孤高の王子様に、ただひとつの特別を

旧校舎の談話室で起きた一件以降、聖リリウム女学院の日常には、以前とは異なる確かな気配が満ちていた。
それは、孤高の生徒会長として常に一線を引いていたセレフィアが、驚くほど自然にリリアーヌの傍らに寄り添うようになった変化である。

あの日の帰り道、セレフィアは冷静に一つ一つの状況を分析し、結論を出していた。
上級生たちの一件は、リリアーヌが自分のために動いてくれた結果として生じたトラブルだった。
そうであるならば、当事者であるリリアーヌをしばらく一人にしておくことは危険であり、生徒会長として、また保護者のような心持ちで彼女の安全を守ることは当然の責務であると、セレフィアは判断したのだ。
そこに特別な私情や、複雑な恋愛感情などは一切存在していなかった。
すべては、あの痛ましいトラブルを二度と起こさないための合理的かつ誠実な配慮に過ぎない。
本人としては、ただ周囲の目を釘付けにしない程度の警戒心を持ちながら、いつも通りにやるべきことをこなしているつもりだった。

だが、当事者であるリリアーヌの心境は、そんなセレフィアの冷静な算段とは全く異なる次元で激しく揺さぶられていた。
翌朝から、その日常の侵食は始まった。
いつもは自室で静かに身支度を整え、別々に食堂へ向かうか、あるいは各自で時間を調整していたはずだった。
しかし、リリアーヌがドアを開けて廊下に出ようとしたその瞬間、すでに自分の部屋の扉の前で待っていたセレフィアの姿があった。

「おはよう、リリアーヌ。今日も一緒に食堂へ行きましょう」

何気ない調子で告げられ、ごく自然に並んで歩き出す。
それだけで、リリアーヌの胸の中は一気に跳ね上がるような緊張感に包まれた。
食堂へ向かうまでの並んだ足取り。
学園の正門を潜り、校舎までの長い並木道を並んで歩く時間。
周囲の生徒たちが向けてくる驚愕の視線など、リリアーヌにはもう視界に入らない。
ただ隣を歩く彼女の制服の裾が時折自分のそれに触れるたび、言いようのない熱が全身を駆け巡った。

昼休みになれば、当然のようにセレフィアが二年二組の教室の扉を叩く。

「午前の授業、お疲れ様でした。食堂の席を取ってありますので、行きましょう」

クラスメイトたちがどよめき、意味ありげな視線を向けてくる中、セレフィアは少しも動じることなくリリアーヌを促す。
リリアーヌは顔を真っ赤に染めながら、言われるがままにその後ろをついていくしかなかった。

放課後も、生徒会の仕事がどれほど山積みであっても、セレフィアは必ずリリアーヌと行動を共にした。
図書室へ行く時も、自室へ戻る時も、常に一定の距離を保ちながらリリアーヌの隣を歩く。

(どうして……どうしてセラは、そんなにいつも私の傍に……?)

自室に戻り、静かな夜の灯りの下で机に向かっても、リリアーヌは勉強に全く集中できずにいた。

あの日の出来事以来、セレフィアは毎日のように温かい食事を一緒に食べ、自分の小さな変化や体調の微細な揺らぎにまで目を配ってくれる。
ふとした瞬間に向けられる紫色の瞳はどこまでも優しく、頭を軽く撫でられたり、真摯な声で体調を気遣われたりするたび、リリアーヌは心臓が破裂しそうになるほどの動悸を覚えていた。

(私を心配してくれているのは分かるけれど……こんなにも四六時中、優しくされたら……私、どうにかなってしまいそう……)

すべては、セレフィアにとっては「当然の気遣い」であり「日常の延長」だった。

旧校舎の一件で精神的なショックを受けていないか、孤立して嫌がらせを受けていないか。
それらを未然に防ぐために付き添っているだけであり、セレフィアの脳裏には過剰な意味づけなど微塵もなかった。
だからこそ、彼女の言動には一点の曇りもなく、過不足のない自然な優しさが満ちていた。
本人にその自覚が一切ないからこそ、放たれる言葉も、何気ない気遣いも、すべてがまっすぐにリリアーヌの胸の奥底を突撃してくる。

「リリアーヌ、少し顔色が優れませんね。昨夜、遅くまで起きていたのですか?」

今日もまた、自室のデスクで考え事にふけっていたリリアーヌの背後から、静かな声が降ってきた。
振り返ると、いつの間にか近くに寄ってきたセレフィアが、心配そうに覗き込むような角度で自分を見つめていた。
その距離はあまりにも近く、彼女から漂う微かな洗剤の香りと、整えられた銀髪の美しさがダイレクトに視界に飛び込んでくる。

「なっ……! なんでもないわよ、セラ!」

慌てて身を引いたリリアーヌに対し、セレフィアは不思議そうに首を傾げるばかりだ。

「体調が悪いのでしたら、無理をしてはいけません。……ほら、お湯を沸かしますね。温かいハーブティーでも淹れましょう」

どこまでも自然に、当たり前の顔をして自分のために動いてくれる。
その無自覚な優しさに触れるたび、リリアーヌは自分の胸の高鳴りが限界を超えていくのを感じていた。
自分だけがこんなにも頭をおかしくさせられているのに、当の本人は至って平然としている。
その事実が少しだけくすぐったく、切なく、そしてどうしようもなく愛おしかった。

「もう……セラは、本当に……」

赤い顔を両手で覆い、机に突っ伏してしまうリリアーヌを見て、セレフィアは小首を傾げたまま、穏やかな微笑みを浮かべてお湯の準備を始める。
彼女が抱く純粋な庇護の念と、それに翻弄されながらも甘い熱に身を焦がすリリアーヌの鼓動は、静かな夜の部屋の中で、心地よいリズムを刻みながら溶け合っていくのだった。
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