恋を売る夜に、ただひとつの愛を

同居生活が始まってから数日。
二人の日常は、少し不思議で、けれどとびきり愛おしいすれ違いの連続だった。
朝。
夜の仕事を終え、朝陽が差し込む部屋にレオが疲れた足取りで帰宅する。
玄関の鍵を開けると、そこにはちょうど昼の喫茶店へ出勤しようと身支度を整えたリリィの姿があった。

「ただいま戻りました、リリィさん」
「おかえりなさい、レオさん。お疲れ様でした」

靴を脱ぐのももどかしく、レオはすっと長身をかがめ、玄関でリリィの華身な体を優しく腕の中に閉じ込めた。
雪のような髪に顔を埋め、彼女の甘く温かな体温を胸いっぱいに吸い込む。
夜の世界で擦り減った心が、一瞬で柔らかく満たされていく。

「……ん、リリィさん補給完了です」
「ふふ、レオさんったら……。あたたかいお粥を作ってテーブルに置いてありますから、食べてからゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます。……気をつけて。いってらっしゃい」
「はい! いってきます!」

背中に愛おしい見送りの声を受けながら、リリィは可憐に微笑んで出かけていく。
そして、夕方。
今度は喫茶店のシフトを終えたリリィが、買い出しの袋を抱えてマンションへ帰ってくる。
部屋の扉を開けると、そこには洗練されたスーツを身に纏い、神城蓮として歌舞伎町へ向かう準備を整えたレオが立っていた。

「おかえりなさい、リリィさん」
「あ……レオさん、ただいまです。……あ、いってらっしゃい、でしょうか?」

少し首をかしげるリリィに、レオは優しく目を細め、彼女の腰に手を回してそっと抱き寄せた。今度は彼が、彼女から出勤前の力をもらう番だ。

「ええ、いってきますの抱擁です。……今日も一日、頑張ったんですね。お疲れ様でした」

耳元で囁かれる低く甘い声に、リリィは胸をキュッと甘く締め付けられ、彼の背中にそっと手を回す。

「はい……。レオさんこそ、これからお仕事ですね。……あの、お酒、飲みすぎないでくださいね?」
「はい、約束します。リリィさんが待っていてくれると思えば、どんな夜も無事に乗り越えられますから」

名残惜しそうに腕を解き、レオは彼女の額にそっと愛おしい口づけを落とした。
昼と夜。
住む世界も生きる時間軸もすれ違う二人。
けれど、すれ違いざまに交わすほんの数十秒の抱擁と、部屋に残るお互いの体温や匂いが、どんな言葉よりも深く二人を繋いでいた。
かつては外を並んで歩くことすら許されず、夜の世界の毒や嫉妬に脅え、日陰の恋人であることを覚悟していた。
けれど今、二人にはどんな悪意も届かない絶対の「城」がある。
扉一枚を挟んだ向こう側で、どれほど険しい夜が待っていようとも。
「ただいま」と「おかえりなさい」が交差するこの場所がある限り、二人の愛が揺らぐことは決してない。
茜色から群青色へと移り変わる街並みを背に、出かけていく愛しい人の背中を見送りながら、リリィは胸元の四つ葉のクローバーをそっと握りしめ、幸せな笑みを浮かべる。
そしてレオもまた、胸の中に愛する少女の体温をしっかりと抱きしめたまま、堂々とした足取りで歌舞伎町の夜へと足を踏み出していくのだった。
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