【リリィ聖女編】祈りの果てに、聖女の葬送を

【聖女編24エピローグ】
暗く重い審問の日々が終わり、ヴェルナの集落解体と住民たちの移住計画が着々と進められる中、王国の専門機関による現地調査の最終報告書が国王アルフレッドのもとへ届けられた。
そこに記されていたのは、凄惨な悲劇の裏に隠されていた、あまりにも素朴で呆気ない物理的な真実であった。
ヴェルナの土地を苛んでいた不作と疫病。集落の人々が「神の罰」あるいは「深山に伝わる呪い」と恐れ、信仰によって克服しようとし続けた惨状の正体は、神話でも奇跡でもなんでもなかった。
単なる地力の枯渇。
長年にわたる過剰な耕作と不適切な作付けによって土地の栄養は完全に失われ、粘土質の土壌は酸性化し、従来の手法ではどれほど労力を注ごうとも十分な収穫を維持できない状態に陥っていたのだ。栄養失調によって住民の免疫力は低下し、それに伴って集落内に風土病や感染症が蔓延していただけに過ぎなかった。
神の怒りでも呪いでもなく、ただの農業技術と環境の限界。
彼らが本当に必要としていたのは、天から降り立つ聖女などではなかった。
土壌を改良するための正確な農業技術。
過渡期を凌ぐための正当な食糧支援。
病を抑え込むための医療と薬草。
そして何より、限度を迎えた土地に執着することをやめ、豊かな別の場所へ移住するという現実的な選択肢。
それらさえあれば、一人の無垢な少女の心を殺し、他者の尊厳を踏みにじるような残酷な悲劇を起こす必要など、どこにもなかったのだ。

「……悲しいことだね」

報告書を読み終えたアルフレッドは、深く、痛切なため息を漏らした。
執務机の向かいに立つアルヴィーノとレオへ、哀愁の滲む眼差しを向ける。

「彼らは奇跡という名の幻想に縋るあまり、自分たちの足元で何が起きているのかを見ようとしなかった。『聖女アナスタシアが救ってくれる』という古い伝承を都合よく待ち続けることで、自分たちが現実に立ち向かい、未来を選択する責任から逃げていたんだ」
「現実は常に冷酷で、至極単純なものですから」

アルヴィーノは淡々と、一切の感情を挟まずに言い切った。

「知性の欠如と閉鎖的な環境が、彼らに『神罰』という手頃な物語を与え、長という悪党の野心を芽生えさせた。現実的な課題解決を放棄し、奇跡という毒薬に依存した時点で、あの集落の崩壊は約束されていたのですよ」

レオもまた、新緑の瞳に冷ややかな納得を浮かべていた。

「救いを求めて祈るだけでは、畑の土壌は一粒も豊かになりません。彼らが必要としていたのは神聖な言葉ではなく、一袋の肥料と一冊の農書だった……。皮肉なものですね、父上」
「ああ。だからこそ、二度とこんな悲劇を繰り返させてはならない」

アルフレッドは力強く頷き、書類に国王の署名を書き走らせた。
散り散りとなって王国各地へ移住するヴェルナの民には、正確な農業指導員と医療班が配置されることが決定した。彼らは今度こそ、奇跡という虚構に縋るのではなく、自らの手で土を耕し、自らの足で未来を選ぶという「人としての生活」を叩き込まれることになる。
「聖女アナスタシア」という伝承の化石は、解き明かされた悲しい真相とともに、歴史の闇の中へと完全に潰えていった。


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それからしばらくして。
王城の陽だまりが心地よい庭園で、リリィは小さなジョウロを手に、花壇に咲く色彩豊かな花々へ楽しそうに水をやっていた。
その傍らには、彼女の可憐な姿を片時も逃さぬよう、慈愛に満ちた新緑の瞳で見守るレオの姿があった。

「レオ様、みてください! 新しい蕾がこんなに膨らんでいますよ」

振り返るリリィの笑顔には、雲一つない快晴のような明るさがあった。
自分がかつて連れ去られた理由も、過酷な仮面を被せられていたことも知らず、彼女はただ「助けてくれた大好きなレオ」の傍らで、穏やかな日常を全身で享受している。

「本当ですね、リリィ。貴方が毎日優しくお世話をしてくれるから、花たちも喜んでいるのでしょう」

レオは寄り添い、彼女の頭を優しく撫でた。
土地を耕し、花を咲かせるのは、祈りや奇跡ではない。注がれる手間に応える自然の摂理であり、生きようとする者たちの正当な営みだ。
偽りの聖女など、どこにもいなかった。
ただここに、愛する人とともに生き、穏やかな明日を選ぶ一人の少女がいる。

「……行きましょうか、リリィ。ルミにぃたちが、温かい焼き立てのお菓子を作って待ってくれていますよ」
「はい! レオ様!」

リリィは嬉しそうに頷き、差し出されたレオの大きな手をしっかりと握り返した。
温かな手のひらから伝わる、絶対的な生と愛の体温。二人は並んで歩き出し、光に満ちた我が家へと帰っていく。愚かな人間たちが追い求めた虚妄の奇跡を遥か置き去りにして、二人だけの確かな幸せの未来へと、一歩一歩歩みを進めていくのだった。
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