【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を

「失礼します、父上。先日お伝えしていた警備計画の修正案と、騎士団の予算編成資料、すべて仕上げて参りました」

翌日の午後、王宮の執務室にレオの晴れやかな声が響いた。
差し出された書類の束を受け取ったアルフレッドは、その信じられないほどの処理速度と、一分の隙もない完璧な仕上がりに碧眼を丸くする。

「おや、もう終わらせてくれたのかい? 素晴らしい手際だ、レオ。……それに、何だか今日の君は、いつもよりずっと顔色が良いようだね」

アルフレッドがふわりと微笑みながら指摘すると、レオは少し決まり悪そうに、けれどどこか嬉しげに新緑の瞳を細めた。

「ええ。実は昨日、あの後にまた叔父上が私の部屋に現れまして……これを、置いていってくれたのです」

レオが懐から取り出したのは、一滴の濁りもない、最高級のサファイアのように澄み切った青い点眼瓶だった。

「目が霞むだのブラックアウトするだの、騎士団長がそんな無様な欠陥を抱えていては私のチェス盤が狂う、と、相変わらず散々な言い様でしたが……これを一滴差した瞬間、嘘のように視界の闇が消え去ったのです。完全に、後遺症が治りました」
「おや、やっぱり!」

アルフレッドは声を弾ませると、我が事のように嬉しそうにくすくすと笑い出した。

「本当に、あの男はどこまでも素直じゃないなぁ。効率のためだの、自分のルミとの時間が減るからだの、きっとそんな卑屈な言い訳を並べ立てていたんだろう?」
「全くその通りです。どうしてあそこまで捻くれた物言いが次から次へと出てくるのか、逆に感心してしまうほどですよ」

やれやれと肩をすくめるレオに、アルフレッドは机の引き出しから、空になった深緑色の小さなガラス瓶を取り出して見せた。

「実はね、レオ。僕のこの酷い頭痛を一瞬で消し去ってくれたのも、アルヴィーノが『仕方なく』調合してくれた薬なんだ。僕の時もね、『貴方の無能さのせいで私の時間が搾取される、万死に値する機会損失だ』なんて、そっくり同じような嫌味を言っていったよ」
「はは、目に浮かぶようです」
手渡された二つの美しい薬瓶を見比べながら、二人は同時に吹き出した。
「本当に、素直に『心配した』と言えばいいものを」
「全属性を最適化できるくせに、自分の身内への態度だけはいつまで経っても最適化できないんだから、困った弟だよ」

冷酷で、傲慢で、慈悲なき軍師。
けれど、その実、誰よりも早く自分たちの「禁術の代償」を見抜き、身銭を切ってまで完璧な救いをもたらしてくれた、世界一不器用で優しい魔王様。

「まぁ、おかげで僕も君も完全に体調が戻ったわけだ。アルヴィーノの思惑通り、明日からは二人で死ぬ気で働かされてしまうね」
「ええ。ですが、あの叔父上にここまでされては、馬車馬のように働くしかありません」

静かな執務室に、二人の晴れやかな笑い声が優しく響き渡る。
素直じゃない弟がもたらした極上の特効薬は、後遺症の痛みだけでなく、激動の夜を共に生き抜いた兄弟と甥の心を、より一層温かく、深く繋ぎ合わせているようだった。
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