恋を売る夜に、ただひとつの愛を

それからというもの、店で大型のイベントが催されるたび、なぜかVIP席には当然のようにルミとリリィの姿があった。
もちろん、かかる破格の費用はすべてルミの懐から出ている。
事前にルミが「はい、今日の分ね!」と分厚い帯封のついた現金の束をリリィの手元に押し付け、実際の会計や注文はすべてリリィ自身に行わせるという徹底したスタイルだった。

「ひっ……! ル、ルミさん、こんな大金、わたし、持っているだけで手と足が震えてしまいます……!」
「ダメ! リリィちゃんが自分の手でお金を払うことに意味があるんだから! これも『神城蓮の本カノ』になったんだから必要なことなの! ほら、堂々として!」

あまりの金額の桁数に慄き、泣きそうになりながらお札を差し出すリリィを、ルミは「よしよし、えらい!」と上機嫌に褒めちぎり、半ば強引に夜の世界へ連れ出し続けていた。
当然、そんな異常事態を黙って見過ごせるはずもない。
営業終了後、フロアの灯りが落とされた店内で、神城蓮と皇紫苑の二人はルミを挟み込むように立ち、冷ややかな視線を注いでいた。

「……ルミさん。一体、何を考えているんですか」

蓮はいつもの柔らかい笑みをすっかり消し去り、低く引き締まった声でルミを問い糾した。
新緑の瞳には、愛する者を危険な場所に引きずり回されていることへの強い焦燥と憤りが揺れている。

「リリィさんをこれ以上、この店に巻き込まないでほしいと……私は最初にお伝えしたはずです。いくらあなたがお金を払っているとはいえ、あんな真似を続ければ、姫たちの嫉妬や悪意はすべてリリィさん個人に向かうことになります」
「そうだ」

蓮の横で、紫苑も酷く不機嫌そうに腕を組み、紫の瞳を険しく細めた。

「貴方が何を面白がっているのかは知らんが、いい加減にしなさい、ルミ。蓮の卓にそれだけの金を落とす余裕があるなら、全部私の卓につぎ込めば済む話です。あの昼の女をいちいち連れてきて、店を余計に荒らさないでください」

二人の歌舞伎町トップホストからの重苦しい圧力を前にしても、ルミはどこ吹く風といった様子で、可愛らしく首をかしげて見せた。
二人の刺すような視線を受けながらも、ルミはどこ吹く風で、フリルいっぱいの袖口を揺らして小さく肩をすくめた。

「二人とも、何をそんなに怒ってるのさ」

飄々とした態度で口を開くルミに、蓮の目元が微かに引きつる。

「あんな大金をリリィさんに持たせるなんて……」
「ん? ああ、あのお金のこと?」

ルミは悪戯っぽく笑うと、あっけらかんと言い放った。

「あんなの、俺からしたらただのはした金だよ? 紫苑に貢ぐための予算は、ちゃーんと別に確保してあるから何の問題もなーい。紫苑のシャンパンタワーが一番大きくなるように、ちゃんと調整してるでしょ?」
「……そういう問題ではないと言っているんです」

紫苑が低く地鳴りのような声で吐き捨てても、ルミの笑顔は揺るがなかった。
ルミはすっと表情を和らげ、可愛らしい兎の装いの中に、夜の世界を生き抜いてきた者特有の冷徹な知性を覗かせた。

「あのね、二人とも。俺がなんでイベントごとにリリィちゃんを連れてきてるか、本当に分かってないの?」
「……どういう意味ですか」

静かに問い返す蓮に、ルミはまっすぐな視線を向けた。

「蓮の姫たち、そして紫苑の姫たち……店にいるすべての女に『教え込んでる』んだよ」

ルミの声から冗談めかした響きが消え、静かな威圧感がフロアに漂う。

「リリィちゃんは、俺の友達だからねって。もし陰でコソコソ嫌がらせしたり、手をだしたりしたら……俺が全財産とこの店での立場を賭けて、その姫ごと叩き潰すからねってさ。それを身をもって分からせるために、隣に座らせて俺の金を払わせてるんだよ」
「……っ」

予想もしなかったルミの真意に、蓮は息を呑んだ。
どんなに隠しても漏れ出てしまう「本カノ」の気配。
それを見逃さない夜の女たちの執着からリリィを守るために、ルミは自らを最強の盾として差し出していたのだ。

「蓮がどれだけ一人で隠して守ろうとしても、限界があるでしょ? でも『ナンバーワンの太客であるルミの友達』として君臨させておけば、誰も安易に手出しできなくなる。毒には毒を、だよ。……まあ、俺なりの『後輩の彼女』へのプレゼントって思ってよ」

ルミはそう言ってニッと笑うと、呆然とする蓮と、苦笑混じりにため息をつく紫苑を残し、軽やかな足取りで更衣室へと消えていった。
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