恋を売る夜に、ただひとつの愛を

歌舞伎町の夜は、今夜も虚飾と情熱を孕んで爛々と輝いていた。

店内を包む重厚なジャズと、繊細なグラスの重なる音。
その中心で、「神城 蓮」は完璧な立ち振る舞いで今夜も魅了の網を張り巡らせていた。
白スーツの胸元に黒いサングラスを覗かせ、眩いばかりの笑みを絶やさない。
指名本数No.2の彼は、店内でも群を抜いて席を回す回数が多い。
ひとつのテーブルに留まる時間は限られており、だからこそ姫たちは彼を渇望し、執着を募らせていく。

「蓮くん、もう行っちゃうの……? まだ一緒にいたいよ」

最初に座ったテーブルで、常連の姫が名残惜しそうに彼のジャケットの袖をそっと引いた。
蓮は困ったように眉を下げ、包み込むような優しさで彼女の手を優しく両手で包み込んだ。

「ごめんね。でも……私の心はここに置いていくから、寂しがらないで?」
「そんなこと言われたら、余計に寂しくなっちゃうじゃん……」
「ふふ、可愛い人。後で必ず戻ってくるから。私のこと、考えながら待っていてくれますか?」

耳元で甘く低く囁き、彼女の頬が朱に染まったのを見届けると、蓮は余韻を残すように滑らかに立ち上がった。
次のテーブルへ向かうと、今度は少し嫉妬を募らせた姫がグラスを弄びながら彼を睨みつける。

「蓮くん、遅い。他の席で楽しそうにしてたでしょ。どうしたら私の席にずっといてくれるの?」
「どうしたら、ですか」

蓮は彼女の隣に腰を下ろすと、距離を一切空けずに顔を近づけた。
吐息が触れ合うほどの近さで、緑の瞳をまっすぐに見つめる。

「あなたが私を独占したいと思ってくれるのは、すごく嬉しいですよ。……それなら、私を一番にさせてくれますか? あなたが私をナンバーワンにしてくれたら、誰にも邪魔されない時間をもっともっと作れますから」
「……もう、そういうズルい言い方するんだから」
「ズルくなんてありませんよ。私は、あなたと二人だけの特別な景色が見たいだけです」

ガチ恋営業の真骨頂。
姫の独占欲を刺激し、売上という結果へ繋げるための完璧な言葉選び。
彼女が満足気にグラスを煽るのを確認し、ヘルプに後を託して次の席へと向かう。
どのテーブルへ行っても、投げかけられる言葉は似たり寄ったりだ。

「早く戻ってきてね」 「蓮くん、私のこと一番好きって言って」 「どうしたらもっと一緒にいられるの?」

『早く帰ってきますね。あなたに会えない時間は、私にとっても苦痛ですから』 『言わなくても分かっているでしょう? 私の瞳に映っているのは、あなただけですよ』 『……今夜、高級なボトルを開けてくれたら、ずっと隣であなたの手を買うまで握っていますよ』

相手の性格、依存度、落とす金の額。
すべてを瞬時に計算し、最適解の甘い毒を注ぎ込む。
嘘を重ね、欲望を煽り、女たちの心を自分という存在なしではいられないように作り替えていく作業。

「蓮さん、あちらのテーブルで『アルマン』入ります!」
「わかりました、すぐ行きます」

後輩の声に爽やかに応えながら、蓮は一瞬だけ、誰にも気づかれないほど深く息を吐いた。
どれだけ「好きだ」と囁いても、どれだけ抱き締めそうな距離で見つめ合っても、ここにあるのは金と虚栄心で塗り固められた関係だ。
姫たちが愛しているのは「神城 蓮」という完璧な幻想であり、その仮面の下にある「レオ」の素顔ではない。
グラスを干し、コールに応え、眩い照明の下で完璧な王子様を演じ続ける。

(……早く帰ってきて、か)

ふと、頭の片隅にあの静かな喫茶店の光景が過った。

『ゆっくりしていってくださいね』

そう言って、お互いに名前を知ったばかりの彼女――リリィが向けてくれた、飾りのない温かな笑顔。

「蓮くん? どうしたの、ボーッとして」
「いいえ、なんでもありませんよ。あなたの綺麗さに見惚れていただけです」

瞬時に仮面を補修し、極上の微笑みを浮かべる。
歌舞伎町の熱狂の中、蓮は今夜も、偽りの愛を求める女たちに甘い夢を見せ続けていた。
9/41ページ
スキ