【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を
王都の空を覆っていた破滅の暗雲が嘘のように晴れ渡り、静寂が戦場を包み込む。
だが、その中心にある光景は、あまりにも残酷だった。
重なり合うようにして倒れたアルヴィーノとルミ。
二人の身体からは今もドクドクと鮮血が流れ続け、石畳の白を赤黒く染め上げている。
「医療班!! 医療班はまだか!! 早くしろ、全員ここへ集まれ!!」
静寂を切り裂いたのは、アルフレッドの狂気すら孕んだ怒号だった。
いつもの穏やかで善性に満ちた新王の姿はそこにはない。
白基調の王族服を実の弟と少年の血で真っ赤に染め上げ、碧眼を血走らせながら、現場に到着した救護部隊へと掴みかからんばかりに叫び散らす。
「陛下! しかし、王宮周辺の避難誘導が――」
「そんなものは後回しだ!! 今すぐこの二人へ医療班の総力を注ぎ込め!!」
アルフレッドの命令により、瞬く間に数十人の宮廷治癒魔導師と最先端の医療スタッフがその場へ集結した。
即座に二人の身体へ診断の魔術陣が展開され、幾層もの緑色の光が二人を包み込む。
だが、術式を展開した医療班の長は、すぐさま絶望に顔を歪め、ガタガタと小刻みに震えながらアルフレッドへと振り返った。
「……へ、陛下……。これは、あまりにも、もう……手遅れです……!」
「何だと……!?」
「ルミ殿は胸部を完全に物理破壊されており、首輪の呪詛による細胞の壊死も始まっています……! そしてアルヴィーノ閣下は、致命傷もさることながら、魔力回路の完全な暴走と『存在の忘却禁術』の代償により、魂の器そのものがパウダーのように崩壊しかけている……! 蘇生魔術はおろか、いかなる高位の治癒薬(エリクサー)を以てしても、すでに肉体が魂を繋ぎ止める機能を失っています。お二人とも……完全に、手遅れです……!!」
医師の言葉は、冷酷な現実としての『死の宣告』だった。
生物としての限界を遥かに超え、生死の境界線をズタズタに引き裂き合った二人の肉体は、もう現世に留まれる状態ではなかったのだ。
「ふざけるな……ッ!!!」
ドンッ!! とアルフレッドが手にした杖を地面に叩きつけた。
凄まじい光の圧が周囲に衝撃波となって広がり、医療班の面々が悲鳴を上げてのけぞる。
「こんなことで……こんな理不尽なことで、あの子たちを失ってたまるか!! 私の実の弟だぞ!? 私が、この手で刺し貫いたんだぞ!! 終わらせてたまるものか……っ!」
アルフレッドは涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めながら、怯える医師の胸ぐらを強引に掴み寄せ、その碧眼で真っ直ぐに射抜いた。
「手遅れなどという言葉は聞き飽きた! 奇跡でも、禁忌でも、何でもいい!! この二人を、アルヴィーノとルミくんをこの世界に呼び戻す手立てを、今すぐ、死に物狂いで考えろ!! 考えつかなければ、お前たちの命を以てしても足りんと思え!!」
「ひ、……ひぃっ……!」
それは、普段の慈愛に満ちた新王からは絶対に発せられるはずのない、暴君の如き、そして一人の『兄』としてのあまりにも悲痛な、命を賭した脅迫だった。
アルフレッドから放たれる、狂気的なまでの凄まじい気迫と、絶対に二人を死なせないという執念の前に、その場にいた医療班、宮廷魔導師、誰も逆らうことなどできなかった。
彼らは恐怖と王の悲痛な想いに圧されながら、即座に「死者を現世に繋ぎ止めるため」の、前代未聞の超高位合同魔術の構築へと、文字通り死に物狂いで取りかかり始めた。
◆
王宮の最奥、騎士団長であるレオの私室。
かつては常に整然と保たれ、彼のプライドそのもののように冷徹な美しさを湛えていたその部屋は、今や完全に闇に閉ざされていた。
カーテンは硬く閉ざされ、月の光さえも拒絶された部屋の入り口には、重々しい沈黙が張り付いている。
だが、その扉の向こうからは、人間のものとは思えない悍ましい慟哭が、絶え間なく漏れ聞こえていた。
「あああああぁぁぁっっ!!! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!! なぜ、なぜ私が、この手で、叔父上を――ッ!!」
ドカァン!! と、家具が激しく粉砕される音が響く。
レオは自室に引きこもったきり、狂ったように暴れ続けていた。
髪をあさましく掻きむしり、新緑の瞳を血走らせて、自らの両手を凝視する。
記憶が戻ったからこそ、その脳裏には、自分が魔剣でアルヴィーノの背中を、胸を、容赦なく突き刺したあの瞬間の『肉の感触』が、呪いのように鮮明に焼き付いて離れない。
どれだけ戦闘狂と言われようと、彼にとってアルヴィーノは超えるべき絶対の壁であり、憧れであり、唯一無二の身内だった。
そしてルミは、不器用ながらも守りたかった大切な義兄だったのだ。
その二人を、自分の引き金で、自分の選択で完全に壊してしまった。
その耐え難い自己嫌悪と絶望が、レオの精神を内側から文字通り狂わせ、噛み砕いていた。
「ひぐっ、……う、うあぁぁぁぁん……っ! ルミ様……、アルヴィーノ様……っ、嫌、嫌だよぉ……っ!!」
そのレオの狂乱に重なるようにして、部屋の隅からは、まだ幼いリリィの、張り裂けんばかりの泣き声が響き渡っている。
リリィの小さな耳にも、最悪の知らせは届いていた。
大好きだったルミと、彼を誰よりも愛していたアルヴィーノが、血の海の中で物言わぬ人形になってしまったという、あまりにも残酷な現実。
幼い彼女には、オズワルドの陰謀も、世界を滅ぼす禁術の理屈もわからない。
ただ、もうあの優しい二人が戻ってこないということ、そして、いつも完璧で格好良かった自慢の兄が、見たこともないほどに狂い叫んでいるという恐怖が、彼女の小さな心をズタズタに引き裂いていた。
膝を抱え、涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるリリィ。
そして、そんな妹の声を掻き消すように、自らの拳を壁に叩きつけ、骨が砕ける音も厭わずに叫び続けるレオ。
「私が殺した……! 私が二人を死に追いやったんだ……っ!! オズワルドォォォッ!! いや、私だ、私が悪いんだ、あああああああぁぁぁっ!!!」
防音の施された厚い扉を透過してなお、城内に響き渡るほどの悲痛な狂叫。
いまやこの部屋の中は、最愛を失った少女の絶望の泣き声と、自らの犯した罪に脳を焼かれた騎士団長の、狂気的なまでの懺悔の絶叫だけが、地獄の二重奏のように冷たく響き続けていた。
だが、その中心にある光景は、あまりにも残酷だった。
重なり合うようにして倒れたアルヴィーノとルミ。
二人の身体からは今もドクドクと鮮血が流れ続け、石畳の白を赤黒く染め上げている。
「医療班!! 医療班はまだか!! 早くしろ、全員ここへ集まれ!!」
静寂を切り裂いたのは、アルフレッドの狂気すら孕んだ怒号だった。
いつもの穏やかで善性に満ちた新王の姿はそこにはない。
白基調の王族服を実の弟と少年の血で真っ赤に染め上げ、碧眼を血走らせながら、現場に到着した救護部隊へと掴みかからんばかりに叫び散らす。
「陛下! しかし、王宮周辺の避難誘導が――」
「そんなものは後回しだ!! 今すぐこの二人へ医療班の総力を注ぎ込め!!」
アルフレッドの命令により、瞬く間に数十人の宮廷治癒魔導師と最先端の医療スタッフがその場へ集結した。
即座に二人の身体へ診断の魔術陣が展開され、幾層もの緑色の光が二人を包み込む。
だが、術式を展開した医療班の長は、すぐさま絶望に顔を歪め、ガタガタと小刻みに震えながらアルフレッドへと振り返った。
「……へ、陛下……。これは、あまりにも、もう……手遅れです……!」
「何だと……!?」
「ルミ殿は胸部を完全に物理破壊されており、首輪の呪詛による細胞の壊死も始まっています……! そしてアルヴィーノ閣下は、致命傷もさることながら、魔力回路の完全な暴走と『存在の忘却禁術』の代償により、魂の器そのものがパウダーのように崩壊しかけている……! 蘇生魔術はおろか、いかなる高位の治癒薬(エリクサー)を以てしても、すでに肉体が魂を繋ぎ止める機能を失っています。お二人とも……完全に、手遅れです……!!」
医師の言葉は、冷酷な現実としての『死の宣告』だった。
生物としての限界を遥かに超え、生死の境界線をズタズタに引き裂き合った二人の肉体は、もう現世に留まれる状態ではなかったのだ。
「ふざけるな……ッ!!!」
ドンッ!! とアルフレッドが手にした杖を地面に叩きつけた。
凄まじい光の圧が周囲に衝撃波となって広がり、医療班の面々が悲鳴を上げてのけぞる。
「こんなことで……こんな理不尽なことで、あの子たちを失ってたまるか!! 私の実の弟だぞ!? 私が、この手で刺し貫いたんだぞ!! 終わらせてたまるものか……っ!」
アルフレッドは涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めながら、怯える医師の胸ぐらを強引に掴み寄せ、その碧眼で真っ直ぐに射抜いた。
「手遅れなどという言葉は聞き飽きた! 奇跡でも、禁忌でも、何でもいい!! この二人を、アルヴィーノとルミくんをこの世界に呼び戻す手立てを、今すぐ、死に物狂いで考えろ!! 考えつかなければ、お前たちの命を以てしても足りんと思え!!」
「ひ、……ひぃっ……!」
それは、普段の慈愛に満ちた新王からは絶対に発せられるはずのない、暴君の如き、そして一人の『兄』としてのあまりにも悲痛な、命を賭した脅迫だった。
アルフレッドから放たれる、狂気的なまでの凄まじい気迫と、絶対に二人を死なせないという執念の前に、その場にいた医療班、宮廷魔導師、誰も逆らうことなどできなかった。
彼らは恐怖と王の悲痛な想いに圧されながら、即座に「死者を現世に繋ぎ止めるため」の、前代未聞の超高位合同魔術の構築へと、文字通り死に物狂いで取りかかり始めた。
◆
王宮の最奥、騎士団長であるレオの私室。
かつては常に整然と保たれ、彼のプライドそのもののように冷徹な美しさを湛えていたその部屋は、今や完全に闇に閉ざされていた。
カーテンは硬く閉ざされ、月の光さえも拒絶された部屋の入り口には、重々しい沈黙が張り付いている。
だが、その扉の向こうからは、人間のものとは思えない悍ましい慟哭が、絶え間なく漏れ聞こえていた。
「あああああぁぁぁっっ!!! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!! なぜ、なぜ私が、この手で、叔父上を――ッ!!」
ドカァン!! と、家具が激しく粉砕される音が響く。
レオは自室に引きこもったきり、狂ったように暴れ続けていた。
髪をあさましく掻きむしり、新緑の瞳を血走らせて、自らの両手を凝視する。
記憶が戻ったからこそ、その脳裏には、自分が魔剣でアルヴィーノの背中を、胸を、容赦なく突き刺したあの瞬間の『肉の感触』が、呪いのように鮮明に焼き付いて離れない。
どれだけ戦闘狂と言われようと、彼にとってアルヴィーノは超えるべき絶対の壁であり、憧れであり、唯一無二の身内だった。
そしてルミは、不器用ながらも守りたかった大切な義兄だったのだ。
その二人を、自分の引き金で、自分の選択で完全に壊してしまった。
その耐え難い自己嫌悪と絶望が、レオの精神を内側から文字通り狂わせ、噛み砕いていた。
「ひぐっ、……う、うあぁぁぁぁん……っ! ルミ様……、アルヴィーノ様……っ、嫌、嫌だよぉ……っ!!」
そのレオの狂乱に重なるようにして、部屋の隅からは、まだ幼いリリィの、張り裂けんばかりの泣き声が響き渡っている。
リリィの小さな耳にも、最悪の知らせは届いていた。
大好きだったルミと、彼を誰よりも愛していたアルヴィーノが、血の海の中で物言わぬ人形になってしまったという、あまりにも残酷な現実。
幼い彼女には、オズワルドの陰謀も、世界を滅ぼす禁術の理屈もわからない。
ただ、もうあの優しい二人が戻ってこないということ、そして、いつも完璧で格好良かった自慢の兄が、見たこともないほどに狂い叫んでいるという恐怖が、彼女の小さな心をズタズタに引き裂いていた。
膝を抱え、涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるリリィ。
そして、そんな妹の声を掻き消すように、自らの拳を壁に叩きつけ、骨が砕ける音も厭わずに叫び続けるレオ。
「私が殺した……! 私が二人を死に追いやったんだ……っ!! オズワルドォォォッ!! いや、私だ、私が悪いんだ、あああああああぁぁぁっ!!!」
防音の施された厚い扉を透過してなお、城内に響き渡るほどの悲痛な狂叫。
いまやこの部屋の中は、最愛を失った少女の絶望の泣き声と、自らの犯した罪に脳を焼かれた騎士団長の、狂気的なまでの懺悔の絶叫だけが、地獄の二重奏のように冷たく響き続けていた。