【GL】Fox Maiden-狐巫女の洗礼-
彼女は降り頻る雨の中ただ一人傘もささずに古びた鳥居の前にいた。
何の手入れもされず伸び放題になった黒髪を払うこともなく彼女はただその場に立っていた。
“少しここで待っててね”
そう言い残した両親の言葉を信じて。
けれども待てども待てども両親は戻ってこない。
どのくらいの時が経ったのか、教育というものを受けてこなかった彼女に数える術もなく。
けれどもその年月は随分と経ってしまったことを自らの身体が物語っていた。
いつしか彼女は気づいた。
もう両親は戻ってこないのだと。
自分は独りぼっちなのだと。
冷たい雨を降らす灰色の空を見上げはぁ……と一息つく。
白い息がふわりと宙に漂うのを見ながら彼女は街に行ってみようと長い長い石階段を降りていく。
けれどやっとの思いで辿り着いた村でも彼女を知る者はおらず、裸足でボロボロの彼女を見ても周りの人は見て見ぬふりをする。
彼女に頼る宛もない。
彼女を助けてくれる者もいない。
現実はとても残酷だった。
彼女は再び鳥居の前に戻った。
これからどうしたらいいか。
このまま誰にも知られず、誰にも見つけてもらえず死んでいくだけなのか。
彼女は絶望し、鳥居に背を凭れ座り込んだ。
その時……──。
「なんだ、人間の子供か?」
ふと女の声が聞こえ見上げるとそこには赤い番傘をさした女性がいた。
長く伸びた赤い爪、傘の下からみえる赤い紅、大きく胸元を開けて着ている豪華な和服。
見るものすべてが彼女にとって初めてのものばかりだった。
「いつからいた?」
「……いつ……?」
「この場所にどのくらいの時間いたと聞いている」
「じかん……」
「ふむ……。もしやおぬしは捨て子と言うやつだな? そうかそうか。なら妾が拾ってやろう。人間の子供を1度飼って見たかったのだ」
女はにたりと笑い彼女に手を差し伸べる。
彼女には女が何を言っているのかよくわからなかった。
けれどこの差し伸べられた手に掴まれば自分はもう独りぼっちじゃなくなる。
それはわかったようで彼女は女の手に自らの手を重ねた。
女は彼女の手を引き立ち上がらせると行こうと鳥居を一緒に潜った。
瞬間──。
先程まで古びた鳥居だったものが真新しいものへと代わり、周りの景色も雨景色から一瞬で紅葉した紅葉が生い茂る晴れ晴れとした景色へと変わった。
驚く彼女の手を引き女は石階段を上がっていく。
石階段の両端には女を出迎えるようにたくさんの狐面を被った人たちが膝をつき座っていた。
石階段を最後まで登り切ると目の前には赤い豪華な建物が聳え立っていて、女は彼女の手を離さずそのまま中へと入っていく。
「さて、人間。おぬし名はなんという?」
「……」
「おい、無視か? 妾が貴様の名前をわざわざ聞いてやっているというのに」
「なまえ……ない……」
「ない? 不可思議なことだな。仕方あるまい。妾が名付けてやろう!華月 、でどうだ?」
そう言って女は座り込んだその場所から長い爪を彼女に向けて華月と青い炎で書き記した。
けれど彼女にはその字がなんと読むのかわからず首を傾げるだけ。
様子がおかしい彼女に女は読めぬのか?と問いかけた。
彼女は小さく頷く。
女は少し考えたあとこれなら読めるか?と華の字を花へと変えた。
「はな……つき……?」
「おお、これは読めるのだな。これで花月 と読む。おぬしの名前はこれより花月。よいな?」
「かげつ……かげつ……」
何度か呟き彼女はそれが自分に与えられた名前だと認識しかげつはかげつ、と女をまっすぐ見つめた。
番傘をさしていたときには見えなかった金色の瞳と頭にある大きな狐耳がはっきりと見え、彼女……花月はこの人は人間じゃないと察した。
「さて、その姿をまずはどうにかせねばならんな。そうさな……そこの二人。花月を小奇麗にしてこい」
「「巫女様の仰せのとおりに」」
命じられた先頭の二人がすくっと立ち上がると花月を連れて右側の扉を潜った。
先の見えないくらい廊下を二人に連れられただただ歩く。
会話もなく、ただ淡々と。
こちらへ、と扉が開かれると花月はその中に入っていく。
どこだろうと辺りを見回していると二人が花月の服を脱がし始める。
当の花月は何をされているのか、これから何をされるのかよくわかっておらずただされるがまま。
そのままその奥にあるガラス扉を開け進むとお湯が溜まった場所があった。
「……おふろ……」
はいっていいのですか……?と後ろの二人を振り返るとまずは穢れを落としてからと椅子に座らされた。
おとなしく座っていると二人が伸び放題になった髪や手入れのされていない体を洗い始める。
「玉になってしまっているところは切らせて頂きますね」
「……はい……」
ちょきんちょきんと髪が切られる音が浴場内に響く。
たちまち彼女の髪は膝まであった長さが腹の辺りまでの長さになった。
伸びた前髪も切られ視界が良くなったと思った頃には眉あたりでまっすぐ切り揃えられていて。
「これで、大丈夫そうですね」
「巫女様がお気に召すとよろしいですね」
「みこさま……?」
「貴女をここに招いたあのお方のことですよ。このお社の主様。みな、彼女の事を巫女様と呼んでいるんです」
「みこさま……」
それなら自分もそう呼べばいいのかと何度か繰り返す。
そうしているうちに穢れを洗い終わったのか花月はやっと暖かな湯の中へ体を沈ませることができた 。
お風呂に入るのなんていつぶりだろうとホッと一息つくと全身の力がふっと抜ける。
踏ん張る力もない花月は容易に湯の中にどぼんと沈んでしまった。
驚いた二人は慌てて花月を引っ張り上げ大丈夫ですか?と声をかける。
花月は驚いたようで少しきょとんとしていたものの大丈夫ですと再び少し段になっているところに座った。
暫く湯に浸かり温まると再び脱衣所へと戻り、二人に体を拭いてもらって新しい服を着せてもらう。
青い巫女服のような服を着せられ、乾かし終わった髪を一纏めにし、白いリボンをくるくると根本に巻かれた。
これで完成ですと姿見に写ったその姿は自分とは思えないほどきれいにされていた。
村の割れた窓ガラスに写った自分と今の自分。
見違えるほど変わったその姿に花月は言葉を失った。
「さ、巫女様の元へ参りましょう」
こちらへと二人は花月に白い布を被せると転ばないよう手を引き、彼女を再び巫女様と呼ばれる女の待つ場所へと戻っていった。
何の手入れもされず伸び放題になった黒髪を払うこともなく彼女はただその場に立っていた。
“少しここで待っててね”
そう言い残した両親の言葉を信じて。
けれども待てども待てども両親は戻ってこない。
どのくらいの時が経ったのか、教育というものを受けてこなかった彼女に数える術もなく。
けれどもその年月は随分と経ってしまったことを自らの身体が物語っていた。
いつしか彼女は気づいた。
もう両親は戻ってこないのだと。
自分は独りぼっちなのだと。
冷たい雨を降らす灰色の空を見上げはぁ……と一息つく。
白い息がふわりと宙に漂うのを見ながら彼女は街に行ってみようと長い長い石階段を降りていく。
けれどやっとの思いで辿り着いた村でも彼女を知る者はおらず、裸足でボロボロの彼女を見ても周りの人は見て見ぬふりをする。
彼女に頼る宛もない。
彼女を助けてくれる者もいない。
現実はとても残酷だった。
彼女は再び鳥居の前に戻った。
これからどうしたらいいか。
このまま誰にも知られず、誰にも見つけてもらえず死んでいくだけなのか。
彼女は絶望し、鳥居に背を凭れ座り込んだ。
その時……──。
「なんだ、人間の子供か?」
ふと女の声が聞こえ見上げるとそこには赤い番傘をさした女性がいた。
長く伸びた赤い爪、傘の下からみえる赤い紅、大きく胸元を開けて着ている豪華な和服。
見るものすべてが彼女にとって初めてのものばかりだった。
「いつからいた?」
「……いつ……?」
「この場所にどのくらいの時間いたと聞いている」
「じかん……」
「ふむ……。もしやおぬしは捨て子と言うやつだな? そうかそうか。なら妾が拾ってやろう。人間の子供を1度飼って見たかったのだ」
女はにたりと笑い彼女に手を差し伸べる。
彼女には女が何を言っているのかよくわからなかった。
けれどこの差し伸べられた手に掴まれば自分はもう独りぼっちじゃなくなる。
それはわかったようで彼女は女の手に自らの手を重ねた。
女は彼女の手を引き立ち上がらせると行こうと鳥居を一緒に潜った。
瞬間──。
先程まで古びた鳥居だったものが真新しいものへと代わり、周りの景色も雨景色から一瞬で紅葉した紅葉が生い茂る晴れ晴れとした景色へと変わった。
驚く彼女の手を引き女は石階段を上がっていく。
石階段の両端には女を出迎えるようにたくさんの狐面を被った人たちが膝をつき座っていた。
石階段を最後まで登り切ると目の前には赤い豪華な建物が聳え立っていて、女は彼女の手を離さずそのまま中へと入っていく。
「さて、人間。おぬし名はなんという?」
「……」
「おい、無視か? 妾が貴様の名前をわざわざ聞いてやっているというのに」
「なまえ……ない……」
「ない? 不可思議なことだな。仕方あるまい。妾が名付けてやろう!
そう言って女は座り込んだその場所から長い爪を彼女に向けて華月と青い炎で書き記した。
けれど彼女にはその字がなんと読むのかわからず首を傾げるだけ。
様子がおかしい彼女に女は読めぬのか?と問いかけた。
彼女は小さく頷く。
女は少し考えたあとこれなら読めるか?と華の字を花へと変えた。
「はな……つき……?」
「おお、これは読めるのだな。これで
「かげつ……かげつ……」
何度か呟き彼女はそれが自分に与えられた名前だと認識しかげつはかげつ、と女をまっすぐ見つめた。
番傘をさしていたときには見えなかった金色の瞳と頭にある大きな狐耳がはっきりと見え、彼女……花月はこの人は人間じゃないと察した。
「さて、その姿をまずはどうにかせねばならんな。そうさな……そこの二人。花月を小奇麗にしてこい」
「「巫女様の仰せのとおりに」」
命じられた先頭の二人がすくっと立ち上がると花月を連れて右側の扉を潜った。
先の見えないくらい廊下を二人に連れられただただ歩く。
会話もなく、ただ淡々と。
こちらへ、と扉が開かれると花月はその中に入っていく。
どこだろうと辺りを見回していると二人が花月の服を脱がし始める。
当の花月は何をされているのか、これから何をされるのかよくわかっておらずただされるがまま。
そのままその奥にあるガラス扉を開け進むとお湯が溜まった場所があった。
「……おふろ……」
はいっていいのですか……?と後ろの二人を振り返るとまずは穢れを落としてからと椅子に座らされた。
おとなしく座っていると二人が伸び放題になった髪や手入れのされていない体を洗い始める。
「玉になってしまっているところは切らせて頂きますね」
「……はい……」
ちょきんちょきんと髪が切られる音が浴場内に響く。
たちまち彼女の髪は膝まであった長さが腹の辺りまでの長さになった。
伸びた前髪も切られ視界が良くなったと思った頃には眉あたりでまっすぐ切り揃えられていて。
「これで、大丈夫そうですね」
「巫女様がお気に召すとよろしいですね」
「みこさま……?」
「貴女をここに招いたあのお方のことですよ。このお社の主様。みな、彼女の事を巫女様と呼んでいるんです」
「みこさま……」
それなら自分もそう呼べばいいのかと何度か繰り返す。
そうしているうちに穢れを洗い終わったのか花月はやっと暖かな湯の中へ体を沈ませることができた 。
お風呂に入るのなんていつぶりだろうとホッと一息つくと全身の力がふっと抜ける。
踏ん張る力もない花月は容易に湯の中にどぼんと沈んでしまった。
驚いた二人は慌てて花月を引っ張り上げ大丈夫ですか?と声をかける。
花月は驚いたようで少しきょとんとしていたものの大丈夫ですと再び少し段になっているところに座った。
暫く湯に浸かり温まると再び脱衣所へと戻り、二人に体を拭いてもらって新しい服を着せてもらう。
青い巫女服のような服を着せられ、乾かし終わった髪を一纏めにし、白いリボンをくるくると根本に巻かれた。
これで完成ですと姿見に写ったその姿は自分とは思えないほどきれいにされていた。
村の割れた窓ガラスに写った自分と今の自分。
見違えるほど変わったその姿に花月は言葉を失った。
「さ、巫女様の元へ参りましょう」
こちらへと二人は花月に白い布を被せると転ばないよう手を引き、彼女を再び巫女様と呼ばれる女の待つ場所へと戻っていった。
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