孤高の王子様に、ただひとつの特別を
吹き抜けの静寂を切り裂くように、力強く規則正しい足音が近づいてきた。
廊下の奥から姿を現したのは、白薔薇高等学校の生徒会副会長アルヴィーノだった。
書類の束を腕に抱え、隙のない制服姿で歩いてきた彼は、吹き抜けのベンチに腰掛ける二人の姿を目にした瞬間、ぴたりと足を止めた。
切れ長な瞳が、露骨な困惑と不審の色を帯びる。
自身の通う男子校の敷地内、それも普段から静かな吹抜けのベンチに、他校である聖リリウム女学院の生徒会長・セレフィアが佇んでいる。
しかも、そのすぐ隣には自分の恋人であるルミが並んで座り、親しげに身を寄せていた。
周囲の男子生徒たちが遠巻きに覗き込んでいる光景も相まって、状況はあまりにも異質だった。
「……ルミ。それに、セレフィアさん」
アルヴィーノは手にした書類を腕の中で軽く抱え直すと、長い脚で迷いなく二人へと歩み寄ってきた。
その眉間には深くシワが刻まれている。
「ここで一体何をしているのですか。校内が先ほどから酷く騒がしいと思えば……なぜあなたが白薔薇の校内に一人で来ているのです、セレフィアさん。それにルミ、君はなぜ彼女と二人でそんな場所に座っているのですか」
矢継ぎ早に投げかけられる冷静ながらもどこか刺々しい問い詰め。
恋人が他校の息を呑むような美少女と並んで座っている状況は、いかに理性的で冷徹なアルヴィーノであっても、胸の奥に不穏なざわめきを覚えさせるのに十分だった。
何を話していたのか、どのような経緯でこのような状況に至ったのか。
追及するようなアルヴィーノの鋭い視線を受け、ルミはぶかぶかのカーディガンの袖を揺らしながら、少し困ったように笑った。
「あ、アルヴィーノ。お仕事お疲れ様。あのね、怒らないで聞いてほしいんだけど、セレフィアちゃんが――」
ルミが事の経緯を説明しようと口を開かけた、その瞬間だった。
ベンチから静かに立ち上がったセレフィアが、ルミの言葉を遮るようにして一歩前へ出た。
その手には、大切そうに握られた小さな桃色の封筒がある。
セレフィアは直立し、いつもの冷徹なまでに整った表情で、まっすぐにアルヴィーノの目を見つめた。
その瞳には、生徒会の交渉や協議の場で見せるものとは異なる、深く、切実な混迷の光が宿っていた。
「……アルヴィーノさん。一つ、質問させてください」
「……何ですか、突然」
警戒を解かないアルヴィーノに対し、セレフィアは躊躇うことなく、あまりにも突飛で核心的な問いを投げかけた。
「あなたは……同性から、告白をされたことがありますか?」
「……は?」
アルヴィーノの思考が、一瞬だけ完全に停止した。
完璧主義で合理性の塊である彼が、滅多に見せることのない間抜けな声が漏れ出る。
瞳がわずかに見開かれ、目の前に立つ少女が何を言い出したのか理解できないといった様子で固まった。
しかし、セレフィアの追及はそれだけでは終わらなかった。
彼女は至極真面目な面持ちのまま、さらに言葉を重ねる。
「あるいは……異性からはどうでしょうか。誰かから、純粋な好意や愛情を打ち明けられ、それに応えるか否かを迫られた経験はお持ちですか?」
あまりにも唐突で、個人の尊厳やプライバシーに踏み込む質問の連続。
アルヴィーノは怪訝さを隠そうともせず、深く眉をひそめてセレフィアを見つめ返した。
その視線は、目の前の少女の正気を疑うかのようですらあった。
「……セレフィアさん。あなたが何を仰りたいのか、全く理解できません。なぜ私がそのような個人的な尋問を受けねばならないのですか。第一、あなたは白薔薇の生徒会副会長である私に、そのような世間話をするためにわざわざ乗り込んできたのですか?」
低い声には、明らかな警戒と不快感が滲んでいた。
けれど、セレフィアは引き下がらなかった。逃げ場のない切迫した思いが、彼女の静かな佇まいからひしひしと伝わってくる。
「ふざけているわけでも、あなたを愚弄しているわけでもありません。私は……極めて真剣なのです」
セレフィアは手にした桃色の封筒を、アルヴィーノの視界に入る位置へとゆっくり持ち上げた。
「数日前、私は下級生の女子生徒からこの手紙を手渡されました。そこには、私に対する真摯な好意が綴られていました。……ですが、私はどのように返答すべきか、今もなお答えを出せずにいるのです」
「……告白、ですか」
ようやく状況の断片を把握したアルヴィーノは、怪訝な表情のまま、わずかに視線を緩めた。しかし、依然として納得がいかない様子で問いただす。
「あなたが他者から告白を受けたとして……それがなぜ、私への質問に繋がるのですか。私に異性や同性からの求愛経験があるかどうかなど、あなたの返答に何の関係もないでしょう」
「関係があるのです」
セレフィアの声が、微かに低くなった。
「私には……『人を好きになる』という感情の定義が分かりません。誰かから特別な好意を向けられた時、それにどう向き合うのが誠実なのかも分からない。あなた方は……互いに特別な感情を抱き、恋人として交際されていると聞き及んでいます。だからこそ、私には分からないその『特別な感情』の正体を、そして相手から向けられた好意にどう応えるべきなのかを、経験者であるあなた方に教わりたかったのです」
淡々と、けれど切々と語られる言葉。
どこまでも真面目で、どこまでも不器用な少女の苦悩。
アルヴィーノは抱えていた書類を一度強く抱え直し、深いため息をついた。
目の前の少女が、白薔薇の校内を騒然とさせてまでここへやってきた理由が、あまりにも人間らしく、そしてあまりにも青臭い迷いによるものだと理解したからだ。
「……全く。相変わらず、あなたは極端で不器用な人だ」
アルヴィーノの呆れを含んだ呟きに、傍らで様子を見守っていたルミが、ぶかぶかの袖口からくすくすと嬉しそうに笑い声を漏らした。
「ね? アルヴィーノ、だから言ったでしょ。セレフィアちゃん、すごく真剣なんだよ」
「……笑い事ではありませんよ、ルミ。……いいでしょう、セレフィアさん。ただ、吹き抜けで立ち話をするような内容でもありません。生徒会室へ移動しましょう。あなたのその無知と迷いについて、少し言葉を交わして差し上げます」
秋の風が通り抜ける廊下で、三人の影が静かに動き出そうとしていた。
セレフィアの抱える解のない問いに、かすかな光が差し込み始める瞬間だった。
廊下の奥から姿を現したのは、白薔薇高等学校の生徒会副会長アルヴィーノだった。
書類の束を腕に抱え、隙のない制服姿で歩いてきた彼は、吹き抜けのベンチに腰掛ける二人の姿を目にした瞬間、ぴたりと足を止めた。
切れ長な瞳が、露骨な困惑と不審の色を帯びる。
自身の通う男子校の敷地内、それも普段から静かな吹抜けのベンチに、他校である聖リリウム女学院の生徒会長・セレフィアが佇んでいる。
しかも、そのすぐ隣には自分の恋人であるルミが並んで座り、親しげに身を寄せていた。
周囲の男子生徒たちが遠巻きに覗き込んでいる光景も相まって、状況はあまりにも異質だった。
「……ルミ。それに、セレフィアさん」
アルヴィーノは手にした書類を腕の中で軽く抱え直すと、長い脚で迷いなく二人へと歩み寄ってきた。
その眉間には深くシワが刻まれている。
「ここで一体何をしているのですか。校内が先ほどから酷く騒がしいと思えば……なぜあなたが白薔薇の校内に一人で来ているのです、セレフィアさん。それにルミ、君はなぜ彼女と二人でそんな場所に座っているのですか」
矢継ぎ早に投げかけられる冷静ながらもどこか刺々しい問い詰め。
恋人が他校の息を呑むような美少女と並んで座っている状況は、いかに理性的で冷徹なアルヴィーノであっても、胸の奥に不穏なざわめきを覚えさせるのに十分だった。
何を話していたのか、どのような経緯でこのような状況に至ったのか。
追及するようなアルヴィーノの鋭い視線を受け、ルミはぶかぶかのカーディガンの袖を揺らしながら、少し困ったように笑った。
「あ、アルヴィーノ。お仕事お疲れ様。あのね、怒らないで聞いてほしいんだけど、セレフィアちゃんが――」
ルミが事の経緯を説明しようと口を開かけた、その瞬間だった。
ベンチから静かに立ち上がったセレフィアが、ルミの言葉を遮るようにして一歩前へ出た。
その手には、大切そうに握られた小さな桃色の封筒がある。
セレフィアは直立し、いつもの冷徹なまでに整った表情で、まっすぐにアルヴィーノの目を見つめた。
その瞳には、生徒会の交渉や協議の場で見せるものとは異なる、深く、切実な混迷の光が宿っていた。
「……アルヴィーノさん。一つ、質問させてください」
「……何ですか、突然」
警戒を解かないアルヴィーノに対し、セレフィアは躊躇うことなく、あまりにも突飛で核心的な問いを投げかけた。
「あなたは……同性から、告白をされたことがありますか?」
「……は?」
アルヴィーノの思考が、一瞬だけ完全に停止した。
完璧主義で合理性の塊である彼が、滅多に見せることのない間抜けな声が漏れ出る。
瞳がわずかに見開かれ、目の前に立つ少女が何を言い出したのか理解できないといった様子で固まった。
しかし、セレフィアの追及はそれだけでは終わらなかった。
彼女は至極真面目な面持ちのまま、さらに言葉を重ねる。
「あるいは……異性からはどうでしょうか。誰かから、純粋な好意や愛情を打ち明けられ、それに応えるか否かを迫られた経験はお持ちですか?」
あまりにも唐突で、個人の尊厳やプライバシーに踏み込む質問の連続。
アルヴィーノは怪訝さを隠そうともせず、深く眉をひそめてセレフィアを見つめ返した。
その視線は、目の前の少女の正気を疑うかのようですらあった。
「……セレフィアさん。あなたが何を仰りたいのか、全く理解できません。なぜ私がそのような個人的な尋問を受けねばならないのですか。第一、あなたは白薔薇の生徒会副会長である私に、そのような世間話をするためにわざわざ乗り込んできたのですか?」
低い声には、明らかな警戒と不快感が滲んでいた。
けれど、セレフィアは引き下がらなかった。逃げ場のない切迫した思いが、彼女の静かな佇まいからひしひしと伝わってくる。
「ふざけているわけでも、あなたを愚弄しているわけでもありません。私は……極めて真剣なのです」
セレフィアは手にした桃色の封筒を、アルヴィーノの視界に入る位置へとゆっくり持ち上げた。
「数日前、私は下級生の女子生徒からこの手紙を手渡されました。そこには、私に対する真摯な好意が綴られていました。……ですが、私はどのように返答すべきか、今もなお答えを出せずにいるのです」
「……告白、ですか」
ようやく状況の断片を把握したアルヴィーノは、怪訝な表情のまま、わずかに視線を緩めた。しかし、依然として納得がいかない様子で問いただす。
「あなたが他者から告白を受けたとして……それがなぜ、私への質問に繋がるのですか。私に異性や同性からの求愛経験があるかどうかなど、あなたの返答に何の関係もないでしょう」
「関係があるのです」
セレフィアの声が、微かに低くなった。
「私には……『人を好きになる』という感情の定義が分かりません。誰かから特別な好意を向けられた時、それにどう向き合うのが誠実なのかも分からない。あなた方は……互いに特別な感情を抱き、恋人として交際されていると聞き及んでいます。だからこそ、私には分からないその『特別な感情』の正体を、そして相手から向けられた好意にどう応えるべきなのかを、経験者であるあなた方に教わりたかったのです」
淡々と、けれど切々と語られる言葉。
どこまでも真面目で、どこまでも不器用な少女の苦悩。
アルヴィーノは抱えていた書類を一度強く抱え直し、深いため息をついた。
目の前の少女が、白薔薇の校内を騒然とさせてまでここへやってきた理由が、あまりにも人間らしく、そしてあまりにも青臭い迷いによるものだと理解したからだ。
「……全く。相変わらず、あなたは極端で不器用な人だ」
アルヴィーノの呆れを含んだ呟きに、傍らで様子を見守っていたルミが、ぶかぶかの袖口からくすくすと嬉しそうに笑い声を漏らした。
「ね? アルヴィーノ、だから言ったでしょ。セレフィアちゃん、すごく真剣なんだよ」
「……笑い事ではありませんよ、ルミ。……いいでしょう、セレフィアさん。ただ、吹き抜けで立ち話をするような内容でもありません。生徒会室へ移動しましょう。あなたのその無知と迷いについて、少し言葉を交わして差し上げます」
秋の風が通り抜ける廊下で、三人の影が静かに動き出そうとしていた。
セレフィアの抱える解のない問いに、かすかな光が差し込み始める瞬間だった。