恋を売る夜に、ただひとつの愛を
ルミの目論見は、寸分の狂いもなく効力を発揮し始めていた。
最初に異変に気づいたのは、紫苑の太客たちだった。
「ねえ……最近、ルミちゃんの隣にいつもいるあの大人しそうな女の子、誰なの?」
「蓮さんの卓でタワー立ててた子でしょ? でも、ルミちゃんのお金で払ってるって噂だし……何者なの?」
不気味な違和感を察知した姫たちがひそひそと噂を立て始めるのを、ルミはすべて織り込み済みで静観していた。
そして次のイベントの夜、あえて紫苑の姫たちの視線が集まる場面で、ルミはリリィの手を優しく包み込み、まるで実の妹か大切な親友を愛でるように、心からの笑顔で仲睦まじく微笑みかけて見せたのだ。
その光景を目撃した瞬間、紫苑の姫たちの顔から一斉に血の気が引いた。
(嘘でしょ……あのルミちゃんが、あそこまで身内みたいに可愛がってるの……?)
悪意を向けようとしていた女たちの脳裏に、この歌舞伎町に語り継がれる「ある凄惨な過去」が一瞬にして蘇る。
かつて、ルミの存在を忌々しく思い、嫉妬に狂ってルミに直接危害を加えようとした紫苑の姫がいた。
ルミを傷つけたその女がどうなったか。
紫苑は容赦なく自らの手でその姫を捨て去り、グループが経営するすべてのホストクラブから永久出禁処分を下した。
それだけに留まらず、夜の街の裏に繋がるルートを使い、その女の家族や実家の事業にまで徹底的な社会的破滅をもたらしたのだ。
紫苑にとって、ルミは己の聖域。
そこに触れる者は、誰であれ容赦なく叩き潰される。
(あの子に手を出したら……ルミちゃんだけじゃなく、紫苑さんに殺される……!)
「ルミの絶対的なお気に入り」という最大の盾を得たリリィの存在は、紫苑の姫たちにとって触れることすら禁忌の危険地帯と化していた。
そして、その戦慄は瞬く間に伝播していく。
「あの子には絶対に手を出しちゃダメ。紫苑さんの姫たちすら青ざめて逃げ出してるんだから」
紫苑の卓から流れてきた不気味な警告は、やがて蓮の太客たちの耳にも届き、彼女たちを恐怖で硬直させた。
神城蓮を巡る嫉妬に狂いかけていた姫たちも、バックに鎮座する「ルミ」という絶対的な毒の前に、手出しすることすら叶わない。
暗闇から迫るはずだったすべての悪意が、ルミの差し出した圧倒的な庇護によって、完璧に散らされていく。
静まり返ったフロアの片隅で、完璧な王子の微笑みを貼り付けたままの蓮は、その圧倒的な効果を目の当たりにし、静かに新緑の瞳を細めた。
自分ひとりの力では届かなかった「完全な防壁」を、ルミは恐ろしいまでの毒を以て見事に作り上げて見せたのだ。
胸の奥でルミへの深い感謝と、そして何より、この歪で過酷な夜の世界で自分を選んでくれたリリィへの愛おしさを、蓮は改めて強く噛み締めていた。
店内を包む煌びやかな熱気の中、VIP席のテーブルには色鮮やかなテキーラ観覧車がいくつも並べられ、その中央では小さくも美しいミニタワーが七色の光を放っていた。
「わぁ……見て見て、紫苑! キラキラしてて、すっごく綺麗だねぇ……!」
兎の耳カチューシャを揺らしながら、ルミはいつもの甘えた声を出し、満足そうに目を細めて紫苑の腕に甘えるようにすがりつく。
普段の冷徹な策略家としての顔は欠片も見せず、まるで無邪気な少女のように可憐に微笑んでいた。
そんなルミの頭上から、紫苑の冷ややかな声が降ってくる。
「……ルミ」
紫苑はグラスを傾け、氷を遊ばせながら、紫の瞳で膝の上のルミを静かに見下ろした。
その声音には呆れと、すべてを見抜いている男特有の諦念が混ざっている。
「ルミ……また私の名と、あの過去を利用しましたね」
「……えへへ」
問い詰められたルミは、隠そうともせずに悪戯っぽく笑った。
舌を少しだけ覗かせ、上目遣いで紫苑の顔を覗き込む。
「だってさぁ……紫苑があの時、あんな酷いことしたからじゃん? 俺をいじめてた姫グループ、一瞬で跡形もなく潰しちゃってさ。お陰で歌舞伎町の全ホストクラブで『ルミに手を出すと紫苑に人生壊される』って伝説になっちゃったんだから」
昔の惨劇を事もなげに口にし、ルミは紫苑の胸元に頬を寄せる。
「でも、そのお陰で今回リリィちゃんを無敵の防壁の中に守ってあげられたんだから、結果オーライでしょ?」
自分の影響力と狂気を盾として使い潰したルミに対し、紫苑は眉ひとつ動かさなかった。
吐き出すように深く溜め息をつくと、感情の起伏を感じさせない淡々とした声で言い放つ。
「私は、当然のことをしたまでです」
「……ふふ、そういうとこ、本当に格好いいんだから」
紫苑にとって、ルミを傷つけようとした愚者を徹底的に破滅させたのは、脅迫のためでも伝説を作るためでもない。
ただ己の絶対的な領域を汚されたことに対する、当たり前の処罰でしかなかったのだ。
その冷徹すぎる返答にルミは嬉しそうに目を細め、再びテキーラ観覧車の光に視線を戻す。
毒と狂気で結ばれた二人の横顔を、離れた場所から見つめていた蓮は、静かに深く頭を下げた。歪な形ではあっても、二人が差し出してくれた圧倒的な庇護。
その重みを噛み締めながら、蓮はフロアの片隅で安堵したように胸を撫で下ろすリリィへと、誰にも気づかれないような微かな視線を送り、心の中で静かに感謝を捧げるのだった。
最初に異変に気づいたのは、紫苑の太客たちだった。
「ねえ……最近、ルミちゃんの隣にいつもいるあの大人しそうな女の子、誰なの?」
「蓮さんの卓でタワー立ててた子でしょ? でも、ルミちゃんのお金で払ってるって噂だし……何者なの?」
不気味な違和感を察知した姫たちがひそひそと噂を立て始めるのを、ルミはすべて織り込み済みで静観していた。
そして次のイベントの夜、あえて紫苑の姫たちの視線が集まる場面で、ルミはリリィの手を優しく包み込み、まるで実の妹か大切な親友を愛でるように、心からの笑顔で仲睦まじく微笑みかけて見せたのだ。
その光景を目撃した瞬間、紫苑の姫たちの顔から一斉に血の気が引いた。
(嘘でしょ……あのルミちゃんが、あそこまで身内みたいに可愛がってるの……?)
悪意を向けようとしていた女たちの脳裏に、この歌舞伎町に語り継がれる「ある凄惨な過去」が一瞬にして蘇る。
かつて、ルミの存在を忌々しく思い、嫉妬に狂ってルミに直接危害を加えようとした紫苑の姫がいた。
ルミを傷つけたその女がどうなったか。
紫苑は容赦なく自らの手でその姫を捨て去り、グループが経営するすべてのホストクラブから永久出禁処分を下した。
それだけに留まらず、夜の街の裏に繋がるルートを使い、その女の家族や実家の事業にまで徹底的な社会的破滅をもたらしたのだ。
紫苑にとって、ルミは己の聖域。
そこに触れる者は、誰であれ容赦なく叩き潰される。
(あの子に手を出したら……ルミちゃんだけじゃなく、紫苑さんに殺される……!)
「ルミの絶対的なお気に入り」という最大の盾を得たリリィの存在は、紫苑の姫たちにとって触れることすら禁忌の危険地帯と化していた。
そして、その戦慄は瞬く間に伝播していく。
「あの子には絶対に手を出しちゃダメ。紫苑さんの姫たちすら青ざめて逃げ出してるんだから」
紫苑の卓から流れてきた不気味な警告は、やがて蓮の太客たちの耳にも届き、彼女たちを恐怖で硬直させた。
神城蓮を巡る嫉妬に狂いかけていた姫たちも、バックに鎮座する「ルミ」という絶対的な毒の前に、手出しすることすら叶わない。
暗闇から迫るはずだったすべての悪意が、ルミの差し出した圧倒的な庇護によって、完璧に散らされていく。
静まり返ったフロアの片隅で、完璧な王子の微笑みを貼り付けたままの蓮は、その圧倒的な効果を目の当たりにし、静かに新緑の瞳を細めた。
自分ひとりの力では届かなかった「完全な防壁」を、ルミは恐ろしいまでの毒を以て見事に作り上げて見せたのだ。
胸の奥でルミへの深い感謝と、そして何より、この歪で過酷な夜の世界で自分を選んでくれたリリィへの愛おしさを、蓮は改めて強く噛み締めていた。
店内を包む煌びやかな熱気の中、VIP席のテーブルには色鮮やかなテキーラ観覧車がいくつも並べられ、その中央では小さくも美しいミニタワーが七色の光を放っていた。
「わぁ……見て見て、紫苑! キラキラしてて、すっごく綺麗だねぇ……!」
兎の耳カチューシャを揺らしながら、ルミはいつもの甘えた声を出し、満足そうに目を細めて紫苑の腕に甘えるようにすがりつく。
普段の冷徹な策略家としての顔は欠片も見せず、まるで無邪気な少女のように可憐に微笑んでいた。
そんなルミの頭上から、紫苑の冷ややかな声が降ってくる。
「……ルミ」
紫苑はグラスを傾け、氷を遊ばせながら、紫の瞳で膝の上のルミを静かに見下ろした。
その声音には呆れと、すべてを見抜いている男特有の諦念が混ざっている。
「ルミ……また私の名と、あの過去を利用しましたね」
「……えへへ」
問い詰められたルミは、隠そうともせずに悪戯っぽく笑った。
舌を少しだけ覗かせ、上目遣いで紫苑の顔を覗き込む。
「だってさぁ……紫苑があの時、あんな酷いことしたからじゃん? 俺をいじめてた姫グループ、一瞬で跡形もなく潰しちゃってさ。お陰で歌舞伎町の全ホストクラブで『ルミに手を出すと紫苑に人生壊される』って伝説になっちゃったんだから」
昔の惨劇を事もなげに口にし、ルミは紫苑の胸元に頬を寄せる。
「でも、そのお陰で今回リリィちゃんを無敵の防壁の中に守ってあげられたんだから、結果オーライでしょ?」
自分の影響力と狂気を盾として使い潰したルミに対し、紫苑は眉ひとつ動かさなかった。
吐き出すように深く溜め息をつくと、感情の起伏を感じさせない淡々とした声で言い放つ。
「私は、当然のことをしたまでです」
「……ふふ、そういうとこ、本当に格好いいんだから」
紫苑にとって、ルミを傷つけようとした愚者を徹底的に破滅させたのは、脅迫のためでも伝説を作るためでもない。
ただ己の絶対的な領域を汚されたことに対する、当たり前の処罰でしかなかったのだ。
その冷徹すぎる返答にルミは嬉しそうに目を細め、再びテキーラ観覧車の光に視線を戻す。
毒と狂気で結ばれた二人の横顔を、離れた場所から見つめていた蓮は、静かに深く頭を下げた。歪な形ではあっても、二人が差し出してくれた圧倒的な庇護。
その重みを噛み締めながら、蓮はフロアの片隅で安堵したように胸を撫で下ろすリリィへと、誰にも気づかれないような微かな視線を送り、心の中で静かに感謝を捧げるのだった。