恋を売る夜に、ただひとつの愛を

【後日談】

ことの始まりは、同居生活もすっかり軌道に乗ったある日のことだった。
喫茶店の休憩中、リリィはふと自分の胸元で揺れる四つ葉のクローバーのネックレスを手で撫でていた。
レオと出会って間もない頃、彼からプレゼントされた大切な宝物だ。
当時は「いつも頑張っているリリィさんへ」と、ごく自然に渡されたため、少しお洒落な雑貨屋さんで買ってくれたものだとばかり思っていた。
けれど、今のリリィはもう知っている。
優しくて誠実な喫茶店の常連客だった「レオさん」が、歌舞伎町でトップを争う超売れっ子ホスト「神城 蓮」であることを。

(……待って。レオさんって、すごくお金持ちなんじゃ……? ということは、このネックレスも……?)

脳裏をよぎった一抹の疑惑に、リリィの背中を冷や汗が伝う。
いてもたってもいられなくなった彼女は、シフトが終わるや否や、すぐさまルミのもとへ駆け込んだ。

「ル、ルミさん……! た、助けてください……っ」

コンカフェの控え室でまったりお茶を飲んでいたルミは、顔を蒼白にして跳んできたリリィに「え、なに? 紫苑の姫に絡まれた?」と驚きつつも首をかしげた。
リリィは震える手で胸元のネックレスを摘まみ上げ、縋るような目で見つめた。

「あの……これ、レオさんからいただいたものなんですけど……。も、もしかして……すごく高価なものだったりしますか……!?」

ルミは目を瞬かせると、リリィの胸元に顔を近づけてじっくりとネックレスを観察した。
次の瞬間、フリルのカチューシャを揺らして「あはは!」と爆笑した。

「あー、これね! うん、めっちゃ高いやつだよ♡」
「っ……!!??」

「ちょっと待っててねー」とルミは手慣れた手つきでスマートフォンを操作し、あるハイブランドの公式サイトを表示させると、画面をリリィの目の前に突きつけた。

「ほら、これ。海外の超有名ジュエリーブランドの限定モデル。エメラルドも本物だしさ、家賃何ヶ月分?って感じのお値段だよ♡」

画面に躍る、ゼロがいくつも並んだ恐ろしい数字。
リリィの視界がグラリと揺れた。
桁を何度も数え直すが、どう見ても自分の年収レベルに届きそうな金額だった。

「ひ……ひえええぇっ……!? ぜ、ゼロが……ゼロがいっぱいですルミさん……っ! わたし、こんな恐ろしいものを毎日首に下げて……っ!?」
「だよねー! あいつ、涼しい顔してえげつないプレゼント渡すからさぁ! ちゃんと可愛がってもらいなよ♡」

楽しそうにウインクするルミを後に、リリィは魂が抜けかけた状態でフラフラと家路についたのだった。



その日の夕方。
夜の出勤準備を終えたレオは、玄関でリリィの帰りを待っていた。
カチャリとドアが開き、「ただいま……」と消え入りそうな声が響く。

「おかえりなさい、リリィさん。……どうしました? 顔色が悪いですよ」

心配したレオが歩み寄り、いつものように彼女を抱きしめようと手を伸ばしたその瞬間。
リリィはわなわなと全身を震わせながら、後ずさるようにレオを見上げた。
赤く澄んだ瞳には、見たこともないような怯えとショックの色が浮かんでいる。

「レ、レオさん……っ! お、おかね……たかい……おかねが……っ!」
「……はい?」

普段おしとやかな彼女が、壊れたおもちゃのように「おかね」と呟きながら怯えている。
意図が掴めず、レオは珍しくぽかんと呆けてしまった。

「リリィさん、落ち着いてください。お金がどうしたんですか?」
「これです……っ! このネックレスです……っ! ルミさんに……ルミさんに画面を見せていただきました……っ! な、なんでこんな……家が買えそうな金額のものを、わたしに……っ! 私、失くしたらと思うと怖くて……首がもげそうです……っ!」

必死に胸元を押さえ、涙目でわなわなと訴えかけるリリィ。
その姿を見て、レオは事態をすべて把握した。そして、破顔した。

「ふ……ふふっ、あははは!」
「わ、笑い事じゃありません……っ! わたし、今日まで知らなくて……っ!」
「すみません、あまりにもリリィさんが可愛らしかったので」

レオは愛おしさが限界突破したように目元を和らげると、逃げようとするリリィの腰を強引に引き寄せ、そのままぎゅっと深く抱きしめた。

「ねえ、リリィさん。確かにそれは安くはありません。でもね、私にとってのあなたの価値に比べたら、そんな数字なんてただの誤差みたいなものなんです」
「ご、誤差……っ!?」
「ええ。私がいちばん大切にしたいのは、そのネックレスではなく、それをつけて微笑んでくれるあなたです。だから失くしたってまた買えばいいだけですし、首がもげる心配なんてしなくていいんですよ」

耳元で甘く奏でられる、歌舞伎町トップホストの恐ろしいほどスケールの違う金銭感覚と、あまりにも重すぎる純愛。

「うぅ……レオさんの金銭感覚がこわいです……っ」
「ふふ、これからじっくり慣れていってくださいね。……さて、リリィさん補給も完了しましたし、私はひと稼ぎしてきます」

怯えるリリィの額に優しく口づけを落とすと、レオは極上の王子様スマイルを浮かべて「いってきます」と爽やかにドアを開けた。
残されたリリィは、胸元のあまりにも重い輝きを両手で大切に包み込みながら、「い、いってらっしゃいませ……」と力なく見送るのだった。
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