短編集

想いを伝えたくて。

我は今、大事な局面に差し掛かっている。
これ以上は失敗できない。
なぜならもう材料がないから。
今日はバレンタイン。
好きなやつにチョコレートを渡す行事だと知ったのはついさっきウィードから連絡があってのことだった。
急いで店を数件回ったが予約で一杯で買えず。
仕方ないとチョコレートを買ってマフィンを作っている。
が、さっきから粉の量を間違えたり、お湯の中にチョコレートをぶちまけてしまったりとドジ続きだ。
なぜだ。
なぜこんなことが起こっている?
いつもならこんなものちょちょいと作れるというのに。
なぜだ。
いつもと違うといえばこれをあやつに渡すということ。
それだけなのに、さっきからドジばかり。
そして今、トースターの中で膨らむのを今か今かと待っている。
ぷくーっと膨らんだのを見てやったー!と喜んだのも束の間。
あっという間にぷしゅーっとしぼんだ。

……つんだ。

これが世にいうつんだということか。
トースターからだしたマフィンは悲しくもしぼんで我の目の前にある。

「あーあー……なんで、なんでだ。なんでなんだ!! 我、なんで、こんなに不器用なんだ!? いつもなら作れるのに! なんで!」

しぼんだたくさんのマフィンを悲しみながらもぐもぐ食べ、残ったチョコレートと粉の残量を見てもう作れないと項垂れた。
そこへピロリンとウィードから連絡が入って見てみてー!と送られてきていたのはきれいなハート型のチョコレートケーキだった。
真ん中にHappyValentineの文字があって、ハートを縁取るようにいちごと白いホイップクリームが所狭しと並んでいた。
それを見て我は悲しくなって泣きながらウィードに電話をした。

「ぅわぁぁぁぁ!! ウィードー! ウィードー! もう我はどうしたらいいか、わからぬよ!!」
『ど、どどどどうしたの!? なにかあった!?』

慌てる電話口のウィードに事の次第を話し、目の前の残量を話す。
そしたら少し考えたあと、それなら生チョコレートなら作れるよと教えてくれた。

「なま、ちょこ……? 」
『うん! 教えてあげるから、作っていこ! ね! エルザーク!』
「っく、んっ……、我、がんばるっ……」
『じゃあまず、余ってるチョコレートを刻んでー』

そうして我はウィードに聞きながら生チョコレートを作り始めた。
余ったチョコレートを細かく刻んで、その間に生クリームを温めておく。
温まった生クリームに刻んだチョコレートを入れて溶かしていく。
そしてそこに少しブランデーを入れてよくかき混ぜてからバットにクッキングシートを引いて流し込んでいく。
ゆっくり、ゆっくり、丁寧に。
平らになるように流し込む。

『あとは冷蔵庫で固めるか、氷魔法でちゃちゃっと冷やしたらココアパウダーかけておわり! ね! ちゃんと作れたでしょ?』
「んっ、ありがと……。ありがと、ウィード……」
『ううん! 元気になってよかった! ちゃんと渡すんだよ? いつもみたいにツンツンしないで、素直に気持ち伝えて渡すんだからね!』
「う、うむ……がんばる……」
『うん! がんばれ! エルザーク!』

それじゃあね!と電話が切られ我は生チョコレートが入ったバットを冷蔵庫に入れる。

──2時間後。

「で、できたー!!」

ウィードに言われたとおりにココアパウダーをかけて、綺麗な箱に詰め直し、あやつの色である赤いリボンをかけるとホッとした。
ふと外を見ると日が昇っていて、我は一晩中このキッチンで格闘していたと知らされた。
そしてホッとしたのも束の間。
このキッチンの惨状を目の前に我は早く片付けねばと慌てだす。
早くしないとあやつが起きてきてしまう。
今日の朝食当番はあやつだから。
早くしないと、早くしないと。
がちゃがちゃ、ばたばたキッチンを片付けていると騒がしいなぁ、とミーウェルが起きてきてしまった。

「あ? なーにしてんだ? エル」
「あっ、あっ、あっ、あのっ、これっ、はっ、そのっ、えっ、と」
「ん……? なんか甘い匂いすんな?」
「え、えっ、と、あの……」
「……あ、そうか!! 今日バレンタインじゃねぇか! 何だ、お前、オレにチョコレートでも作ってくれてたのか?」

ん?とにやにや笑って近寄ってくるミーウェルに我は咄嗟に作ったチョコレートを背中に隠し、えっとえっとと視線を泳がせる。

「ほら、渡せよ。オレにだろ? エル」
「そ、それは……、そう、だが……その……」
「その背中に隠したもん、さっさと寄越せよ」
「う、うむぅ……」

仕方ないと我は背中に隠したチョコレートを恐る恐るミーウェルに渡す。
ミーウェルはそれを受け取るとありがとなと我の頭をわしわしと撫でる。
我のほうが身長高いのに、よく届くなと思いながら我は撫でられていた。

「これ、食っていい?」
「えっ………」
「せっかく作ってくれたんだしよ、感想伝えてぇじゃん? だから食うからな」

そう言ってミーウェルは丁寧に包装を開けると入っていた生チョコレートを一つ摘み口の中に放り込んだ。
目の前で食べられていくチョコに我はドキドキしながら見守る。

「んっ! めっちゃうめぇな! これ! お酒入ってるから大人のチョコってかんじだな!」
「あっ、あっ、おい、しい?」
「ああ。美味いよ、エル。ありがとな」

ニッと笑うとミーウェルはぽいぽいっと中のチョコを食べていきながら散らかったキッチンに歩いていく。
よかった……とホッとしているとこっち向けよと言われ、なんだ?と振り返ると腕を掴まれ引き寄せられる。
そしてそのまま間髪を入れずキスをされた。
さっきからチョコを食べていたミーウェルとのキスは頭が痛くなりそうなほど甘々で蕩けるようだった。

「んっ、ぅ……は、……み、うぇる……」
「美味いチョコの礼。さっ、飯作るか! 今日は何がいい? エル」
「う、うぅ……っ、ミーウェルの、ばかぁ……っ」
「おーい。エルー?」
「うぅ……ばかぁ……。ミーウェルいつも、そうやって、われのこと、翻弄する……っ」
「そうか?」
「ばかぁ……っ」
「はいはい。そんなオレが大好きでたまらないエルくーん? 今日の朝飯何食べたいか言ってくれるかー? 言わねぇと肉ばっかにするぞー」
「あーもう! そうだ! 我は汝が大好きだ! ばか! 味噌汁と白米以外認めん! も、もう、我、部屋にいる!!」

ばかばか!と熱い頬を抑えながら我は片付けもせずに部屋へと戻る。
部屋に戻ってからふぅ……と一息ついてからやっとミーウェルにチョコを渡せたことを実感する。

「ちゃんと、渡せた……。ふふ……ちゃんと、渡せた。我の、チョコ……食べてくれた……美味しいって、ふふ……」

ベッドの上でさっきのことを思い返しながらごろごろする。
嬉しい。
我が作ったチョコレートを美味しいって食べてくれた。
凄く恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しかった。
今日はバレンタイン。
大好きな人にチョコを渡す日。
そして大好きな人に大好きって伝える日。

──我の想い、ちゃんと伝わったかな……。
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