孤高の王子様に、ただひとつの特別を

あの週末、傷だらけの手で振る舞われた温かな料理と、二人で食卓を囲んだ穏やかな時間。
それらは確かにセレフィアの胸の奥に深い足跡を残したはずだった。
けれど、長年にわたって体に染みついた「効率」という名の習性は、そう簡単に改まるものではなかった。
リリアーヌが目を離した隙を見計らうようにして、セレフィアはまたしても元の冷ややかな日常へと引き戻されていく。

ある日の朝。
陽光が室内を柔らかく照らし出す中、リリアーヌが身支度を整えて振り向くと、すでに白シャツの袖を整えたセレフィアがデスクの前に立っていた。
その右手には慣れた手つきで持たれたゼリー飲料、左手には引き出しから取り出したばかりのシリアルバー。
そして傍らには、水で溶かしたプロテインの入ったプラスチック容器が置かれていた。

まるで工場で製品を検品するかのような無駄のない動きで、彼女はそれらを順番に口へと運ぼうとしていた。
その光景を目にした瞬間、リリアーヌの中でぷつりと何かが切れた。
かつて見せていた箱入りのお嬢様らしい上品さや、遠慮がちな敬語などは、もう影も形もなかった。
同じ部屋で過ごし、相手の不器用で頑固な素顔を知れば知るほど、上っ面だけの飾り言葉など何の意味もなさないことを学んだのだ。

「……もう! セラ!」

リリアーヌは幼い頃の少女のように頬を大きく膨らませると、足音も荒々しくセレフィアのもとへ詰め寄った。

「またそんなものばかり食べて! 目を離すとすぐこれなんだから!」

驚いて紫色の瞳を見開いたセレフィアの手から、リリアーヌは容赦なくシリアルバーとゼリー飲料を引っ手繰り消した。
そのまま勢いよくデスクの上へ放り投げると、抵抗する間も与えずにセレフィアの細い手首をぎゅっと掴み上げる。

「何をするのですか、リリアーヌ……。今はまだ生徒会室へ行く前のわずかな時間で、手早く栄養を摂取していただけで……」
「言い訳は聞かないの! セラは黙って、私と一緒に食堂に行くの!」
「ですが、食堂はすでに大勢の生徒で賑わっていますし、私が行けば余計な混乱を――」
「混乱なんて関係ない! そんな冷たいプラスチックと乾いたバーだけで朝ご飯を済ませようとするセラが悪いんじゃない! いくら生徒会長だからって、自分の体をそんな風に雑に扱うの、絶対に許さないんだから!」

リリアーヌは掴んだ手を緩めることなく、ぐいぐいと部屋の出口に向かってセレフィアを引っ張っていった。
普段のおしとやかな立ち振る舞いは完全に姿を消し、まるで我が儘を押し通す幼子のような強引さだった。
けれど、その握りしめられた手からは、セレフィアの身体と健康を本気で心配する切実な熱量がひしひしと伝わってきた。
手首を引かれ、不器用によろめきながら追従するセレフィアは、ただただ圧倒されるしかなかった。
学校中の誰もが自分を「完璧な王子様」として扱い、一歩引いた場所から崇め奉る中で、こうして面と向かって怒り、腕を引っ張って連れ回す人間など、かつて一人も存在しなかった。

「……リリアーヌ、引っ張らないでください。倒れてしまいます」
「倒れそうなのはセラの不健康な食生活のせいでしょ! いいから早く歩いて!」

廊下へ出ると、早朝から登校してきていた下級生たちが、思わず足を止めて二人の姿を茫然と見つめた。
普段は凛とした姿勢で歩く「王子様」セレフィアが、髪を少し乱しながら、クラスメイトの金髪の少女に手を引かれてタジタジと歩いている。
その珍しい光景に校内は騒然となったが、リリアーヌは周囲の視線などまるで意に介さなかった。
お嬢様としての体面も、品格も、今の彼女にとってはセレフィアに温かい朝食を食べさせることよりも遥かにどうでもいいことだった。

食堂へ到着すると、リリアーヌは困惑する給食係の前にセレフィアを座らせ、自ら温かいスープとふっくらとした焼き立てのパン、彩り豊かな野菜が盛られたトレーを受け取って戻ってきた。

「ほら、座って! 全部ちゃんと食べるまで、生徒会室には行かせないからね」

ドサリとテーブルの上にトレーを置かれ、リリアーヌは腕組みをして正面の席にどっかりと腰掛けた。
プイと横を向きながらも、チラチラとこちらの様子を伺ってくる緑色の瞳。
セレフィアは手元に置かれた湯気立つスープを見つめ、静かに深いため息を漏らした。

「……本当に、あなたには敵いませんね」
「反省してるなら、残さず食べて」
「分かりましたよ……いただきます」

セレフィアが木製のスプーンを持ち、温かなスープを一口飲むのを確認して、リリアーヌはやっと満足そうに表情を和らげた。
こんなやり取りは、一回や二回では終わらなかった。
昼時になれば、リリアーヌは生徒会室の扉を遠慮なく押し開き、積み上がった書類の陰でシリアルバーの包装紙を破ろうとしているセレフィアを発見しては「またやってる!」と声を張り上げた。
同席していた他の生徒会役員たちが呆気にとられる中、リリアーヌはセレフィアの腕を掴んで「お昼休みくらい、ちゃんと太陽の下でご飯を食べるの!」と引きずり出していった。

放課後や夜の自室でも同様だった。
少しでも気を抜くと、セレフィアは引き出しの奥から無機質なプロテイン飲料を取り出し、作業をしながら流し込もうとする。
その度にリリアーヌは「セラ!」と叫んでそれを取り上げ、実家から送らせた温かい惣菜や、自分が不器用ながらも用意した軽食を強引に目の前へ突きつけた。

「セラはすぐそうやって楽しようとする! 自分の体を機械か何かだと思ってない?」
「機械だなんて思っていませんよ。ただ、時間の使い方として最も効率的だと……」
「効率なんてどうでもいいの! 美味しいものを食べて、美味しいねって笑うのが人間でしょ? そんなにシリアルバーが好きなら、私が全部隠しちゃうから!」
「それは困ります、リリアーヌ。あれは私の非常食で……」
「非常食じゃなくて、毎食にしてるから怒ってるの!」

頬を膨らませ、ズカズカと部屋の引き出しを開けてストックを没収していくリリアーヌ。
セレフィアは困り果てたように眉をひそめ、自分の引き出しから次々と奪われていくシリアルバーの箱を眺めるしかなかった。
完璧で冷徹な生徒会長としての面影はどこにもなく、ただ年相応の少女として、情熱的で不器用な友人に振り回されていた。
けれど、手首を掴まれる時の温もりや、強引に差し出される湯気の立つスープの匂いに接するたび、セレフィアの胸の奥には不思議な安らぎが広がっていくのだった。
誰からも求められる「完璧な自分」を脱ぎ捨て、ただの「セラ」として怒られ、連れ回される時間。

「……全く、困った人ですね、あなたは」

ポツリと漏らしたセレフィアの言葉に、シリアルバーの箱を抱えたリリアーヌが振り返り、勝ち誇ったように言った。

「セラがちゃんとお手上げになるまで、私は絶対にやめないから!」

あ呆れたように吐き出されたため息の裏で、セレフィアの唇はほんの少しだけ、温かな微笑みの形を描いていた。
自分を案じて本気で怒ってくれる誰かがいることの愛おしさを知ったセレフィアは、振り回される日々に呆れながらも、その手から逃げ出そうとは決してしないのだった。
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