【GL】Fox Maiden-狐巫女の洗礼-

翌朝。

「相変わらずですね、桜月」
「うぅ……。もう、お嫁にいけないぃ……」
「今更ですか?」

何度目だと思ってるんですかと言いながら花月はいつものように青い巫女服に着替え、桜月に赤い巫女服を手渡し着替え終わるのを待つ。
そうして二人で美月の元へ行くと何の代わり映えのしない仕事を繰り返す。
そのはずだった。

「狐巫女!! お姉ちゃんを返せ!!」

美月の元に来た花月たちの目に入ったのはそう叫んで短剣を向ける胡桃とエルラたちで。
彼女たちは目の前にいる巫女が美月であると気付くこともなく威嚇を続ける。
花月たちは美月に駆け寄るとどうしますか?と小声で問いかける。
美月は自分の妹を目の前に悩む。
周りには自分を狐巫女として慕う社の住人がいる。
ここで自分が美月だと名乗ってしまえば今までしてきたことが無駄になる。
社の人にも嘘をついていたことがばれる。
自分は巫女の身代わり。
巫女が目覚めるまでは自分がちゃんとこの社の主として振舞う必要がある。
それが美月の決意だった。

「花月、桜月、力を貸して」
「それが貴女の答え、ですね?」
「ええ。なるべく傷つけず、追い出したい」
「巫女様の意思ならば、どこまでも」

ありがとうと花月たちに伝えるとすくっと立ち上がり、巫女がやっていたように振舞い始めた。
それに花月と桜月は合わせるようにエルラ達と対峙する。

「くるみのお姉ちゃんを返せ! 狐巫女!」
「花月ちゃんを解放して! 」
「エルラお姉ちゃん、花月はここにいると話したはずですよ」
「そうだぞ。こやつは妾のもの。誰にも渡さん」
「なら、殺す!! お前を殺してお姉ちゃんを助ける!!」

雄たけびを上げながら胡桃は自らの姉に刃を向け、突き刺そうとしてくる。
美月は来い、とその両手を広げ待ち構える。
防御などする気はない。
その刃を自分の身に受ける気だと花月と桜月は察し、護ろうとするもいいと制されてしまう。

「狐巫女おおおお!!!」
「来い! 人間風情が!!」

雄たけびと共にその刃が深く深く美月の胸に突き刺さる。
ぶっすりと、深く深く。
美月は血を吐きながら自分に刃を突き立てた妹を優しく抱きしめ、強くなったと一言告げるとその場に倒れた。

「やった……っ、狐巫女を倒した! お姉ちゃん! お姉ちゃんどこ!? 近くにいるんでしょ!?」
「花月ちゃん! これでやっとこいつから解放されたね! あたしと一緒に行こ!」
「……花月はいけません。エルラ、胡桃、律、樹、さっさとこの社から出なさい」
「花月ちゃん……?」

動かない美月を抱き上げそう告げると花月は桜月を連れ大広間を後にする。
美月はもう息をしていない。
死んだ。
つまり、ここはもう崩れる。
巫女の力で保たれていたこの空間はきっと跡形もなく消える。
そう感じていた花月は美月を巫女の部屋に連れて行く。
最期くらい自分を拾ってくれた巫女の傍にいたい。
それが花月の願いだった。

「花月ちゃん……」
「桜月、怖いですよね。桜月たちはここが無くなったら存在できない。だって桜月たちは、生まれてこれなかった魂なんですから」

崩れ始める社内。
響き渡る悲鳴。
助けて。
消えたくない。
もっとここにいたい。
悲痛な訴え。
そこかしこに動かない社の住人。
頭を抱え苦しむ住人。
花月に助けてと縋る住人。
けれど花月にはそんな力はない。
だから花月はごめんなさいと告げ彼らの横を通り過ぎ、巫女の部屋へと入る。

「花月ちゃん……あたし……」

振り返ると桜月の瞳から光が消えていた。
感情もない。
ただの人形。
そんな感じ。
無機質な声に花月は大丈夫ですよと告げると美月をそっとその場に寝かせ、桜月に触れるだけのキスをするとそこに座っていてくださいと指示をする。
桜月はそれに従いその場に座りただじっとぼーっとしている。

「花月には何もできません。ごめんなさい。花月には助けてあげられません」
「……」
「桜月、怖いですよね。大丈夫。花月が傍にいてあげます。花月が証明します。桜月は確かにここにいたことを」

大丈夫と桜月の髪を梳くように撫でながら傍に寄り添うように座り込んだ。
そこへ狐の姿になった巫女がてくてくと歩み寄ってくるとここまでかと諦めたように告げる。

「巫女様……」
『よくやった、花月。そなたはよくやってくれた』
「花月は何もしてません。何も、できてません……」
『そんなことはない。妾を守って、妾の代替も守ってくれた』
「ですが、このざまです。巫女様が護ってくれたこの社はもうすぐ壊れます。跡形もなく」
『なぁ、花月。そなたはどうしたい?』
「花月は……」

巫女は尋ねる。
どうしたいのかと。
いつも巫女の命令に忠実に従ってきた花月。
自分の意思などなしに命令をこなしてきた。
それが花月のやるべきこと。
自分を救ってくれた巫女へ対してのせめてもの恩返し。
だから自分に意思などいらないと思っていた。
けれど今の花月には一つだけ曲げられない意思が芽生え始めていた
ようで、一呼吸置いた後、巫女に向くとはっきりとこう告げた。

――この社を守りたいと。

「花月の居場所はここです! 花月の居場所はここしかない! 巫女様がいて、桜月がいるここが花月の居場所です! だから、花月がこの社を守ります! 花月が、花月が、みんなの居場所を守ります!」
『そうか。なら、花月。そなたがこの社を守護する巫女となれ。これからそなたがこの社を護る巫女となるのだ』
「花月が、巫女に……?」

そんなの無理ですと首を振る花月にそなたならできると巫女は告げると美月の手を取れと指示を出す。
がたがたと揺れる社の中、巫女の言う通りにすると美月から巫女の力がその手を伝い花月の中へ取り込まれていく。
瞬間、凄まじい力と痛みは花月を襲い、悲鳴を上げながらのたうち回り始める。
巫女はただ見守り花月に耐えろと告げるだけ。
けれどあまりに強大な力は彼女を蝕み、無理矢理に適応させようとその姿を少しずつ変えていく。
真っ黒だった髪が毛先が少し青い真っ白な色に染まると同時に大きな狐耳が生え、腰辺りから九本の髪と同じ色の狐の尻尾が生える。
身体の節々が軋み、その大きさも高校生の少女から成人の女性へと変わっていくとゆらゆらとその周りを青い炎が舞い始める。

『花月、今日からそなたが狐巫女。この社の主だ』
「み、こ、さまっ……」
『妾はまたしばらく眠る。いつ目覚められるかはわからん。その間、ここを頼んだぞ。花月』
「みこ、さま……、ひとつ、だけ、かげつの、願い、きいて、くれますか……?」
『なんだ? 言ってみろ、花月。我が分身よ』
「みこさまの……、なまえ、おし、えて……」
『そうか。妾の名を教えてなかったな。良かろう。妾の名は結月ゆづき。結ぶ月と書いて結月だ。よく覚えておけ。再び妾が目醒めるその日まで』

薄れゆく意識の中、花月は巫女にそう尋ね、巫女はそれに応える。
花月は嬉しそうに笑い、結月様と声を掛ける。
巫女はおやすみと告げると花月の傍に来ると体を丸めゆっくり眠りにつき、花月もそれと同時に気を失った。
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