恋を売る夜に、ただひとつの愛を

休日の昼下がり。
歌舞伎町の喧騒から遠く離れた街角で、二人は待ち合わせをしていた。
「神城 蓮」としての煌びやかな衣装を脱ぎ捨て、落ち着いたアースカラーのニットに身を包んだレオは、どこかソワソワとした様子で路地を見つめていた。
やがて、人込みの中から控えめに手を振る少女の姿を見つけると、彼の整った顔立ちが一気に柔らかく綻ぶ。
白を基調とした可憐なワンピースを纏い、胸元にはあの日贈った四つ葉のクローバーのネックレスを揺らしたリリィが、息を切らせて駆け寄ってきた。

「レオさん! お待たせしてしまって、すみません……っ」
「いいえ、私も今来たところですよ。……今日も、とても素敵です。リリィさん」
「あ……ありがとうございます……」

まっすぐな褒め言葉に、リリィの白い頬がぽっと赤く染まる。
夜の街では決して見せることのない、一人の男としての素朴で温かな笑顔。
外を二人並んで歩くことすら許されないと覚悟していた二人にとって、この遠出した街での時間は、宝物のように愛おしいものだった。

「さて、今日はリリィさんの行きたいところへどこでもお連れしようと思っているのですが……何かリクエストはありますか?」

レオは優しく微笑みながら尋ねた。
歌舞伎町のトップホストとして、彼の手帳には姫たちを満足させるための絶景スポットや隠れ家レストラン、雰囲気の良いデートコースが山のように網羅されている。
どこへでも、彼女の望む場所へ案内する準備は万全だった。
けれど、リリィは赤い瞳を潤ませながら、少しだけ照れくさそうに首を振った。

「わたし……レオさんと一緒なら、どこでも嬉しいです。レオさんが選んでくださる場所に行きたいです」
「……どこでも、ですか」

予想通りの、けれど何よりも心を揺さぶる答えに、レオの胸の奥が甘く疼く。
彼は愛おしさを噛み締めるように新緑の瞳を細めると、そっとリリィの手を手袋越しに包み込んだ。

「では……リリィさんが好きそうな、綺麗で静かな場所を巡りましょう」

最初に訪れたのは、小高い丘の上にあるガラス張りの温室植物園だった。
一歩足を踏み入れれば、そこは色鮮やかな季節の花々と瑞々しい緑に満ち溢れ、柔らかな木漏れ日が差し込む温かな空間が広がっていた。

「わあ……っ、すごい……! お花がいっぱいです……!」

目を輝かせるリリィの隣で、レオは誇らしげに、けれど静かに解説を添える。

「ここは季節ごとに展示が変わるんです。あの青い花は……『ネモフィラ』ですね。花言葉は『可憐』や『あなたを許す』。リリィさんの雰囲気に少し似ている気がします」
「わたしに……ですか? ふふ、なんだか光栄です」

花々を愛でながら歩く二人の距離は、自然と近くなっていく。
誰も自分たちを知らない場所。
姫たちの嫉妬も、夜の世界の毒も存在しない穏やかな空間で、二人は手を繋ぎ、ゆったりとした時間を噛み締めた。

植物園をあとにした二人は、レオが手配していた隠れ家のようなテラスカフェへと向かった。
街を一望できる静かな高台に位置するその店で、レオは手際よくリリィの好きそうな苺のミルフィーユと、香りの良い紅茶を注文する。

「どうぞ、リリィさん。ここの洋菓子は絶品なんです」
「おいしそう……! いただきます」

サくっと繊細な音を立ててケーキを口に運んだリリィは、パッと顔を輝かせた。

「おいしいです……! レオさん、本当に素敵なお店をたくさんご存知なんですね」
「ええ。……まあ、職業柄、色々と調べることが多くて」

苦笑いを浮かべるレオに、リリィはふふっと小さく笑った。

「でも、今日こうしてわたしに見せてくださる景色は……全部、レオさんがわたしのために選んでくださったものですものね。すごく、幸せです」

その純粋な言葉に、レオの胸にこみ上げてくるのは揺るぎない愛おしさだった。
夜の世界で培った知識やノウハウが、こうして一番大切な彼女を笑顔にするために役立っているのだと思うと、自分の歩んできた道すらも少しだけ肯定できる気がした。
陽が傾き始め、空が茜色から深い群青色へとグラデーションを描き出す頃。
二人が最後に辿り着いたのは、海沿いに広がる展望デッキだった。
目の前には、どこまでも続く水平線と、波打ち際に反射する街の明かり。
冷たい潮風が二人の頬を撫でる中、レオは自分のコートのポケットの中で、固くリリィの手を握り直した。

「リリィさん」
「はい……?」

見上げる彼女の瞳に、美しい夜景の光が揺らめいている。

「今日は、付き合ってくれてありがとうございました。……本当なら、もっと堂々と、毎日でもこうしてあなたを色々な場所へ連れて行ってあげたいのに」

申し訳なさを削ぎ落とせないレオの言葉を、リリィは優しく遮った。
彼女は握られた手をぎゅっと握り返し、寄り添うようにレオの肩に頭を預ける。

「いいえ。わたしにとって、今日のこの時間は……一生忘れられないくらい、特別な宝物になりました。……レオさんとなら、どんなに短い時間でも、どんなに日陰でも……わたしは世界で一番幸せです」
「リリィさん……」

潮騒の音だけが静かに響く展望デッキで、レオは彼女の華身な身体をそっと抱き寄せた。
煌めく夜景よりも遥かに美しい、隣で微笑む少女。
この笑顔を守るためなら、自分はどんな毒の中でも戦い抜ける。二人の重ねた温もりが、冷たい夜風の中でどこまでも温かく溶け合っていった。
35/41ページ
スキ