【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を

その頃、王都の華やかな喧騒から遥かに隔絶された、大陸のどこか。

「……ん、……っ、ぁ……」

ルミは、頭を揺さぶるような激しい残頭痛とともに、ゆっくりと意識の底から這い上がってきた。
薬品の不快な匂いが鼻腔を突き、重い瞼を辛うじて押し上げる。
しかし、視界に飛び込んできたのは、城下町の温かい陽光でも、アルヴィーノと過ごす白亜の私室でもなかった。

――暗く、冷たい、灰色の石壁。

僅かな魔導灯だけが不気味に明滅する、窓一つない閉ざされた空間。

「……あ、……ここは……っ」

ルミの身体が、本能的な恐怖で小さくガタガタと震え出した。
記憶の奥底、決して思い出したくもなかった絶望の日々が脳裏をよぎる。心に深い傷を負い、ただの人形として扱われていた、あの薄暗い【研究所】の景色に、この場所はあまりにも酷似していたのだ。

「――おっと、やっと目を覚ましたか。さすがは化け物、薬のキレが早いな」

重々しい鉄格子の扉が開き、足音と共に数人の影が部屋へと入ってきた。
現れたのは、城下町でルミを襲った昏い外套の男たち。
そして、その中央で彼らに傅かれながら歩みを進める、一人の男。
男は、薄汚れた【白衣】を纏っていた。
その目は人間を見るものではなく、ただの観察対象を値踏みするような、冷酷で乾いた光を宿している。
白衣の男は、ベッドの上に身を縮めるルミを見下ろすと、まるで見事な新しい玩具でも見つけたかのように、下卑た笑みをその顔に浮かべた。

「クク……素晴らしい。本当に、あの最高傑作『アルヴィーノ・レイストール』が肌身離さず囲っていたという、闇魔法の個体か。外見はただの可憐なガキだが、内包している魔力値は尋常ではないな……!」
「……あなた、だれ……っ。アルヴィーノの……、敵……?」

ルミは水色の長髪を乱しながら、男を鋭く睨みつけた。
白衣、冷たい部屋、自分を見る実験体としての視線。
すべてが、かつて自分を弄んだ人間たちと同じだ。
ここにいては駄目だ。早く逃げて、アルヴィーノの元へ帰らなければ、またあの地獄に引き戻されてしまう。

(逃げなきゃ……っ、深淵の闇を――!)

ルミは必死に恐怖を抑え込み、相手を空間ごと消滅させるための膨大な【闇属性の魔力】を体内で一気に練り上げようとした。
可憐な身体から、禍々しい黒いオーラが立ち上りかける。
だが、その刹那。

「あ、ぐっ……ぁああああっ!?」

ルミの細い首に強固に巻き付けられていた、金属製の【チョーカー】が不気味な赤色に発光し、彼の全身に肉体を内側から破壊するような凄まじい激痛と電撃が走った。

「う、あ……っ、あ……!」

練り上げられ、爆発寸前だったルミの闇魔力は、チョーカーの呪詛によって一瞬にして強制的に霧散させられ、空気の中へと虚しく消えていく。
ルミはそのままベッドの上へ倒れ込み、激しい息を吐きながら、首元を押さえて苦痛に顔を歪めた。

「ハハハ! 無駄だ。それは特別製の『魔力封じの首輪』だよ。魔力を練ろうとすればするほど、その肉体に激痛が走り、魔術はすべて霧散する構造になっている」

白衣の男は、苦しむルミの顎を強引に指先で強引に持ち上げ、冷たく笑った。

「大人しくしているんだな、可愛い実験体。お前が人質として大人しくしてくれれば、あの傲慢な軍師も、我々の要求に這いつくばって従わざるを得まい。……さあ、レイストール王国崩壊のカウントダウンを始めようじゃないか」
「アル……ヴィーノ……っ……」

遠のきかける意識の中で、ルミはただ一人、自らの命の恩人であり、最愛の伴侶である男の名を、祈るように心の中で呼び続けることしかできなかった。
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