孤高の王子様に、ただひとつの特別を
秋の深まりとともに、校庭の木々が色鮮やかな黄金色と朱色に染まり、澄み切った風が敷地内を通り抜けていく。
激動の数日間が過ぎ、聖リリウム女学院の日常は、どこか柔らかく穏やかな熱を帯びたまま定着しつつあった。
学院の「完璧な王子様」であったセレフィアと、彼女を孤高の檻から引き揚げたリリアーヌ。
二人が交わした言葉なき誓いと、胸元で揺れる互いのタイは、今や誰もが認める確かな絆の証として受け入れられていたのだった。
放課後の放課後、セレフィアとリリアーヌの二人は、再び道を挟んだ隣校、白薔薇高等学校の敷地へと足を進めていた。
向かう先は、あの静謐な白薔薇の生徒会室である。
セレフィアが自らの胸の中に眠る答えを見出すきっかけを与え、迷いの霧を払ってくれた二人――アルヴィーノとルミへ、事の顛末と感謝を正しく伝えるための訪問であった。
「……セラ。私、やっぱりなんだか緊張する……」
生徒会室の重厚な木製ドアの前で、リリアーヌは不安そうに己の胸元へと手を添えた。
そこには今もなお、セレフィアから贈られた上質なネクタイが寸分の狂いもなく結ばれている。
「大丈夫ですよ、リリア。彼らは私たちの恩人です。報告と感謝を伝えるのは、人として当然の誠実さというものです」
セレフィアはそう言って静かに微笑むと、リリアーヌの手をそっと握りしめた。
その指先に込められた温もりに、リリアーヌは赤くなりながらも小さく頷いた。
セレフィアがドアを静かにノックし、室内からの入室を促す低い声を確認して、ドアを開く。
室内には、先日と同じように落ち着いた静寂が満ちていた。
革張りのソファには、白薔薇の副会長であるアルヴィーノがいつものように隙のない制服姿で腰掛けており、そのすぐ隣には、彼の私物である濃紺のカーディガンを羽織った水色髪の少年――ルミが並んで座っていた。
「失礼いたします」
セレフィアが静かに室内へ足を踏み入れると、書類に目を通していたアルヴィーノが静かに視線を上げた。
隣にいたルミも、ぶかぶかの袖口から指先を覗かせながら、パーッと表情を輝かせる。
「あ、セレフィアちゃん! それに、リリアーヌちゃんも!」
ルミの明るい声に応えるように、二人はローテーブルを挟んだ対面のソファへと腰掛けた。
その瞬間、アルヴィーノの切れ長な瞳が、眼鏡の奥でかすかに細められた。
彼の鋭い視線は、二人が着席した瞬間にその胸元へと落ちていた。
セレフィアの胸元を飾る、可愛らしく結ばれた可憐なリボン。
そして、リリアーヌの胸元を飾る、格調高い上質なネクタイ。
対照的でありながら、あまりにも過不足なく互いの存在を提示しているその着こなしを目にしたアルヴィーノは、すべてを悟ったように深く息を吐き出した。
「……なるほど。無事に、答えが出たようですね」
「ええ」
セレフィアは背筋を伸ばし、迷いのない澄んだ紫色の瞳でアルヴィーノを見つめ返した。
「アルヴィーノさん、そしてルミさん。先日、あなた方が与えてくださった助言のおかげで、私は己の心の中にある一番大切な感情に気づくことができました。あの後、手紙をくださった下級生の方には私の真摯な言葉でお断りをし……そして、ここにいるリリアーヌに、私の真実の思いを伝えました」
言葉を区切り、セレフィアは隣のリリアーヌへと優しい視線を向けた。
「私のような未熟な人間を受け入れてくれた彼女に、心からの感謝を。私たちは今、正式にお付き合いをさせていただいております」
堂々とした、一切の包み隠しのない報告。
その言葉を正面から突きつけられたリリアーヌは、瞬く間に顔を真っ赤に染め上げた。
耳の裏まで熱くなり、膝の上で重ねた指先が小さく震える。
(せ、セラったら……! そんなにハッキリ言わなくても……っ!)
恥ずかしさのあまりそのまま顔を覆ってしまいたい衝動に駆られながらも、リリアーヌは必死に耐え、深々と頭を下げるセレフィアに合わせて小刻みに首を縦に振った。
「あ……あの、私も……! セラからお話を聞きました。お二人には……私の知らないところで、セラにたくさんの温かなお助言をいただいたと……。本当に、ありがとうございました……っ!」
赤くなった顔のまま、一生懸命に感謝を伝えるリリアーヌの姿に、ルミは嬉しそうに目を細め、ぶかぶかの袖を軽く振った。
「ううん、お礼なんていいんだよ! 二人がちゃんと素直になれて、こうやって手を繋いでいられるようになったのが、俺は一番嬉しいな。ね、アルヴィーノ?」
「ええ」
アルヴィーノは眼鏡の位置を指先で直すと、二人の胸元を再び一瞥した。
「それにしても……互いのタイを交換されたのですね。そういえば、聖リリウム女学院には、そのような風習が存在すると聞いたことがありました。言葉によらず、誓いを外示すための伝統だと」
「はい。彼女の温もりをこうして身につけていられることが、私にとって何よりの誇りです」
真面目な顔で当然のようにそう言い切るセレフィアに対し、リリアーヌはまたしても顔を真っ熱にさせて身を縮こませた。
そのやり取りと、二人の胸元で揺れる交換されたタイを交互に見つめていたルミの青い瞳が、ふと羨ましそうに輝き始めた。
ルミは隣に座るアルヴィーノの顔をじっと見上げると、ぶかぶかの袖口から伸ばした手で、アルヴィーノの制服の裾をキュッと引っ張った。
「ねえ、アルヴィーノ……! 俺たちも、あれやろうよ! タイの交換! 俺もアルヴィーノのネクタイ、身につけてみたいなぁ」
無邪気で切実なおねだり。恋人としての特別な印を交わし合いたいという
、純粋な憧れが込められたルミの言葉。
しかし、アルヴィーノは表情一つ変えず、静かに溜息を漏らすと、ルミの頭へと優しく手を置いた。
「何を言い出すのですか、ルミ。第一、あなたの制服のリボンと私のネクタイでは規格が違います。それに……」
アルヴィーノは、ルミが身に纏っているぶかぶかの濃紺のカーディガンへ視線を送った。
自分の体型に合わせて作られた、長すぎる袖口と大きめの丈。それがルミの小さな身体をすっぽりと包み込んでいる。
「貴方はいつも、私の私物であるカーディガンを着ているでしょう。私の匂いと体温が染み付いたものを、日常的に身につけているのです。それで……充分ではありませんか」
「あ……」
冷静で合理的ながらも、どこか深く重い愛着が込められたアルヴィーノの言葉。
ルミはぶかぶかの袖口を見つめ、それから自分の全身を包むカーディガンの温もりを改めて噛み締めると、頬を微かに赤らめてふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「うん……そうだね。俺、ずっとアルヴィーノのを着てるもんね……!」
満足そうにアルヴィーノの腕へと寄り添うルミと、それを咎めることもなく書類を整理し始めるアルヴィーノ。
そこには、セレフィアたちとはまた異なる、二人だけの確かな絆の形が存在していた。
対面に座るセレフィアとリリアーヌは、その光景を温かな眼差しで見守っていた。
「……ふふ」
リリアーヌの口から、小さな微笑みが漏れた。
最初はただの羨望と、自分だけの「特別」を失ってしまうことへの恐怖に怯えていた。
けれど、こうして大切な人と手を取り合い、自分たちの絆を確かめ合えた今、胸の中に広がっているのはどこまでも澄み切った穏やかな幸福感だった。
ふと横を見ると、セレフィアが紫色の瞳で自分をじっと見つめていた。
「どうしましたか、リリア?」
「ううん……なんでもないわ、セラ。ただ……あなたとこうして一緒にいられて、本当に幸せだなと思って」
リリアーヌが静かに微笑むと、セレフィアもまた、春の雪解けのような美しい笑みを返してくれた。
「私もです。あなたと歩むこれからの時間が、楽しみでなりません」
ローテーブルの下で、そっと重なり合う二人の手。
窓から差し込む夕暮れの茜色の光が、白薔薇の生徒会室を柔らかく染め上げていく。
迷いと葛藤を乗り越え、自らの手で掴み取った真実の愛。
胸元で揺れる言葉なき誓いの証とともに、二人が紡いでいく新しい日々は、これからどこまでも、温かく続いていくのだった。
激動の数日間が過ぎ、聖リリウム女学院の日常は、どこか柔らかく穏やかな熱を帯びたまま定着しつつあった。
学院の「完璧な王子様」であったセレフィアと、彼女を孤高の檻から引き揚げたリリアーヌ。
二人が交わした言葉なき誓いと、胸元で揺れる互いのタイは、今や誰もが認める確かな絆の証として受け入れられていたのだった。
放課後の放課後、セレフィアとリリアーヌの二人は、再び道を挟んだ隣校、白薔薇高等学校の敷地へと足を進めていた。
向かう先は、あの静謐な白薔薇の生徒会室である。
セレフィアが自らの胸の中に眠る答えを見出すきっかけを与え、迷いの霧を払ってくれた二人――アルヴィーノとルミへ、事の顛末と感謝を正しく伝えるための訪問であった。
「……セラ。私、やっぱりなんだか緊張する……」
生徒会室の重厚な木製ドアの前で、リリアーヌは不安そうに己の胸元へと手を添えた。
そこには今もなお、セレフィアから贈られた上質なネクタイが寸分の狂いもなく結ばれている。
「大丈夫ですよ、リリア。彼らは私たちの恩人です。報告と感謝を伝えるのは、人として当然の誠実さというものです」
セレフィアはそう言って静かに微笑むと、リリアーヌの手をそっと握りしめた。
その指先に込められた温もりに、リリアーヌは赤くなりながらも小さく頷いた。
セレフィアがドアを静かにノックし、室内からの入室を促す低い声を確認して、ドアを開く。
室内には、先日と同じように落ち着いた静寂が満ちていた。
革張りのソファには、白薔薇の副会長であるアルヴィーノがいつものように隙のない制服姿で腰掛けており、そのすぐ隣には、彼の私物である濃紺のカーディガンを羽織った水色髪の少年――ルミが並んで座っていた。
「失礼いたします」
セレフィアが静かに室内へ足を踏み入れると、書類に目を通していたアルヴィーノが静かに視線を上げた。
隣にいたルミも、ぶかぶかの袖口から指先を覗かせながら、パーッと表情を輝かせる。
「あ、セレフィアちゃん! それに、リリアーヌちゃんも!」
ルミの明るい声に応えるように、二人はローテーブルを挟んだ対面のソファへと腰掛けた。
その瞬間、アルヴィーノの切れ長な瞳が、眼鏡の奥でかすかに細められた。
彼の鋭い視線は、二人が着席した瞬間にその胸元へと落ちていた。
セレフィアの胸元を飾る、可愛らしく結ばれた可憐なリボン。
そして、リリアーヌの胸元を飾る、格調高い上質なネクタイ。
対照的でありながら、あまりにも過不足なく互いの存在を提示しているその着こなしを目にしたアルヴィーノは、すべてを悟ったように深く息を吐き出した。
「……なるほど。無事に、答えが出たようですね」
「ええ」
セレフィアは背筋を伸ばし、迷いのない澄んだ紫色の瞳でアルヴィーノを見つめ返した。
「アルヴィーノさん、そしてルミさん。先日、あなた方が与えてくださった助言のおかげで、私は己の心の中にある一番大切な感情に気づくことができました。あの後、手紙をくださった下級生の方には私の真摯な言葉でお断りをし……そして、ここにいるリリアーヌに、私の真実の思いを伝えました」
言葉を区切り、セレフィアは隣のリリアーヌへと優しい視線を向けた。
「私のような未熟な人間を受け入れてくれた彼女に、心からの感謝を。私たちは今、正式にお付き合いをさせていただいております」
堂々とした、一切の包み隠しのない報告。
その言葉を正面から突きつけられたリリアーヌは、瞬く間に顔を真っ赤に染め上げた。
耳の裏まで熱くなり、膝の上で重ねた指先が小さく震える。
(せ、セラったら……! そんなにハッキリ言わなくても……っ!)
恥ずかしさのあまりそのまま顔を覆ってしまいたい衝動に駆られながらも、リリアーヌは必死に耐え、深々と頭を下げるセレフィアに合わせて小刻みに首を縦に振った。
「あ……あの、私も……! セラからお話を聞きました。お二人には……私の知らないところで、セラにたくさんの温かなお助言をいただいたと……。本当に、ありがとうございました……っ!」
赤くなった顔のまま、一生懸命に感謝を伝えるリリアーヌの姿に、ルミは嬉しそうに目を細め、ぶかぶかの袖を軽く振った。
「ううん、お礼なんていいんだよ! 二人がちゃんと素直になれて、こうやって手を繋いでいられるようになったのが、俺は一番嬉しいな。ね、アルヴィーノ?」
「ええ」
アルヴィーノは眼鏡の位置を指先で直すと、二人の胸元を再び一瞥した。
「それにしても……互いのタイを交換されたのですね。そういえば、聖リリウム女学院には、そのような風習が存在すると聞いたことがありました。言葉によらず、誓いを外示すための伝統だと」
「はい。彼女の温もりをこうして身につけていられることが、私にとって何よりの誇りです」
真面目な顔で当然のようにそう言い切るセレフィアに対し、リリアーヌはまたしても顔を真っ熱にさせて身を縮こませた。
そのやり取りと、二人の胸元で揺れる交換されたタイを交互に見つめていたルミの青い瞳が、ふと羨ましそうに輝き始めた。
ルミは隣に座るアルヴィーノの顔をじっと見上げると、ぶかぶかの袖口から伸ばした手で、アルヴィーノの制服の裾をキュッと引っ張った。
「ねえ、アルヴィーノ……! 俺たちも、あれやろうよ! タイの交換! 俺もアルヴィーノのネクタイ、身につけてみたいなぁ」
無邪気で切実なおねだり。恋人としての特別な印を交わし合いたいという
、純粋な憧れが込められたルミの言葉。
しかし、アルヴィーノは表情一つ変えず、静かに溜息を漏らすと、ルミの頭へと優しく手を置いた。
「何を言い出すのですか、ルミ。第一、あなたの制服のリボンと私のネクタイでは規格が違います。それに……」
アルヴィーノは、ルミが身に纏っているぶかぶかの濃紺のカーディガンへ視線を送った。
自分の体型に合わせて作られた、長すぎる袖口と大きめの丈。それがルミの小さな身体をすっぽりと包み込んでいる。
「貴方はいつも、私の私物であるカーディガンを着ているでしょう。私の匂いと体温が染み付いたものを、日常的に身につけているのです。それで……充分ではありませんか」
「あ……」
冷静で合理的ながらも、どこか深く重い愛着が込められたアルヴィーノの言葉。
ルミはぶかぶかの袖口を見つめ、それから自分の全身を包むカーディガンの温もりを改めて噛み締めると、頬を微かに赤らめてふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「うん……そうだね。俺、ずっとアルヴィーノのを着てるもんね……!」
満足そうにアルヴィーノの腕へと寄り添うルミと、それを咎めることもなく書類を整理し始めるアルヴィーノ。
そこには、セレフィアたちとはまた異なる、二人だけの確かな絆の形が存在していた。
対面に座るセレフィアとリリアーヌは、その光景を温かな眼差しで見守っていた。
「……ふふ」
リリアーヌの口から、小さな微笑みが漏れた。
最初はただの羨望と、自分だけの「特別」を失ってしまうことへの恐怖に怯えていた。
けれど、こうして大切な人と手を取り合い、自分たちの絆を確かめ合えた今、胸の中に広がっているのはどこまでも澄み切った穏やかな幸福感だった。
ふと横を見ると、セレフィアが紫色の瞳で自分をじっと見つめていた。
「どうしましたか、リリア?」
「ううん……なんでもないわ、セラ。ただ……あなたとこうして一緒にいられて、本当に幸せだなと思って」
リリアーヌが静かに微笑むと、セレフィアもまた、春の雪解けのような美しい笑みを返してくれた。
「私もです。あなたと歩むこれからの時間が、楽しみでなりません」
ローテーブルの下で、そっと重なり合う二人の手。
窓から差し込む夕暮れの茜色の光が、白薔薇の生徒会室を柔らかく染め上げていく。
迷いと葛藤を乗り越え、自らの手で掴み取った真実の愛。
胸元で揺れる言葉なき誓いの証とともに、二人が紡いでいく新しい日々は、これからどこまでも、温かく続いていくのだった。