【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を

軍刀の夜を経て、レイストール城には再び、少し騒がしくも平穏な日常が流れていた。
新王の執務室では、アルフレッドが相変わらずうずたかく積まれた書類の山と格闘していた。

「……っ、……く」

不意に襲いかかる、脳の奥を針で何度も突き刺されるような鋭い激痛。
アルフレッドは思わず羽ペンを止め、こめかみを押さえてきつく碧眼を閉じた。
大戦から季節が巡ってもなお、あの夜に触れた「神の理」の代償は、容赦のない後遺症となって彼の肉体を苛み続けている。
そこへ、冷たい靴音と共に、前触れもなく執務室の扉が開いた。

「兄上。溜まっていた軍政関連の予算書、および騎士団の再配置に関する書類です。速やかに目を通し、サインを」

入ってきたのは、寸分の乱れもない漆黒の軍服を纏ったアルヴィーノだった。
相変わらずの手際で、新たな書類の束を容赦なくアルフレッドの机へと追加していく。

「あぁ、アルヴィーノか……すまない、今ちょうど、少し頭が痛くてね……」

アルフレッドは力なく苦笑しながら、まだズキズキと痛む頭を手で押さえた。
視界がチカチカとするほどの激痛に、声音がどうしても弱々しくなってしまう。
そんな兄の姿を、アルヴィーノは切れ長の紫瞳で見下ろし、フンと鼻で笑って冷徹に言い放った。

「自業自得、という言葉をご存知ですか。大した魔力量も持たぬ身でありながら、あのような深淵の禁術など扱うからそうなるのです。身の程を弁えぬ魔力の暴走を、私の執務室まで響かせないでいただきたいものですね」

いつも通りの容赦のない皮肉。
けれど、その言葉の裏には、初めての禁術使用で文字通り命を散らし、今なお苦しんでいる兄への、彼なりの不器用な「これ以上無理をするな」という警告が含まれていることを、アルフレッドはよく知っていた。
アルフレッドははぁ、と小さく溜息をつき、ふと思い立ったように弟を見上げた。

「手厳しいね、本当に……。ねぇ、アルヴィーノ。君に一つ聞きたいのだけれど……君には、こういうのはないのかい?」
「こういうの、とは?」
「後遺症だよ。私はレオに手伝ってもらって、たった一度使っただけで未だにこの有様だ。けれど君は……過去に何度も一人で禁術を発動し、あの夜だって死の淵から戻ってすぐに、ルミくんのために二重の禁術を最適化させて見せた。……君には、その代償による苦痛や後遺症は、本当にないのかい?」

自ら禁術の恐ろしさを知ったからこその、純粋な疑問、そして弟の身を案じる兄としての問いかけだった。
その問いを聞いたアルヴィーノは、信じられないものを見るかのように片眉を上げ、いつものように傲慢で、どこか小馬鹿にしたような笑みを唇に浮かべた。

「あるわけがないでしょう、そんな不細工なもの」
「え……?」
「私を誰だと思っているのです。私は全属性を最適化し、術式の構築から魔力の流動に至るまで、すべての効率を極限まで高めて運用できるのですよ? 術式に振り回されて肉体を削る兄上やレオと、私を同列に扱わないでいただきたい。私の完璧な魔力制御の前に、後遺症などという無様な欠陥が生まれる隙など万に一つもありません」

ふいっと視線を逸らし、当然でしょうとばかりに胸を張るアルヴィーノ。
そのあまりにもブレないチート級の自信と、相変わらずの傲慢な態度に、アルフレッドは毒気を抜かれたように呆然としたあと、思わず「はは……」と声を上げて笑ってしまった。

「そうか。君にそんな心配をした僕が馬鹿だったよ。本当に、君は恐ろしい弟だ」
「理解できたなら、手を動かしてください。陛下。貴方の手が止まれば、私のルミとの時間がその分減るのですから」
「はいはい、分かったよ。すぐにサインするから、少し待っておくれ」

アルフレッドは再び羽ペンを握り、苦笑しながら書類に向き直った。
頭の痛みはまだ続いている。
けれど、いつもと変わらない弟の冷酷で傲慢な言葉が、今のアルフレッドにとっては、何よりも確かな「日常」の灯火のように心地よく響いていた。
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