【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を
ドクン……ドクン……。
最高医療室のすべてを飲み込むようにして溢れ出た赤黒い光の奔流は、重なり合うアルヴィーノとルミの亡骸を包み込み、まるで巨大な一つの「心臓」であるかのように不気味に、力強く脈打ち始めた。
理を捻じ曲げる禁忌の力が、二人の肉体へと無理やり溶け込んでいく。
胸を貫かれたルミの致命傷へ、そして魂の器が崩壊しかけていたアルヴィーノの精神の深淵へ。
現世と冥府を繋ぐ血の鎖が、二人を現世へと引きずり戻そうと激しく蠢いていた。
しかし――二人の瞳が開く気配は、未だにない。
胸の上下も止まったまま、体温が戻ってくる様子もなかった。
世界の理という名の「壁」はあまりにも厚く、どれほど命を注ぎ込もうとも、一度あちら側へ渡りかけた二人の魂は、そう簡単には戻ってこない。
「が、はっ……! 陛下、もう、魔力が……ッ!」
限界だった。
術の負荷を分散させていた宮廷魔術師たちが、一人、また一人と凄絶な血吐きを上げ、石畳の上へと崩れ落ちていく。
過負荷によって脳と魔力回路を焼き切られた彼らは、白目を剥いて完全に意識を失い、魔法陣を維持する光の楔が次々と失われていった。
数十人いた魔術師たちのほとんどが物言わぬ肉塊のように倒れ伏し、部屋に残されたのは、もはや数人の息も絶え絶えな魔術師と、全身の穴から血を流し続けるアルフレッドだけだった。
「……く、そ……ッ! まだだ……まだ、足りないというのか……!?」
頭の中が真っ白になるほどの激痛。
魂の底が削り取られていく恐怖。
楔を失った禁術の暴走の圧力が、再びアルフレッド一人の肉体へと容赦なくのしかかる。
ミシミシと彼の骨が悲鳴を上げ、視界は自身の血のせいで完全に赤く染まっていた。
それでも、アルフレッドの碧眼からは、あの狂気的なまでの「執念」の光は消えなかった。
倒れそうな膝を、己の光魔法の針を突き刺すことで無理やり固定し、血塗られた両手をアルヴィーノとルミの亡骸へと向け続ける。
「戻ってきてくれ……っ! 頼む、戻ってきてくれ、アルヴィーノ……! ルミくん……っ!!」
それは、王としての命令ではない。
実の弟を、そして彼が愛した少年を、自らの手で刺し貫いてしまった一人の男の、魂の底からの、血を吐くような祈りだった。
「私を、人殺しのままで終わらせるな……っ! お前たちを救うためなら、私の命など、この国の未来など、いくらでも差し出してやる……!! だから……目を覚ましてくれ……!!」
アルフレッドが自らの生命力の「最後の一滴」までを完全に魔法陣へと絞り出したその刹那、二人を包む赤黒い光の塊が、これまでにないほど激しく、狂おしく脈打った。
部屋の窓ガラスがすべて一瞬で粉砕され、嵐のような衝撃波が王宮の地下から地上へと突き抜けていく。
血の涙を流しながら、アルフレッドは意識が完全に闇に落ちる寸前まで、ただ二人を呼び戻すためだけに、狂気と愛の混ざり合った禁忌の光を放ち続けた。
ついに宮廷魔術師の最後の理性が焼き切れ、血を吐いて床に倒れ込んだ。
術式のバランスが完全に崩壊し、赤黒い光の奔流が「暴走」の牙を剥く。
抑え手を失った禁忌のエネルギーが、残されたアルフレッドの肉体を一瞬で塵へ変えんと逆流し始めた、まさにその刹那。
最高医療室の破壊された扉から、プラチナブロンドの髪を振り乱した男が、弾かれたように飛び込んできた。
「――父上!!」
レオだった。
自室で狂乱し、絶望の底で己を呪い続けていた若き騎士団長は、最深部から響いてくる、世界が軋むような不気味な地響きと、父であるアルフレッドの魂が消えかけている異常な気配を察知し、ここまで文字通り死に物狂いで走ってきたのだ。
レオは、暴走する光の嵐が肌を焼き、肉を裂くのも構わずに、血塗られた魔法陣のただ中へと躊躇なく飛び込んだ。
「父上から……私から……ッ! 叔父上とルミにぃを、これ以上奪わせるな……ッ!!」
ドンッ!! とレオが両手を石畳の陣へと叩きつける。
その瞬間、彼の内に眠る、レイストール王家の濃密な魔力が、新緑の輝きとなって爆発的に噴き出した。
暴走しかけていた赤黒い術式に、レオの純粋な、そして狂気的なまでのエネルギーが無理やり楔として打ち込まれる。
「が、は……っ!? ぐ、うううううっ……!!」
一瞬にして、世界の理からの「報い」がレオの肉体へと牙を剥いた。
脳が沸騰し、視界がパチパチと火花を散らして暗転しかける。
全身の皮膚からじわりと血が滲み、魔力回路が過負荷で悲鳴を上げる。
これほどまでの苦痛を、父が、そしてあの時叔父上が一人で耐えていたのかと、理解すると同時に脳が恐怖で叫びそうになる。
だが、レオは歯が砕けんばかりに噛み締め、新緑の瞳をギラギラと狂おしく輝かせた。
(私が……私が、この手で叔父上を、ルミにぃを殺したんだ……っ。その罪を、こんなところで、死んで逃げることすら私は許されない……!!)
リリィを遺して逝くわけにはいかない。
そして何より、自分のせいで冷たくなってしまったあの二人を、このまま逝かせるわけには、絶対に、いかなかった。
「戻ってこい……ッ! 戻ってきてください、叔父上!! ルミにぃ……っっ!!」
レオは涙と血を顔中に滲ませながら、魂のすべてを、命の残量など一切顧みずに魔法陣へと注ぎ込み続ける。
絶対に呼び戻す。
あの幸せだった日々に、歪んでいても、狂っていてもいいから、もう一度あの二人を現世に引きずり戻す――。
「――っ、レオ、……君……」
意識を失いかけていたアルフレッドが、息子の加勢に、血塗られた瞳を微かに開いた。
金髪の王と、プラチナブロンドの騎士団長。
レイストールの血を引く二人の、文字通り命を削り落とした『執念の魔力』が完全に一つに交わった。
二人の願い、そして狂気に応えるように、アルヴィーノとルミの亡骸を包む赤黒い光の繭が、今日一番の、地鳴りのような猛烈な脈動を上げた。
「……あ、…………」
レオの放った新緑の魔力も、アルフレッドが文字通り命を削りきって捻り出した最期の一滴も、すべてが赤黒い魔法陣の深淵へと吸い込まれていく。
視界が急激に色を失い、冷たい闇がすぐそこまで迫っていた。
限界だった。
レイストールの血を引く二人の英雄の、魂の器が、これ以上は保たないと物理的に破綻の音を立てる。
魔力は完全に底を突き、心臓が爆発しそうなほどの過負荷に、二人はもう立っていることすらできなくなっていた。
(ここまで、か……。届かなかった、のか……っ)
アルフレッドの碧眼が、絶望に曇る。
レオの両手も力なく石畳から離れ、ガクガクと全身の筋肉が拒絶を起こした。
二人が同時に、死んだようにその場へ倒れ込む――まさにその刹那だった。
ピクリ。
赤黒い光の残滓がサラサラと空気中に溶けていく、その静寂のただ中で。
血の海に横たわるアルヴィーノの、ルミの手に重ねられていた冷たい左手の指先が、確かに、微かに、現世の空気を掴むように動いた。
「……ぁ……」
アルフレッドの視界の端が、その奇跡の瞬間を捉えた。
確かに動いた。
心臓の機能を完全に喪失し、魂の器がパウダーのように崩壊しかけていたはずの魔王の指が、理を捻じ曲げて、今、確かに動いたのだ。
だが、それを確認したところで、二人の肉体はとっくに限界を迎えていた。
「アル、ヴィー……の……、ル、ミ……くん……」
「おじ……う、え……ルミにぃ……っ……」
糸が切れた人形のように、アルフレッドとレオは、重なり合う二人の亡骸のすぐ傍らへと、折り重なるようにして崩れ落ちた。
脳が、精神が、生きるための機能を維持するために強制的にシャットダウンされる。
指先が動いた、その先の「奇跡」がどうなったのか。
二人の呼吸は戻ったのか、それともただの肉体の死後硬直の悪戯だったのか――それを確かめる術もないまま、新王と騎士団長は、深い、深い意識の闇の底へと、逃げるようにして完全に沈んでいった。
最高医療室に残されたのは、血の海の真ん中で倒れ伏す、4人のレイストールの男たち。
そして、かすかに、本当に微かに、死の静寂を破るようにして刻まれ始めた、あまりにも小さく、けれど確かな【鼓動】の音だけだった。
最高医療室のすべてを飲み込むようにして溢れ出た赤黒い光の奔流は、重なり合うアルヴィーノとルミの亡骸を包み込み、まるで巨大な一つの「心臓」であるかのように不気味に、力強く脈打ち始めた。
理を捻じ曲げる禁忌の力が、二人の肉体へと無理やり溶け込んでいく。
胸を貫かれたルミの致命傷へ、そして魂の器が崩壊しかけていたアルヴィーノの精神の深淵へ。
現世と冥府を繋ぐ血の鎖が、二人を現世へと引きずり戻そうと激しく蠢いていた。
しかし――二人の瞳が開く気配は、未だにない。
胸の上下も止まったまま、体温が戻ってくる様子もなかった。
世界の理という名の「壁」はあまりにも厚く、どれほど命を注ぎ込もうとも、一度あちら側へ渡りかけた二人の魂は、そう簡単には戻ってこない。
「が、はっ……! 陛下、もう、魔力が……ッ!」
限界だった。
術の負荷を分散させていた宮廷魔術師たちが、一人、また一人と凄絶な血吐きを上げ、石畳の上へと崩れ落ちていく。
過負荷によって脳と魔力回路を焼き切られた彼らは、白目を剥いて完全に意識を失い、魔法陣を維持する光の楔が次々と失われていった。
数十人いた魔術師たちのほとんどが物言わぬ肉塊のように倒れ伏し、部屋に残されたのは、もはや数人の息も絶え絶えな魔術師と、全身の穴から血を流し続けるアルフレッドだけだった。
「……く、そ……ッ! まだだ……まだ、足りないというのか……!?」
頭の中が真っ白になるほどの激痛。
魂の底が削り取られていく恐怖。
楔を失った禁術の暴走の圧力が、再びアルフレッド一人の肉体へと容赦なくのしかかる。
ミシミシと彼の骨が悲鳴を上げ、視界は自身の血のせいで完全に赤く染まっていた。
それでも、アルフレッドの碧眼からは、あの狂気的なまでの「執念」の光は消えなかった。
倒れそうな膝を、己の光魔法の針を突き刺すことで無理やり固定し、血塗られた両手をアルヴィーノとルミの亡骸へと向け続ける。
「戻ってきてくれ……っ! 頼む、戻ってきてくれ、アルヴィーノ……! ルミくん……っ!!」
それは、王としての命令ではない。
実の弟を、そして彼が愛した少年を、自らの手で刺し貫いてしまった一人の男の、魂の底からの、血を吐くような祈りだった。
「私を、人殺しのままで終わらせるな……っ! お前たちを救うためなら、私の命など、この国の未来など、いくらでも差し出してやる……!! だから……目を覚ましてくれ……!!」
アルフレッドが自らの生命力の「最後の一滴」までを完全に魔法陣へと絞り出したその刹那、二人を包む赤黒い光の塊が、これまでにないほど激しく、狂おしく脈打った。
部屋の窓ガラスがすべて一瞬で粉砕され、嵐のような衝撃波が王宮の地下から地上へと突き抜けていく。
血の涙を流しながら、アルフレッドは意識が完全に闇に落ちる寸前まで、ただ二人を呼び戻すためだけに、狂気と愛の混ざり合った禁忌の光を放ち続けた。
ついに宮廷魔術師の最後の理性が焼き切れ、血を吐いて床に倒れ込んだ。
術式のバランスが完全に崩壊し、赤黒い光の奔流が「暴走」の牙を剥く。
抑え手を失った禁忌のエネルギーが、残されたアルフレッドの肉体を一瞬で塵へ変えんと逆流し始めた、まさにその刹那。
最高医療室の破壊された扉から、プラチナブロンドの髪を振り乱した男が、弾かれたように飛び込んできた。
「――父上!!」
レオだった。
自室で狂乱し、絶望の底で己を呪い続けていた若き騎士団長は、最深部から響いてくる、世界が軋むような不気味な地響きと、父であるアルフレッドの魂が消えかけている異常な気配を察知し、ここまで文字通り死に物狂いで走ってきたのだ。
レオは、暴走する光の嵐が肌を焼き、肉を裂くのも構わずに、血塗られた魔法陣のただ中へと躊躇なく飛び込んだ。
「父上から……私から……ッ! 叔父上とルミにぃを、これ以上奪わせるな……ッ!!」
ドンッ!! とレオが両手を石畳の陣へと叩きつける。
その瞬間、彼の内に眠る、レイストール王家の濃密な魔力が、新緑の輝きとなって爆発的に噴き出した。
暴走しかけていた赤黒い術式に、レオの純粋な、そして狂気的なまでのエネルギーが無理やり楔として打ち込まれる。
「が、は……っ!? ぐ、うううううっ……!!」
一瞬にして、世界の理からの「報い」がレオの肉体へと牙を剥いた。
脳が沸騰し、視界がパチパチと火花を散らして暗転しかける。
全身の皮膚からじわりと血が滲み、魔力回路が過負荷で悲鳴を上げる。
これほどまでの苦痛を、父が、そしてあの時叔父上が一人で耐えていたのかと、理解すると同時に脳が恐怖で叫びそうになる。
だが、レオは歯が砕けんばかりに噛み締め、新緑の瞳をギラギラと狂おしく輝かせた。
(私が……私が、この手で叔父上を、ルミにぃを殺したんだ……っ。その罪を、こんなところで、死んで逃げることすら私は許されない……!!)
リリィを遺して逝くわけにはいかない。
そして何より、自分のせいで冷たくなってしまったあの二人を、このまま逝かせるわけには、絶対に、いかなかった。
「戻ってこい……ッ! 戻ってきてください、叔父上!! ルミにぃ……っっ!!」
レオは涙と血を顔中に滲ませながら、魂のすべてを、命の残量など一切顧みずに魔法陣へと注ぎ込み続ける。
絶対に呼び戻す。
あの幸せだった日々に、歪んでいても、狂っていてもいいから、もう一度あの二人を現世に引きずり戻す――。
「――っ、レオ、……君……」
意識を失いかけていたアルフレッドが、息子の加勢に、血塗られた瞳を微かに開いた。
金髪の王と、プラチナブロンドの騎士団長。
レイストールの血を引く二人の、文字通り命を削り落とした『執念の魔力』が完全に一つに交わった。
二人の願い、そして狂気に応えるように、アルヴィーノとルミの亡骸を包む赤黒い光の繭が、今日一番の、地鳴りのような猛烈な脈動を上げた。
「……あ、…………」
レオの放った新緑の魔力も、アルフレッドが文字通り命を削りきって捻り出した最期の一滴も、すべてが赤黒い魔法陣の深淵へと吸い込まれていく。
視界が急激に色を失い、冷たい闇がすぐそこまで迫っていた。
限界だった。
レイストールの血を引く二人の英雄の、魂の器が、これ以上は保たないと物理的に破綻の音を立てる。
魔力は完全に底を突き、心臓が爆発しそうなほどの過負荷に、二人はもう立っていることすらできなくなっていた。
(ここまで、か……。届かなかった、のか……っ)
アルフレッドの碧眼が、絶望に曇る。
レオの両手も力なく石畳から離れ、ガクガクと全身の筋肉が拒絶を起こした。
二人が同時に、死んだようにその場へ倒れ込む――まさにその刹那だった。
ピクリ。
赤黒い光の残滓がサラサラと空気中に溶けていく、その静寂のただ中で。
血の海に横たわるアルヴィーノの、ルミの手に重ねられていた冷たい左手の指先が、確かに、微かに、現世の空気を掴むように動いた。
「……ぁ……」
アルフレッドの視界の端が、その奇跡の瞬間を捉えた。
確かに動いた。
心臓の機能を完全に喪失し、魂の器がパウダーのように崩壊しかけていたはずの魔王の指が、理を捻じ曲げて、今、確かに動いたのだ。
だが、それを確認したところで、二人の肉体はとっくに限界を迎えていた。
「アル、ヴィー……の……、ル、ミ……くん……」
「おじ……う、え……ルミにぃ……っ……」
糸が切れた人形のように、アルフレッドとレオは、重なり合う二人の亡骸のすぐ傍らへと、折り重なるようにして崩れ落ちた。
脳が、精神が、生きるための機能を維持するために強制的にシャットダウンされる。
指先が動いた、その先の「奇跡」がどうなったのか。
二人の呼吸は戻ったのか、それともただの肉体の死後硬直の悪戯だったのか――それを確かめる術もないまま、新王と騎士団長は、深い、深い意識の闇の底へと、逃げるようにして完全に沈んでいった。
最高医療室に残されたのは、血の海の真ん中で倒れ伏す、4人のレイストールの男たち。
そして、かすかに、本当に微かに、死の静寂を破るようにして刻まれ始めた、あまりにも小さく、けれど確かな【鼓動】の音だけだった。