恋を売る夜に、ただひとつの愛を

夕闇が歌舞伎町の街並みを薄紫に染め始める頃。
昼間の穏やかな空気は影を潜め、レオは再び「神城 蓮」へと姿を変えていた。

完璧にセットされたプラチナブロンドの髪、仕立てのいい白い細身のスーツに黒のワイシャツ。
胸ポケットには黒いサングラスを覗かせている。
街角の待ち合わせ場所に立つ彼の佇まいは、道行く人々が思わず振り返るほどに華やかで洗練されていた。

「蓮くん! お待たせ!」

駆け寄ってきたのは、店で指折りのお金を落としてくれる太客の女性――彼の「姫」だ。
蓮は一瞬で表情を和らげ、どこまでも愛おしそうな眼差しで彼女を迎えた。

「ううん、僕も今着たところですよ。今日もとても素敵ですね」

自然に彼女の手をとり、車道側を歩くようにエスコートする。
同伴は、店に入る前からすでに営業が始まっている。彼女の歩幅に合わせ、甘い言葉と絶妙な相槌で気分を盛り上げていく。
店に向かう道中、彼女の「少し買い物がしたい」という希望に付き合い、高級ブランドのショップへと足を運んだ。

「これ、蓮くんに似合いそうじゃない?」

彼女が指差したのは、新作のネクタイピンだった。
高額な品だが、蓮は決して露骨に強だねたりはしない。
ただ、少しだけ困ったような、けれど嬉しそうな笑みを浮かべて見つめる。

「本当ですね、すごく綺麗だ。でも、こんな高価なもの……気持ちだけで十分嬉しいですよ?」

そう言われると、女性は余計に買ってあげたくなる。
これこそが、彼の計算された「引き」の営業だった。

「いいの、蓮くんに身につけていてほしいから」
「……ありがとう。大切にしますね。今夜、さっそく着けてもいいですか?」

彼女の承認欲求を完璧に満たしたあと、予約していた静かな個室のある高級和食店へと向かった。
同伴での食事は、お腹を満たすためだけのものではない。
店での喧騒とは違う「二人きりの特別な時間」を演出するための大切なプロセスだ。
彼女の好みの食材を把握し、細やかに皿を取り分け、グラスの空き具合に気を配る。

「蓮くんと食べるご飯が一番美味しいな」
「僕もですよ。あなたと過ごすこの時間が、一番落ち着きます」

甘い言葉を惜しみなく注ぎ込み、彼女の心を「神城 蓮」でいっぱいに満たしていく。

午後八時。二人は連れ立って『HOST CLUB RAYSTOLL』へと出勤した。

重厚な扉を開けると、黒服たちが一斉に深く頭を下げる。
「神城 蓮」と同伴の姫の登場に、店内が一気に華やいだ。一番奥のゆったりとしたソファー席へと案内される。

「今夜も来てくれてありがとう。……かんぱい」

グラスを合わせ、静かな熱気が立ち上る。
彼女は蓮の指名本数と売上を上げるため、そして他の姫たちに差をつけるため、席につくなり迷いなくボトルをオーダーした。

「一番いいシャンパン、入れて?」
「いいんですか? そんなに無理をしなくても……」
「いいの。蓮くんを一番にしたいから」

氷で冷やされた高級シャンパンがテーブルに運ばれ、華やかな開栓の音が響く。
テーブルには、蓮をサポートするためのヘルプの後輩キャストもついていた。

「いつも蓮さんを応援してくださって本当にありがとうございます!」

ヘルプの後輩が手際よく氷を補充し、グラスを拭き、場の空気を盛り上げていく。
蓮は後輩に目線で合図を送り、完璧な連携で姫をもてなした。
ヘルプが場を和ませている間、蓮は姫の隣にそっと寄り添い、耳元で低く呟く。

「こんなに良くしてもらって……本当に頭が上がりませんね。どうやってお返ししたらいいんだろう」
「ふふ、じゃあ今夜はもっと私のそばにいて?」
「もちろんです。ずっとあなたの隣にいますよ」

煽り立てるようなコールはせず、優雅で紳士的な接客。
けれど、しっかりと姫の「独占欲」と「優越感」を刺激し、さらに上のボトルを開けさせる。
蓮はお酒が強い。
回されてくるグラスを涼しい顔で干し、どれだけ飲んでも崩れることはない。
完璧な笑顔と、完璧な接客。
ヘルプへの配慮も忘れず、スマートに席を回していく。

(……これで、今月の売上もまた一歩、紫苑さんに近づけたはず)

絢爛豪華なシャンパンの泡を見つめながら、蓮の頭の中では冷徹な計算が巡っていた。
姫の愛おしそうな視線を受け止め、甘い言葉を返し、極上の夢を見せる。
これが彼の戦場であり、彼の生きる世界だった。
グラスに映る自分の笑顔は、どこまでも完璧で、どこまでも偽物だった。
ふと、昼間に訪れたあの小さな喫茶店の、静かな空気とコーヒーの香りが脳裏を掠める。 あそこにいた、一生懸命にグラスを運んでいた白銀髪の少女の姿が。

(……あそこなら、こんな嘘をつかずに済むのでしょうか)

けれど、すぐにその雑念を深層へと押し殺した。
目の前で自分に恋をしている姫のグラスを満たし、蓮は今夜も、歌舞伎町の「王子様」として煌びやかな夜の闇に溶けていった。
4/41ページ
スキ