってるから。センチェルス」
「ウィード……」
「俺、きっと死んじゃうんだよね。死んじゃうから、会いに来てくれたんでしょ?」
「貴方の死を回避することはできません。それは事実です。すみません」
「謝らないでよ。死んじゃうとしても俺はセンチェルスに看取ってもらえるってことでしょ?」
「そうですね」
「なら俺、寂しくないよ」

大丈夫と紡いだ言葉は震えていて。
俺はそこで初めて自分がまた泣いていることに気づく。
センチェルスはそんな俺の手を握り貴方は選べるんですよと真剣な表情で見つめてくる。

「えら、べる……?」
「貴方の死という結果は不変なんです。でもその死に方まではまだ変えられる」
「ど、いうこと……?」
「このまま時の流れに身を任せ軍の奴らに殺されるか、あの子と同化するか。貴方にはそれを選ぶ権利があるんです」
「あの子って……」

誰と聞こうとしたその時終わったよー!と家に戻ってきたのは黒いドレスのそいつと女の子二人で。
センチェルスはそいつにお疲れ様ですと微笑みかけ俺を立たせるとあとは貴方が選ぶだけですとそいつの前に行かせた。

「こんにちは。俺はウィード、ウィード・ノルフェーズ。よろしくね」
「のる、ふぇーず……じゃあ……」

それはセンチェルスと同じ名字で、それを名乗っているということはこいつはセンチェルスとちゃんと結ばれた世界の俺なんだ。
そう思うのに何の躊躇いもなかった。

「なぁ、聞いてもいい?」
「言わなくてもわかるよ。だって貴方は俺だもん。あのね、俺は幸せだよ。センチェルスと一緒になれて、子供だって二人いるんだ。とっても幸せ」
「ほんとに……?」
「うん。幸せ。だから、貴方にも見せてあげる。俺たちが選んだ幸せを」

さぁ手を、と差し伸べられた手とそいつの顔を見比べる。
そいつの瞳もセンチェルスと同じ赤い瞳で。
義眼である金の方は変わらなかったけどそれがどういう結末を迎えたのか何も知らない俺でも予想はついた。
それでも俺が選んだ幸せならきっと間違いないんだと思い俺はその誘いを受けるように自らの手をその手においた。

「あんたと同化したら俺、いなくなっちゃうんでしょ」
「うん。でも大丈夫。この世界がもう少しで消えるから」
「この世界が?」
「うん。終わるの。二人が破滅の歌を歌って、俺が鎮魂歌を歌ったから」
「そっか……」
「いこ? 俺の幸せ、貴方にも分けてあげる」

この世界はもうすぐ無くなる。
世界がなくなるなら俺はここにいる必要もない。
それなら俺が選ぶ選択肢は一つだけ。

「よろしくな、ウィザリア」
「うん、よろしくね」

こいつと同化して俺もセンチェルスの側にいる。
そしたら俺もセンチェルスと一緒になれるし、幸せになれる。

「一緒に幸せになろうね、ウィード」
「ああ、頼んだよ、ウィザリア」

もちろんと笑ったそいつを見届けそっと目を閉じると体がふわっと軽くなる感覚に襲われた。
ふわふわと意識も少しずつ薄れていく。
俺の存在が目の前の俺が取り込んでいく。
消えるっていうのに不思議と何も怖くなくて。

「ウィード、何も怖がらなくていいからね」
「ああ」

何も怖くない。
怖いわけがない。
だって俺は大好きな人と幸せになれるんだから。
俺という存在が消えるとしてもそれはそれで俺が選んだ幸せなのだからなんの後悔もなかった──。
11/12ページ
スキ