【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を
オズワルドの靴が、ルミのすぐ横の地面を叩いたその瞬間。
王都の全域を包み込んでいた空気が、文字通り【凍結】した。
大気中の水分が一瞬で結晶化し、天からダイヤモンドダストのような氷の粉が、音もなく静かに降り注ぎ始める。
「……あ?」
オズワルドが、その異様な寒気に首を傾げた。
その視線の先。
血の海に塗れた石畳から、一人の男が、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
アルヴィーノ・レイストール。
漆黒の軍服は破れ、ルミの、そして自らの血で赤黒く染まりきった男。
今の彼には、もう、絶望も、悲しみも、怒りすらも存在していなかった。
最愛の少年をその腕の中で失った瞬間、アルヴィーノという人間の『感情』は、一滴の残渣も遺さず完全に死に絶えたのだ。
ただ、その切れ長の紫瞳だけが、世界の終わりを体現したかのように、冷たく、深く、そして鋭くギラギラと静かに狂い輝いている。
(……魔力が、枯渇する?)
脳の片隅で、自身の魔力回路が過負荷で一本ずつ焼き切れ、限界を迎えているという警告が鳴り響いている。
だが、そんなことは彼にとって、もはやどうでもいいことだった。
肉体が滅びようが、魂が擦り切れようが知ったことではない。
今の彼を突き動かしているのは、生命としての意志ではなく、ただ一つの【絶対的な純粋悪】としての衝動のみ。
彼の目的は、ただ一つ。
目の前にいる、最愛の尊厳を汚したこの『ゴミ』を、歴史の歪みから、この世界の因果から、塵の一片、魂のひとかけらさえ遺さず、完全に、徹底的に、抹消すること。
「……おい、なんだその目は。魔力もスカスカのくせに、私に逆らおうって――」
オズワルドが鼻で笑い、次の言葉を紡ごうとした、まさにその時。
空間そのものが、アルヴィーノの一歩によって物理的に陥没した。
「――『神葬(しんそう)』」
詠唱ではない。
それは、世界そのものへの冷酷な【命令】だった。
アルヴィーノの足元から、黒と紫が混ざり合った、この世のどの属性にも属さない「虚無の魔力」が爆発的に噴き出した。
枯渇寸前だったはずの魔力回路が、彼の狂気によって無理やり己の生命力を燃料に強制起動し、大陸の全天を覆い尽くさんばかりの、絶望的なプレッシャーとなって具現化する。
「な……っ、ば、馬鹿な!? その魔力はどこから……っ、ひっ!?」
オズワルドの顔が、初めて恐怖に歪んだ。
逃げようと空間転移の魔術を起動しようとするが、すでに奴の周囲の『空間』そのものが、アルヴィーノの絶対零度の意志によって完全に凍結され、指一本動かすことすら許されない。
アルヴィーノは、幽鬼のような足取りで、一歩、また一歩とオズワルドへ近づいていく。
血濡れた顔、光を失った紫瞳。
それはまさしく、神話の時代に世界を恐怖で支配したという、慈悲なき【魔王】そのものの降臨だった。
「貴様は……」
地を這うような、けれど王都の全域に響き渡るほどの冷徹な声が、アルヴィーノの唇から漏れる。
「貴様という存在は、塵となって消えることすら生温い。肉体を分子の一粒まで磨り潰し、その魂を永遠に続く虚無の煉獄へと叩き落としてやる」
感情を無くした魔王の右手が、静かにオズワルドへと向けられる。
そこには、世界を幾度でも滅ぼし、作り直せるほどの、禍々しくも圧倒的な『破滅の光』が、静かに、けれど狂気的に集束し始めていた。
王都の天を割るようにして、どす黒い紫の魔力が天柱となって立ち上った。
それは魔術などという洗練されたものではなかった。
魂の器である【魔力回路】が限界を超えて完全に暴走し、アルヴィーノという存在そのものを燃料にして燃え盛る、剥き出しの破滅のエネルギーだった。
バキバキ、と音を立てて、アルヴィーノの全身の皮膚から血が噴き出す。肉体が、内側から溢れ出る規格外の魔力に耐えきれず、自壊を始めているのだ。
だがそこに、もう「アルヴィーノ」の意識は存在していなかった。
最愛をその腕の中で失った瞬間、彼の人間としての心は、魂は、完全に消滅した。
いまその肉体を動かしているのは、ただ一つ。
『目の前にある汚らわしいゴミを、この世から一切の痕跡も遺さずに排除する』という、狂気的な防衛本能と、世界を呪う怨嗟のシステムだけだった。
「ひ、……あ、ああ、あああぁぁぁっっ!!!」
オズワルドの口から、無様な悲鳴が漏れる。
白衣の男は、逃げようと必死に手足をバタつかせたが、すでに彼を囲む空間は分子レベルで完全凍結されていた。
動かすことのできない自らの脚を見つめ、ただ迫り来る死神の姿に、恐怖で顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃに変えることしかできない。
幽鬼の如く進むアルヴィーノの背中を、数メートル後方から、アルフレッドとレオはただ呆然と見つめていた。
「アルヴィーノ……っ、もう、やめてくれ……っ」
アルフレッドの光の杖が、パキンと音を立てて中央から微にひび割れた。
止めなければならない。
このままでは、オズワルドを殺す前にアルヴィーノの肉体が自壊し、本当に死んでしまう。
だが、一歩でも近づけば、その暴走する魔力の余波だけで肉体を消滅させられる確信があった。
兄として、実の弟に声をかけることすら、いまの彼には許されなかった。
その圧倒的な神罰の如きプレッシャーの前に、喉が完全に拒絶を起こし、声が出ないのだ。
「……化け物、だ……」
レオが、恐怖に歯をガタガタと鳴らしながら、その場に膝を突いた。
戦闘狂として、強者との戦いを望んでいた自分が、あまりにも滑稽に思えた。
いま目の前にいる叔父は、強者などという次元にいない。
ただ世界を更地にするためだけに顕現した、本物の【魔王】。
声をかけることすら悍ましい。
ただその圧倒的な絶望の光景を、新緑の瞳に焼き付けることしかできなかった。
アルヴィーノが、オズワルドの目の前で、静かに右手を掲げた。
彼の指先を中心に、空間が内側へとねじ切れ、真っ黒な「無」の球体が形成されていく。
光さえも吸い込むその球体は、周囲の瓦礫や空気、概念さえも塵へと変えながら、不気味に、静かに脈動していた。
「頼む……! 頼む、助けてくれ!! 私が悪かった! 記憶を、ルミの記憶を戻す方法ならいくらでも――」
オズワルドが必死に命乞いを叫ぶ。
だが、その言葉は、意識を失った破壊の機械には一滴も届かない。
「――『終焉へ(アポカリプス)』」
アルヴィーノの唇が、無機質に、冷酷に、その一言を紡いだ。
刹那。
世界から、一切の「音」が消えた。
ドォン!!!!!という地響きすら置き去りにして、アルヴィーノの右手から放たれた漆黒の虚無が、オズワルドの肉体を完全に呑み込んだ。
「あ――」
悲鳴すら、上げる時間は与えられなかった。
オズワルドの足先から、指先から、白衣の端から、その肉体が細胞の一つ一つ、分子の一粒、魂のひとかけらに至るまで、消しゴムで消すかのように【無】へと還元されていく。
骨が砕ける音も、肉が焼ける臭いすらもしない。
ただ、そこに「在った」という事実そのものが、世界の理から乱暴に削り取られていく。
一秒。いや、コンマ数秒の出来事だった。
虚無の光が収束し、王都の夜空に再び静寂が戻ったとき。
アルヴィーノの目の前には、オズワルドの肉体はおろか、奴が流した汗も、着ていた衣服の繊維の一本すらも、文字通り【塵も遺さず】完全に消滅していた。
そこにはただ、えぐり取られたように丸く陥没した、不気味な虚無の穴が地面に残されているだけだった。
すべての元凶の、完全なる、圧倒的なまでの抹消。
だが、敵を滅ぼしたというのに、アルヴィーノの紫瞳には、晴れやかさも、達成感も、何一つ宿ることはない。
オズワルドを消し去った右手を力なく下ろすと、彼はギチ、ギチと、軋む人形のような足取りで、ゆっくりと振り返った。
その視線の先には自分の手で軍刀を突き立て、赤黒い血の海の中で完全に物言わぬ人形となった、最愛の少年、ルミの冷たくなった身体だけが横たわっていた。
王都の全域を包み込んでいた空気が、文字通り【凍結】した。
大気中の水分が一瞬で結晶化し、天からダイヤモンドダストのような氷の粉が、音もなく静かに降り注ぎ始める。
「……あ?」
オズワルドが、その異様な寒気に首を傾げた。
その視線の先。
血の海に塗れた石畳から、一人の男が、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
アルヴィーノ・レイストール。
漆黒の軍服は破れ、ルミの、そして自らの血で赤黒く染まりきった男。
今の彼には、もう、絶望も、悲しみも、怒りすらも存在していなかった。
最愛の少年をその腕の中で失った瞬間、アルヴィーノという人間の『感情』は、一滴の残渣も遺さず完全に死に絶えたのだ。
ただ、その切れ長の紫瞳だけが、世界の終わりを体現したかのように、冷たく、深く、そして鋭くギラギラと静かに狂い輝いている。
(……魔力が、枯渇する?)
脳の片隅で、自身の魔力回路が過負荷で一本ずつ焼き切れ、限界を迎えているという警告が鳴り響いている。
だが、そんなことは彼にとって、もはやどうでもいいことだった。
肉体が滅びようが、魂が擦り切れようが知ったことではない。
今の彼を突き動かしているのは、生命としての意志ではなく、ただ一つの【絶対的な純粋悪】としての衝動のみ。
彼の目的は、ただ一つ。
目の前にいる、最愛の尊厳を汚したこの『ゴミ』を、歴史の歪みから、この世界の因果から、塵の一片、魂のひとかけらさえ遺さず、完全に、徹底的に、抹消すること。
「……おい、なんだその目は。魔力もスカスカのくせに、私に逆らおうって――」
オズワルドが鼻で笑い、次の言葉を紡ごうとした、まさにその時。
空間そのものが、アルヴィーノの一歩によって物理的に陥没した。
「――『神葬(しんそう)』」
詠唱ではない。
それは、世界そのものへの冷酷な【命令】だった。
アルヴィーノの足元から、黒と紫が混ざり合った、この世のどの属性にも属さない「虚無の魔力」が爆発的に噴き出した。
枯渇寸前だったはずの魔力回路が、彼の狂気によって無理やり己の生命力を燃料に強制起動し、大陸の全天を覆い尽くさんばかりの、絶望的なプレッシャーとなって具現化する。
「な……っ、ば、馬鹿な!? その魔力はどこから……っ、ひっ!?」
オズワルドの顔が、初めて恐怖に歪んだ。
逃げようと空間転移の魔術を起動しようとするが、すでに奴の周囲の『空間』そのものが、アルヴィーノの絶対零度の意志によって完全に凍結され、指一本動かすことすら許されない。
アルヴィーノは、幽鬼のような足取りで、一歩、また一歩とオズワルドへ近づいていく。
血濡れた顔、光を失った紫瞳。
それはまさしく、神話の時代に世界を恐怖で支配したという、慈悲なき【魔王】そのものの降臨だった。
「貴様は……」
地を這うような、けれど王都の全域に響き渡るほどの冷徹な声が、アルヴィーノの唇から漏れる。
「貴様という存在は、塵となって消えることすら生温い。肉体を分子の一粒まで磨り潰し、その魂を永遠に続く虚無の煉獄へと叩き落としてやる」
感情を無くした魔王の右手が、静かにオズワルドへと向けられる。
そこには、世界を幾度でも滅ぼし、作り直せるほどの、禍々しくも圧倒的な『破滅の光』が、静かに、けれど狂気的に集束し始めていた。
王都の天を割るようにして、どす黒い紫の魔力が天柱となって立ち上った。
それは魔術などという洗練されたものではなかった。
魂の器である【魔力回路】が限界を超えて完全に暴走し、アルヴィーノという存在そのものを燃料にして燃え盛る、剥き出しの破滅のエネルギーだった。
バキバキ、と音を立てて、アルヴィーノの全身の皮膚から血が噴き出す。肉体が、内側から溢れ出る規格外の魔力に耐えきれず、自壊を始めているのだ。
だがそこに、もう「アルヴィーノ」の意識は存在していなかった。
最愛をその腕の中で失った瞬間、彼の人間としての心は、魂は、完全に消滅した。
いまその肉体を動かしているのは、ただ一つ。
『目の前にある汚らわしいゴミを、この世から一切の痕跡も遺さずに排除する』という、狂気的な防衛本能と、世界を呪う怨嗟のシステムだけだった。
「ひ、……あ、ああ、あああぁぁぁっっ!!!」
オズワルドの口から、無様な悲鳴が漏れる。
白衣の男は、逃げようと必死に手足をバタつかせたが、すでに彼を囲む空間は分子レベルで完全凍結されていた。
動かすことのできない自らの脚を見つめ、ただ迫り来る死神の姿に、恐怖で顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃに変えることしかできない。
幽鬼の如く進むアルヴィーノの背中を、数メートル後方から、アルフレッドとレオはただ呆然と見つめていた。
「アルヴィーノ……っ、もう、やめてくれ……っ」
アルフレッドの光の杖が、パキンと音を立てて中央から微にひび割れた。
止めなければならない。
このままでは、オズワルドを殺す前にアルヴィーノの肉体が自壊し、本当に死んでしまう。
だが、一歩でも近づけば、その暴走する魔力の余波だけで肉体を消滅させられる確信があった。
兄として、実の弟に声をかけることすら、いまの彼には許されなかった。
その圧倒的な神罰の如きプレッシャーの前に、喉が完全に拒絶を起こし、声が出ないのだ。
「……化け物、だ……」
レオが、恐怖に歯をガタガタと鳴らしながら、その場に膝を突いた。
戦闘狂として、強者との戦いを望んでいた自分が、あまりにも滑稽に思えた。
いま目の前にいる叔父は、強者などという次元にいない。
ただ世界を更地にするためだけに顕現した、本物の【魔王】。
声をかけることすら悍ましい。
ただその圧倒的な絶望の光景を、新緑の瞳に焼き付けることしかできなかった。
アルヴィーノが、オズワルドの目の前で、静かに右手を掲げた。
彼の指先を中心に、空間が内側へとねじ切れ、真っ黒な「無」の球体が形成されていく。
光さえも吸い込むその球体は、周囲の瓦礫や空気、概念さえも塵へと変えながら、不気味に、静かに脈動していた。
「頼む……! 頼む、助けてくれ!! 私が悪かった! 記憶を、ルミの記憶を戻す方法ならいくらでも――」
オズワルドが必死に命乞いを叫ぶ。
だが、その言葉は、意識を失った破壊の機械には一滴も届かない。
「――『終焉へ(アポカリプス)』」
アルヴィーノの唇が、無機質に、冷酷に、その一言を紡いだ。
刹那。
世界から、一切の「音」が消えた。
ドォン!!!!!という地響きすら置き去りにして、アルヴィーノの右手から放たれた漆黒の虚無が、オズワルドの肉体を完全に呑み込んだ。
「あ――」
悲鳴すら、上げる時間は与えられなかった。
オズワルドの足先から、指先から、白衣の端から、その肉体が細胞の一つ一つ、分子の一粒、魂のひとかけらに至るまで、消しゴムで消すかのように【無】へと還元されていく。
骨が砕ける音も、肉が焼ける臭いすらもしない。
ただ、そこに「在った」という事実そのものが、世界の理から乱暴に削り取られていく。
一秒。いや、コンマ数秒の出来事だった。
虚無の光が収束し、王都の夜空に再び静寂が戻ったとき。
アルヴィーノの目の前には、オズワルドの肉体はおろか、奴が流した汗も、着ていた衣服の繊維の一本すらも、文字通り【塵も遺さず】完全に消滅していた。
そこにはただ、えぐり取られたように丸く陥没した、不気味な虚無の穴が地面に残されているだけだった。
すべての元凶の、完全なる、圧倒的なまでの抹消。
だが、敵を滅ぼしたというのに、アルヴィーノの紫瞳には、晴れやかさも、達成感も、何一つ宿ることはない。
オズワルドを消し去った右手を力なく下ろすと、彼はギチ、ギチと、軋む人形のような足取りで、ゆっくりと振り返った。
その視線の先には自分の手で軍刀を突き立て、赤黒い血の海の中で完全に物言わぬ人形となった、最愛の少年、ルミの冷たくなった身体だけが横たわっていた。