【ルミ敵堕ち編】絶望の果てに、世界で一番甘い奇跡を

それから、レイストール王国は総力を挙げてオズワルドの潜伏先の割り出しと、ルミの奪還に向けて動き出した。
アルフレッド直属の偵察部隊だけでなく、レオが統括する騎士団の精鋭、さらには宮廷魔導師団までもが大陸全土へ網の目を広げ、血眼になってその行方を追い続ける。
しかし、その必死の捜索の途中で王国にもたらされるのは、あまりにも残酷な目撃証言ばかりだった。

「また、東の防衛線が突破されました……っ。やはり、あの黒い衣装の少年です!」
「宮廷魔導師が必死に声をかけたそうですが、こちらを一瞥すら生温く……ただ、機械的に闇の砲弾を放ち続けていたと……」

何人もの兵士や隠密たちが、オズワルドに命じられるがまま、各地で破壊の限りを尽くすルミの姿を目撃していた。
だが、そこにいたのは、かつてアルヴィーノの私室で天真爛漫に笑っていた、あの心優しいルミではなかった。
ルミの精神はオズワルドの手によって完全に「調整」され、外界からの干渉を一切拒絶する本物の殺戮人形と化していたのだ。
ある戦場では、レオが自ら前線に立ち、降り注ぐ闇の連撃を魔剣で弾きながら必死に叫んだ。

「ルミにぃ! 私です、レオです! 目を覚ましてください……っ!」

しかし、濁りきった瞳のルミは、その新緑の瞳を見つめても眉一つ動かさない。
レオの声は、今のルミの壊された脳には一滴も届かず、ただ命じられるがままに、狂気的な出力を増した闇魔法がレオの身体を容赦なく襲うだけだった。
またある時は、アルヴィーノが再びルミの前に立ちはだかり、その紫瞳に引き裂かれんばかりの絶望を宿してその名を呼びかけた。

「ルミ……! 私の言葉が聞こえますか、ルミ!!」

だが、その至近距離からの悲痛な叫びすら、今のルミには届かない。
あの日、奇跡的に一瞬だけ戻った水色の光は完全に閉ざされ、ルミはただの無機質な障害物を排除するかのように、冷酷に、詠唱もなくアルヴィーノへ向けて黄金の杖を振り下ろすのだった。
誰の声も届かない。
誰の想いも、首輪の呪詛によって強制的に霧散させられてしまう。
その頃、戦う力を持たないリリィは、ただ一人、静まり返ったレイストール城の私室に取り残されていた。

「ルミ、さま……。おねがい、です……。無事で、いて……ください……っ」

リリィはベッドの上で、ぽつり、ぽつりと涙を床に零していた。
自分が頼りないばかりに、大好きなルミ様をあの地獄へ追いやる原因を作ってしまった。
毎日、毎日、胸が張り裂けそうなほどの罪悪感に苛まれながらも、今の自分には、遠い戦地で戦うアルヴィーノやレオの勝利を、そして何よりもルミの無事を、神に祈るように泣きじゃくることしかできなかった。
大切な箱庭を壊され、最愛の伴侶を奪われたレイストール王国。
その全戦力と、怒りの極点にある魔王たちの牙は、ルミを操る狂気の研究者オズワルドの首元へ向けて、じわじわと、けれど確実にその距離を縮めつつあった。

「……陛下、本日も東部防衛線より、第五騎士団の半数が後方に搬送されてきました。全員、一命は取り留めているものの……魔力による浸食傷が酷く、通常の治癒魔法では塞ぎきれません」

夜の静寂が満ちる国王執務室に、宮廷魔導師の悲痛な報告が響く。
新王アルフレッドは、机の上に積み上がった負傷兵のリストを碧眼で見つめ、きつく奥歯を噛み締めた。
オズワルドの潜伏先を暴くための総力戦。
しかし、その網の目を広げれば広げるほど、彼らの前に立ち塞がる「黒い殺戮人形」の凶刃によって、自国の兵士や騎士団員たちの負傷者は日に日に膨れ上がっていた。
ルミの放つ闇魔法は、完全にオズワルドに調整されたことで、以前とは比較にならないほどの凶悪な威力を誇っていた。
防衛線の城壁をバターのように容易く抉り取り、放たれる漆黒の魔弾は、精鋭たちの強固な防具すら容易に貫通する。
しかもその闇は、触れた者の生命力を内側から腐食させる呪詛を孕んでいた。
アルフレッド自慢の光・治癒魔法を以てしても、傷口を完全に塞ぐには多大な時間を要するほどだ。

(これほどまで、だったのか……)

アルフレッドは深く椅子に背を預け、自らの両手を見つめた。
かつて、アルヴィーノとルミの婚約を温かく見守っていた頃、ルミが魔力は高いけれど使い方が未熟な子であることは知っていた。
お茶会で恥ずかしそうに笑う彼の中に、これほどまでに世界を蹂躙し尽くせる絶望の力が眠っていたなど、平和を愛する王の想像を遥かに超えていた。

「詠唱もなく、ただ機械的にあの規模の禁忌術を連発しているという。……ルミくんの身体の負担も、とうに限界を超えているはずだというのに」

アルフレッドの碧眼に、深い悲痛と、改めて実感させられたルミの闇魔法の凄まじさへの戦慄が走る。
アルヴィーノが「切り札」として彼を傍に置いた理由を、これほど残酷な形で思い知らされることになるとは夢にも思わなかった。
ルミの凄まじい火力の前に、確実に削り取られていくレイストールの精鋭たち。
だが、その負傷兵の山を見ても、アルフレッドの決意が鈍ることはなかった。
むしろ、無理やり限界以上の力を引き出され、心も身体もボロボロにされているルミを、一刻も早くあの狂気の研究者から解放しなければならないという義務感が、王の胸の中で激しく燃え盛っていた。
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