【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を

アルフレッドが放った、一切の不浄を許さない圧倒的な光魔法の連撃。
それがルミの周囲の闇の障壁を激しく叩き、激しい閃光となって爆発した。
これほどの高出力かつ高密度の光は、いかにオズワルドに調整されたルミといえど、一瞬だけその動きを大きく鈍らせ、怯ませる。

「――今だ!!」

千載一遇の好機。
アルヴィーノはその紫瞳を鋭く光らせ、漆黒の軍服を翻して一直線にルミへと突っ込んだ。
全属性の魔力を己の身体に纏い、ルミを傷つけることなく、その首に嵌められた不気味なチョーカーだけを確実に破壊するために。
ルミとの距離、三メートル、二メートル――そして、ついにその絶対領域である【周囲一メートル以内】へと、アルヴィーノの身体が踏み込んだ。
しかし、オズワルドという狂人の悪辣さは、アルヴィーノたちの想像を遥かに超えていた。
奴がルミの壊れた脳内に埋め込んでいた最悪の『命令』。
それは、レイストールの壊滅だけではなかったのだ。

――『もし、お前を助けようと誰かが一メートル以内に近づいたら、自身を穿て』。

アルヴィーノの影が目前に迫った瞬間、ルミの濁りきった瞳がピクリと反応した。
首輪が真っ赤に発光し、ルミの身体は一切の躊躇なく、黄金の杖の先端を【自分の足】へと向けた。

「ルミ、止めなさ――っ!!」

叫びも虚しく、ルミの手から放たれたドス黒い闇の弾丸が、自身の白い太ももを容赦なく撃ち抜いた。
黒い衣装が裂け、鮮血が飛び散る。
肉が抉れる激痛であるはずなのに、心を壊されたルミの顔は無表情のままで、ただ機械的に次の「自傷」の予備動作へ移ろうとする。

「くっ……おおおおおっ!!」

これ以上近づけば、ルミは自分の手で自分の命を絶ってしまう。
その最悪の防衛システムを瞬時に理解したアルヴィーノは、血の涙を流さんばかりの絶望に歯を食いしばり、ルミの手首を掴む寸前で、強制的に自らの身体を後方へと大きく跳ね上がらせて距離を取った。
アルヴィーノが「一メートル」の外側へと離脱した瞬間、ルミの自傷命令への移行がピタリと止まる。
だが、安堵する隙など一秒も与えられない。
距離が離れたことを認識した殺戮人形は、再びその黄金の杖をアルヴィーノたちへと向け、狂気的なまでの【闇の猛攻】を再開した。
自身の足から赤黒い血を流し、その痛みすら燃料にするかのように、ルミの放つ闇魔法はさらに威力を増して王都を蹂躙し始める。

「叔父上! 触れれば自傷するだなんて、あの白衣の男、どこまで姑息な真似を……っ!」

迫り来る闇の砲弾を魔剣で必死に防ぎながら、レオが怒りに新緑の瞳を燃え上がらせる。
近づけばルミが自らを傷つけ、離れれば王国の全滅を狙う猛攻が降り注ぐ。オズワルドが仕掛けた完璧な詰み盤面チェックメイトのような地獄の拘束に、アルヴィーノは己の無力さを呪うように、再び圧倒的な絶望の渦へと叩きつけられていた。
王宮の白亜の壁が、ルミの放つドス黒い闇の奔流によって爆音と共に崩落する。
飛び散る破片と立ち込める硝煙の中、アルヴィーノは自身の光の障壁で辛うじて身を守りながら、血の涙を流さんばかりの焦燥感の中で必死に思考の海を泳いでいた。

(どうすればいい……! どうすればルミをあの男の支配から、地獄から引きずり戻せる!?)

稀代のチェスプレイヤーであり、あらゆる戦況を一瞬で覆してきた「慈悲なき軍師」の超人的な頭脳が、今までにないほどの熱量でフル回転する。
しかし、オズワルドがルミという盤面に配置した駒は、あまりにも悪辣で、完璧なまでの矛盾を孕んでいた。
離れれば、限界突破した闇の猛攻がこの国を、民を、そして自分たちを跡形もなく消し去るまで続く。
近づけば、一メートルという絶対の境界線を越えた瞬間、ルミは自らの肉体を容赦なく撃ち抜いて自害を計る。
声をかけても、首輪の呪詛に意識を塗り潰されたルミには、かつて愛を囁き合った記憶も、絆も、何一つ届かない。
まさに触れることすら許されない、最悪の「殺戮人形」。

「アルヴィーノ! 考えを止めるな、必ず何か手があるはずだ!」

ドォン! とアルフレッドが全霊の光魔法を放ち、ルミが広範囲に放った闇の弾幕を空中で相殺する。
新王の額からは大量の汗が流れ、その白基調の王族服は爆風と煤で汚れきっていた。
それでも、実の弟の最愛の伴侶を、そして己の民を護るため、光を限界まで振り絞って盾となり続けている。

「ハハ、ルミにぃの攻撃、本当にシャレになっていませんよ……っ!」

レオもまた、髪を激しく振り乱し、迫り来る闇の波動を魔剣で必死にいなしていた。
戦闘狂としての血が騒ぐどころか、傷つきながらも無表情で魔法を放ち続ける義兄の姿に、新緑の瞳はかつてないほどの激憤と悲痛に染まっている。
アルフレッドとレオが二人がかりで必死に国を、そしてアルヴィーノの「思考の時間」を稼ぐために、命懸けでルミの猛攻を食い止めていた。

(自傷の条件は『周囲一メートル以内に誰かが入ってきたら』……。ならば、物質的な『人間』が近づくのではなく、干渉線そのものを外側から遮断できれば……。いや、あの濃厚な闇の結界を破るにはどうしても高出力の魔力が必要だ。だが、強い魔力をぶつければ首輪の起爆装置が過敏に反応して暴走する……!)

一つ仮説を立てては、ルミの命が脅かされる最悪の結末バッドエンドが脳裏をよぎり、アルヴィーノは自身の爪が手のひらに食い込んで血が滲むほどに拳を握りしめた。
何もかもを犠牲にして世界を滅ぼすことなど、今の自分には容易い。
だが、自分が欲しいのはそんなものではない。
ただ一人、自分の私室で、自分だけにあの天真爛漫な笑顔を向けてくれる、愛しいルミの心と身体だけなのだ。
届かない声、近づけない距離、止まらない自傷。
絶望的な破壊の嵐が吹き荒れる中、魔王の紫瞳は、ルミの首で赤黒く明滅するあの忌々しいチョーカーを凝視したまま、奇跡を、奴の冷酷なロジックを打ち破る唯一の『正解』を求めて、狂気的に考えを巡らせ続けていた。
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