【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を
涙で視界を激しく滲ませながら、リリィは弾かれたように必死で城へと走り続けていた。
「はっ……、あ、う、……っ!」
途中で片方の靴が脱げ、石畳に直に擦れた足の裏が鋭く傷つき、血が滲んでも、立ち止まることなど到底できなかった。
迫り来る男たちの汚い手、ルミの引き裂かれるような悲鳴、そして自分のせいでルミが捕らえられてしまったという凄まじい恐怖と罪悪感が、彼女の背中を狂気的に突き動かす。
ただ無我夢中で、レオ様の上着だけを胸元にきつく抱きしめ、やっとの思いで安全地帯である城の白亜の門へと駆け込んだ。
「ひ、姫様!? そのお足元は一体――」
「おうさま……、おうさま……っ!」
制止しようとする近衛兵たちの声を振り切り、リリィは血の混じった足跡を残しながら、ひたすら廊下を突き進んだ。
向かうのは、いつもレオ様が「あの方は一番優しいからね」と言っていた、この国の王であるアルフレッドの執務室。
バンっ!!! と、か細い腕からは想像もつかない勢いで重厚な扉が押し開かれる。
「……リリィさん!?」
机に向かっていたアルフレッドは、入ってきた少女の姿に、持っていた羽ペンを落として立ち上がった。
衣服は汚れ、髪は乱れ、何より片足は裸足のまま血に染まっている。
あまりの異様な光景に、アルフレッドは顔を青ざめさせ、すぐさま彼女の元へと駆け寄った。
「一体どうしたんだい!? 誰にやられたの、リリィさん! 落ち着いて、まずは治療を――」
「あ、う……っ」
駆け寄ってきたアルフレッドの、成人男性としての体躯が視界に入った瞬間、リリィの身体に条件反射的な恐怖が走った。
幽閉されていた頃の記憶が呼び覚まされ、大人の男という存在そのものに、喉がヒュッと鳴る。
それでも、リリィは逃げなかった。
ここで自分が怯えて倒れたら、ルミ様が、自分を庇って捕まったあの優しい男の娘が、本当に消えてしまう。
リリィはガタガタと歯の根を鳴らしながら、消え入りそうな、けれど確かな叫びの声を、震える喉から振り絞った。
「ル、ルミさまが……っ、お買いもの、おわって……そしたら、くろい、影が……っ」
「ルミくんが……!?」
「わたしを……突き飛ばして……っ、ルミさま、つかまって……『逃げて』って……。わたし、怖くて……、ルミさま、お口、布あてられて……っ、連れて、いかれちゃいました……っ!!」
そこまで一気に話し終えた瞬間、限界まで張り詰めていたリリィの精神の糸が、ぷつりと切れた。
「あ――……」
「リリィさん!!」
リリィの赤い瞳から光が消え、糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。
アルフレッドは間一髪のところでその小さな身体を抱きとめた。
彼女は完全に意識を失い、青ざめた顔でぐったりと横たわっている。
「……ルミくんが、誘拐された……? 王都の、城下町で……?」
腕の中の少女の血に染まった足を視界に入れながら、アルフレッドの碧眼が、これまでにないほど冷酷な光を帯びて劇的に据わっていった。
いつもの優しい王の顔はそこにはない。
国政を、そして最愛の家族の平穏を脅かされた一国の王としての、本物の『覇気』が執務室の空気を爆発的に変えていく。
「――近衛! すぐに救命魔導師を呼べ! リリィさんを最優先で治療するんだ!」
アルフレッドは意識を失ったリリィをソファへ寝かせると、すぐさま懐から、緊急時以外には決して使用しない、一族の「血の通信魔導具」を取り出した。
「アルヴィーノ……レオ……!!」
まだ何も知らずに国境で勝利を収めようとしている、あの二人の「最凶の刃」に向けて、アルフレッドは激昂と共にある最悪の報せを叩き込もうとしていた。
「はっ……、あ、う、……っ!」
途中で片方の靴が脱げ、石畳に直に擦れた足の裏が鋭く傷つき、血が滲んでも、立ち止まることなど到底できなかった。
迫り来る男たちの汚い手、ルミの引き裂かれるような悲鳴、そして自分のせいでルミが捕らえられてしまったという凄まじい恐怖と罪悪感が、彼女の背中を狂気的に突き動かす。
ただ無我夢中で、レオ様の上着だけを胸元にきつく抱きしめ、やっとの思いで安全地帯である城の白亜の門へと駆け込んだ。
「ひ、姫様!? そのお足元は一体――」
「おうさま……、おうさま……っ!」
制止しようとする近衛兵たちの声を振り切り、リリィは血の混じった足跡を残しながら、ひたすら廊下を突き進んだ。
向かうのは、いつもレオ様が「あの方は一番優しいからね」と言っていた、この国の王であるアルフレッドの執務室。
バンっ!!! と、か細い腕からは想像もつかない勢いで重厚な扉が押し開かれる。
「……リリィさん!?」
机に向かっていたアルフレッドは、入ってきた少女の姿に、持っていた羽ペンを落として立ち上がった。
衣服は汚れ、髪は乱れ、何より片足は裸足のまま血に染まっている。
あまりの異様な光景に、アルフレッドは顔を青ざめさせ、すぐさま彼女の元へと駆け寄った。
「一体どうしたんだい!? 誰にやられたの、リリィさん! 落ち着いて、まずは治療を――」
「あ、う……っ」
駆け寄ってきたアルフレッドの、成人男性としての体躯が視界に入った瞬間、リリィの身体に条件反射的な恐怖が走った。
幽閉されていた頃の記憶が呼び覚まされ、大人の男という存在そのものに、喉がヒュッと鳴る。
それでも、リリィは逃げなかった。
ここで自分が怯えて倒れたら、ルミ様が、自分を庇って捕まったあの優しい男の娘が、本当に消えてしまう。
リリィはガタガタと歯の根を鳴らしながら、消え入りそうな、けれど確かな叫びの声を、震える喉から振り絞った。
「ル、ルミさまが……っ、お買いもの、おわって……そしたら、くろい、影が……っ」
「ルミくんが……!?」
「わたしを……突き飛ばして……っ、ルミさま、つかまって……『逃げて』って……。わたし、怖くて……、ルミさま、お口、布あてられて……っ、連れて、いかれちゃいました……っ!!」
そこまで一気に話し終えた瞬間、限界まで張り詰めていたリリィの精神の糸が、ぷつりと切れた。
「あ――……」
「リリィさん!!」
リリィの赤い瞳から光が消え、糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。
アルフレッドは間一髪のところでその小さな身体を抱きとめた。
彼女は完全に意識を失い、青ざめた顔でぐったりと横たわっている。
「……ルミくんが、誘拐された……? 王都の、城下町で……?」
腕の中の少女の血に染まった足を視界に入れながら、アルフレッドの碧眼が、これまでにないほど冷酷な光を帯びて劇的に据わっていった。
いつもの優しい王の顔はそこにはない。
国政を、そして最愛の家族の平穏を脅かされた一国の王としての、本物の『覇気』が執務室の空気を爆発的に変えていく。
「――近衛! すぐに救命魔導師を呼べ! リリィさんを最優先で治療するんだ!」
アルフレッドは意識を失ったリリィをソファへ寝かせると、すぐさま懐から、緊急時以外には決して使用しない、一族の「血の通信魔導具」を取り出した。
「アルヴィーノ……レオ……!!」
まだ何も知らずに国境で勝利を収めようとしている、あの二人の「最凶の刃」に向けて、アルフレッドは激昂と共にある最悪の報せを叩き込もうとしていた。