【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を

「陛下! 偵察部隊より緊急入電! 北方の旧鉱山跡地にて、オズワルドと思わしき魔力反応と、ルミくんの闇の残痕を確認! ついに潜伏先を突き止めました!」

執務室に飛び込んできた隠密の報告に、円卓を囲んでいた一同の緊張が頂点に達した。
ついに尻尾を掴んだ。
アルヴィーノの紫瞳に絶対零度の殺意が宿り、レオが冷酷な微笑みを浮かべて魔剣の柄に手をかける。
だが、その直後に前線から届いた追加の報せは、彼らの期待を無残に打ち砕くものだった。

「――報告します! 先遣隊が突入するも……内部は既に、もぬけの殻です! 転移魔術の残痕から見て、数時間前にここを引き払ったものと思われます!」
「何だと……っ!?」

アルフレッドは机に両手を叩きつけ、苦虫を噛み潰したような顔で天を仰いだ。
全勢力を注ぎ込み、ようやく手繰り寄せた糸口だった。
それが、あと一歩のところで再び闇の中へ消えてしまった。
また一から情報網を敷き直し、ルミの凶弾に怯えながら不毛な捜索を続けなければならないのか。
あまりの膠着状態に、王の額に焦燥の汗がにじむ。
その、誰もが絶望の沈黙に支配されかけた、まさにその時だった。
王宮の床、いや、王都の台地そのものが激しく鳴動するような、凄まじい大爆音が轟いた。
その衝撃波は遥か中心部にある執務室の窓硝子すらガタガタと悲鳴を上げさせ、室内の魔導灯が一瞬、不気味に明滅する。

「な、何事だ!? 今の爆発は……!」
「陛下! 報告します! 王国入り口、第一正門付近にて特大の魔力爆発が発生! 結界が、防衛結界が一瞬で粉砕されました!!」
「まさか……っ!」

アルフレッドは弾かれたように執務室の巨大なバルコニーへと駆け出し、眼下の景色を見下ろした。
アルヴィーノとレオも、その背後に音もなく、しかし狂気的なまでの速度で並ぶ。
王国の入り口。
強固な三重の障壁で守られていたはずの白亜の正門は、いまや黒い霧に包まれ、跡形もなく吹き飛んでいた。
立ち上る硝煙と不気味な漆黒のオーラが、夕暮れの街並みを侵食していく。
そして、その破壊の嵐の中心、宙にぽつりと浮かぶ【ひとつの影】があった。
身に纏うのは、血と闇の魔力に染まりきった黒い衣装。
その細い両手には、かつてアルヴィーノが彼に授けた、眩い【黄金の杖】が握られている。

「ルミ……」

アルヴィーノの口から、掠れた声が漏れた。
遠目からでも分かる。
その水色だったはずの瞳は、やはり元の色が分からないほどに、どす黒く濁りきっている。
オズワルドの姿はどこにもない。
奴は、潜伏先を移動すると同時に、このレイストール王国の心臓部へ、単身で『最大兵器』を投げ込んできたのだ。
ルミは虚無の瞳で王宮を見据えると、一切の躊躇なく黄金の杖を天へと掲げた。
ルミが掲げた黄金の杖の先端から、王都の半分を文字通り消滅させかねない極大の闇魔法が解き放たれる。
ねじ切れた空間から、どす黒い絶望の濁流が王宮へと向けて牙を剥く。
だが、その破滅の光景を切り裂くようにして、バルコニーから一条の眩い閃光が飛び出した。

「――『聖天の裁き』!!」

漆黒の軍服を翻したアルヴィーノが、空中へと身を躍らせながら、最大出力の光魔法を完全な全霊を以て放つ。
光と闇、二つの力が正面から激突し、王都の夜空を昼間のように白く染め上げた。
凄まじい衝撃波が走り、ルミの放った闇の濁流を、アルヴィーノが力技で完璧に相殺してみせる。
その息を呑むような攻防のすべてを、バルコニーから碧眼で見届けたアルフレッドは、即座に振り返り、迷いのない威厳に満ちた声で怒号を発した。

「アルヴィーノ! レオ! 君たち二人は、そのままルミくんの相手をしてくれ! 首輪の起爆装置に細心の注意を払い、彼を無傷で無力化するんだ!」
「御意」
「はは、了解しましたよ、父上」

アルヴィーノは空中で光の足場を駆け、レオは不敵な笑みを浮かべたまま、新緑の瞳に冷酷なまでの戦意を宿して地を蹴った。
最強の二人が、瞬く間に正門付近の戦場へと躍り出る。
指示を出し終えたアルフレッドは、すぐさま背後に控える近衛兵や宮廷魔導師たちへと鋭い視線を向けた。

「残りの者は全員、私に続け! 直ちに正門付近の住民を安全な地下シェルターへ避難誘導するんだ! 一人の犠牲者も出すな!」
「は、はいっ!」
「……そして、僕もすぐに出る」

アルフレッドは白基調の王族服の襟元を正し、自身の杖を強く握りしめた。
本当なら、王として後方に退いているべき局面かもしれない。
だが、心を壊され、望まぬ殺戮を強いられているルミを救うため、そして後悔に身を焼き尽くされかけている実の弟のために、王として、一人の魔導師として、共に前線で泥を被る覚悟はとうに決まっていた。
聖なる光の魔力を全身に纏い、アルフレッドは激しい爆音の鳴り響く正門の戦場へと、アルヴィーノたちの後を追って猛然と走り出した。

「……『命令』、……『全滅』……」

王国の入り口で宙に浮かぶルミの口から、無機質な呟きが漏れる。
オズワルドが遠隔で下した最悪の指令「レイストール王国の完全なる壊滅」。
それに従うため、ルミは再び黄金の杖を持ち上げた。
彼の首に嵌められた金属製のチョーカーが、パキパキと不気味な赤黒い電撃を放ち、内側から強制的にルミの全魔力を限界以上に引き上げていく。
無理やり出力を上げられたその闇は、ルミ自身の身体を内側から焼き焦がすほどの負荷を与えていたが、心を壊されたルミはその激痛を認識することすらできず、ただ圧倒的な破滅の魔術を四方に放ち続けた。

「ルミ……っ!!」

アルヴィーノが光魔法の障壁を展開し、正面から迫る闇の砲弾を弾き飛ばす。
その背後から、レオがプラチナブロンドの髪を翻し、新緑の瞳を鋭く光らせて跳躍した。
二人の狙いは一つ。
ルミの命を握る、あの【チョーカーの起爆装置】そのものを、奴の命令が届く前に精密な魔力で破壊すること。

「はぁぁぁっ!」

レオが風の魔術を足場にして空中を疾駆し、魔剣の切っ先をルミの首元へと伸ばす。
しかし、ルミの周囲を覆う濃密すぎる闇の障壁が、自動的にレオの刃を激しく弾き返した。

「くっ……! 触れることすらさせない、ですか!」
「下がっていなさい、レオ! ――『氷絶の檻』!」

すかさずアルヴィーノが魔力を以て、ルミの周囲の空間そのものを凍結させ、首輪の機能を停止させようと試みる。
だが、限界を超えて暴走させられているルミの闇魔法は、絶対零度の氷をも内側からドス黒く腐食させ、一瞬で粉砕してしまった。
届かない。
起爆装置を壊そうにも、ルミ自身が放つ圧倒的な猛攻の嵐が、彼らの一歩を完璧に阻んでいた。

「ルミ! 私の言葉を聞きなさい! 目を開けるのです、ルミ!!」
「ルミにぃ! 戻ってきてください、これ以上貴方の手を汚させたくはない!」

アルヴィーノとレオは、降り注ぐ闇の連撃を死に物狂いでいなしながら、壊れた人形へ向けて必死に声をかけ続ける。
しかし、詠唱も息継ぎもないルミの猛攻は一向に止まらない。
濁りきったその瞳には、かつて慕っていた二人の姿など、ただの一欠片も映っていなかった。

「――これ以上の蹂躙は、王として、僕が許さない!」

そこへ、聖なる光の奔流と共にアルフレッドが戦場へ到着した。
新王は自身の杖を天へ掲げると、ルミが広範囲に向けて放とうとした闇の魔弾の群れを、極大の光魔法によって空中でことごとく撃ち落とし、相殺していく。

「アルヴィーノ! レオ! 持ちこたえるんだ! 僕が光の魔力でルミくんの闇を相殺し、死角を作る! その隙に、何としても首輪を――!」
「……感謝します、兄上!」

光を放つアルフレッドの参戦により、戦場はさらに激しさを増していく。
最強の三人が揃い、ルミの暴走を止めるための、命懸けの防衛戦と救出劇が本格的に幕を開けた。
12/32ページ
スキ