【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を
「――っ、が、は……っ!」
激しい耳鳴りと、脳髄を直接針で抉られるような劇痛が、アルフレッドの意識を強制的に現世へと引き戻した。
視界は酷く霞み、世界の輪郭がひどく歪んでいる。
自分が今、どこにいるのかすら分からず、アルフレッドは荒い呼吸を繰り返しながら、本能的にシーツを掴んだ。
視界が徐々に焦点を結び、そこが最高医療室の一角に設けられた、静かな病床のベッドの上であることに気づく。
「……私は、生きて……?」
全身を襲う倦怠感は、己の魔力も生命力も極限まで絞り尽くした証拠だった。
その時、脳裏にあの血に染まった赤黒い魔法陣と、すべてを道連れに逝こうとしていた弟たちの姿が鮮烈によみがえる。
「アルヴィーノ……! ルミくん……っ!」
ハッとして、アルフレッドは引き裂かれそうな頭痛を無視して強引に上体を起こした。
すぐ隣のベッドを見れば、そこには髪を乱し、青白い顔で深い眠りについている息子のレオの姿があった。
胸は静かに上下しており、生きている。
だが、あのあとどうなったのだ。
自分とレオが魔力を使い果たし、限界を迎えて倒れ込んだあの瞬間。
確かにアルヴィーノの指が動いた気がした。
だが、そこからの記憶が完全に途切れている。
禁術は成功したのか、それとも――。
「く、……あ、頭が……っ」
必死に記憶を掘り起こそうとした瞬間、脳の奥底を割るような激しい頭痛が襲い、アルフレッドは思わず眉間を押さえて顔を歪めた。
禁忌の代償か、あるいは精神の限界か、思考がまとまらない。
混濁する意識の中で、必死に周囲の状況を把握しようと血走った碧眼を動かした、その時。
「――やっとお目覚めですか? 兄上」
低く、どこか冷徹でありながらも、気品に満ちた、あまりにも聞き慣れた声が鼓膜を揺らした。
アルフレッドの身体が凍りつく。
視線をベッドの傍らへと向ければ、そこには、いつものように乱れのない漆黒の軍服を完璧に纏い、椅子に腰掛けた一人の男がいた。
長い足を優雅に組み、切れ長の紫瞳に、いつもの「慈悲なき軍師」としての冷徹な光を宿した男。
アルヴィーノ・レイストール。
胸を刺し貫かれ、魂の器すら崩壊しかけていたはずの弟が、まるで何事もなかったかのようにそこに佇み、静かにこちらを見つめていた。
「……っ、あ……あ、る、ヴぃ……」
アルフレッドの喉は完全に干からび、まともな声にならなかった。
ただ、驚愕に碧眼をこれ以上ないほど見開いて、目の前に座る弟を凝視することしかできない。
胸を貫かれ、血の海に沈み、魂の器すら砂のように崩壊しかけていた男が。
世界を道連れに心中しようとしていた本物の魔王が。
今、何事もなかったかのようにそこにいて、自分を見下ろしている。
パタン、と静かな音が医療室に響いた。
アルヴィーノは、膝の上に広げていた、あの地下最深部から持ち出された古びた魔導書――「死者を呼び戻す禁術」の頁を、優雅な動作で閉じた。
その高貴な紫瞳には、世界への呪いも狂気も消え去り、いつもの冷徹で不遜な輝きだけが戻っている。
「随分と無茶をしたようですね。兄上とレオの魔力でこの禁術を使おうとするだなんて」
アルヴィーノは椅子の背もたれにゆったりと身体を預け、ふっと呆れたように息を吐き出した。
「……馬鹿なんですか?」
いつもの、兄を徹底的に見下し、馬鹿にするときの、あの冷ややかで辛辣な口調。
他人の空似でも、冥府の幻影でもない。
紛れもない、アルフレッドの知る「アルヴィーノ・レイストール」そのものだった。
「アル、ヴィーノ……。君、は……。いや、私たちは……」
アルフレッドは激しい頭痛に耐えながら、シーツを握りしめる手に力を込めた。
脳裏をよぎるのは、あの赤黒い魔法陣の輝きと、全てを出し切って倒れた自分たちの記憶。
(成功……していたのか……?)
神をも恐れぬ深淵の禁忌。
理の崩壊と引き換えに、死者を冥府の底から力ずくで引きずり戻すという狂気の試み。
自分とレオが命を、魂を削って捧げたあの願いは、世界の法則をねじ曲げ、本当にこのチート級の魔王を現世へと呼び戻したのだ。
アルフレッドは信じられないものを見る目で、けれどどこか救われたような、震える眼差しで弟を見つめ返した。
激しい耳鳴りと、脳髄を直接針で抉られるような劇痛が、アルフレッドの意識を強制的に現世へと引き戻した。
視界は酷く霞み、世界の輪郭がひどく歪んでいる。
自分が今、どこにいるのかすら分からず、アルフレッドは荒い呼吸を繰り返しながら、本能的にシーツを掴んだ。
視界が徐々に焦点を結び、そこが最高医療室の一角に設けられた、静かな病床のベッドの上であることに気づく。
「……私は、生きて……?」
全身を襲う倦怠感は、己の魔力も生命力も極限まで絞り尽くした証拠だった。
その時、脳裏にあの血に染まった赤黒い魔法陣と、すべてを道連れに逝こうとしていた弟たちの姿が鮮烈によみがえる。
「アルヴィーノ……! ルミくん……っ!」
ハッとして、アルフレッドは引き裂かれそうな頭痛を無視して強引に上体を起こした。
すぐ隣のベッドを見れば、そこには髪を乱し、青白い顔で深い眠りについている息子のレオの姿があった。
胸は静かに上下しており、生きている。
だが、あのあとどうなったのだ。
自分とレオが魔力を使い果たし、限界を迎えて倒れ込んだあの瞬間。
確かにアルヴィーノの指が動いた気がした。
だが、そこからの記憶が完全に途切れている。
禁術は成功したのか、それとも――。
「く、……あ、頭が……っ」
必死に記憶を掘り起こそうとした瞬間、脳の奥底を割るような激しい頭痛が襲い、アルフレッドは思わず眉間を押さえて顔を歪めた。
禁忌の代償か、あるいは精神の限界か、思考がまとまらない。
混濁する意識の中で、必死に周囲の状況を把握しようと血走った碧眼を動かした、その時。
「――やっとお目覚めですか? 兄上」
低く、どこか冷徹でありながらも、気品に満ちた、あまりにも聞き慣れた声が鼓膜を揺らした。
アルフレッドの身体が凍りつく。
視線をベッドの傍らへと向ければ、そこには、いつものように乱れのない漆黒の軍服を完璧に纏い、椅子に腰掛けた一人の男がいた。
長い足を優雅に組み、切れ長の紫瞳に、いつもの「慈悲なき軍師」としての冷徹な光を宿した男。
アルヴィーノ・レイストール。
胸を刺し貫かれ、魂の器すら崩壊しかけていたはずの弟が、まるで何事もなかったかのようにそこに佇み、静かにこちらを見つめていた。
「……っ、あ……あ、る、ヴぃ……」
アルフレッドの喉は完全に干からび、まともな声にならなかった。
ただ、驚愕に碧眼をこれ以上ないほど見開いて、目の前に座る弟を凝視することしかできない。
胸を貫かれ、血の海に沈み、魂の器すら砂のように崩壊しかけていた男が。
世界を道連れに心中しようとしていた本物の魔王が。
今、何事もなかったかのようにそこにいて、自分を見下ろしている。
パタン、と静かな音が医療室に響いた。
アルヴィーノは、膝の上に広げていた、あの地下最深部から持ち出された古びた魔導書――「死者を呼び戻す禁術」の頁を、優雅な動作で閉じた。
その高貴な紫瞳には、世界への呪いも狂気も消え去り、いつもの冷徹で不遜な輝きだけが戻っている。
「随分と無茶をしたようですね。兄上とレオの魔力でこの禁術を使おうとするだなんて」
アルヴィーノは椅子の背もたれにゆったりと身体を預け、ふっと呆れたように息を吐き出した。
「……馬鹿なんですか?」
いつもの、兄を徹底的に見下し、馬鹿にするときの、あの冷ややかで辛辣な口調。
他人の空似でも、冥府の幻影でもない。
紛れもない、アルフレッドの知る「アルヴィーノ・レイストール」そのものだった。
「アル、ヴィーノ……。君、は……。いや、私たちは……」
アルフレッドは激しい頭痛に耐えながら、シーツを握りしめる手に力を込めた。
脳裏をよぎるのは、あの赤黒い魔法陣の輝きと、全てを出し切って倒れた自分たちの記憶。
(成功……していたのか……?)
神をも恐れぬ深淵の禁忌。
理の崩壊と引き換えに、死者を冥府の底から力ずくで引きずり戻すという狂気の試み。
自分とレオが命を、魂を削って捧げたあの願いは、世界の法則をねじ曲げ、本当にこのチート級の魔王を現世へと呼び戻したのだ。
アルフレッドは信じられないものを見る目で、けれどどこか救われたような、震える眼差しで弟を見つめ返した。