恋を売る夜に、ただひとつの愛を
狂乱のイベント営業も終盤に差し掛かり、ついに今夜の最高売上者を称える「ラストソング」の時間がやってきた。
本日も圧倒的な売上でナンバーワンをかっさらった紫苑が、気怠げにマイクを手に取る。
だが、その隣にいたルミが、さも当然といった様子で紫苑の袖をぐいと引っ張った。
「紫苑ー、今日のラスソンはデュエットがいいなー!」
「……は?」
露骨に嫌そうな顔をする紫苑を気に留めることもなく、ルミはあらかじめ用意させていた二本目のマイクを、近くにいた蓮へとなんの脈絡もなく手渡した。
「私ですか……?」
不意を突かれ、素の驚きを隠せない蓮に対し、ルミは悪戯っぽく片目をキュッと瞑ってみせる。
「当たり前でしょ? リリィちゃんにかっこいいところ見せてあげなきゃ!」
その言葉に、紫苑の不機嫌さは最高潮に達した。
紫の瞳を鋭く細め、ルミの隣に座るリリィと、マイクを持った蓮を心底面白くなさそうに睨みつける。
自分の晴れ舞台で他の男にマイクを持たせるなど不愉快極まりないはずだったが、最愛のルミのおねだりを冷たく突き放すこともできず、盛大な舌打ちをひとつ漏らした。
「……手短に終わらせろよ」
腹の底に響くような低い声で吐き捨て、紫苑は曲の合図を出す。
煌々としたライトが二人を照らし出し、何段にも重なった眩いシャンパンタワーの前で、歌舞伎町が誇るトップツーによる特別なデュエットが始まった。
紫苑の低く艶のある歌声と、蓮の澄んだ甘い歌声が重なり合い、重厚なハーモニーとなって店内に響き渡る。
お互いに視線すら合わせようとしないものの、長年この店を牽引してきた二人だからこその圧倒的な存在感と完成度が、フロア全体の客を息をのませて魅了していく。
「わぁ……! やっぱり二人ともすごいなぁ!」
ルミはいつものように無邪気に目を輝かせ、パチパチと手を叩きながら隣のリリィへ視線を向けた。
リリィは、言葉を失っていた。
光の輪の中に立ち、大勢の人間をその声ひとつで魅了している「神城 蓮」の姿。
けれど、どれだけ華やかな衣装を纏い、夜の世界の頂点で輝いていようとも、彼女の目にはそれが世界でたった一人の大切な「レオ」にしか見えなかった。
胸元で四つ葉のクローバーをそっと握りしめながら、リリィはうっとりと瞳を潤わせ、彼の歌声にただひたすらに聞き惚れていた。
これからどんな困難が待ち受けていようと、この手を離すことはない。
甘い歌声と光の渦の中で、少女の心は静かに、けれど固く満たされていくのだった。
熱狂と光の渦が去り、イベントは無事に幕を閉じた。
営業終了後の静まり返ったフロアで、ルミは満足そうに息をつき、リリィを優しく促した。
「よし、じゃあお店の裏からそっと帰ろっか。今日は本当によく頑張ったね、リリィちゃん」
「あ……はい。ルミさん、今日は、本当にありがとうございました……」
夢の中にいたような心地のまま、リリィは何度も深く頭を下げた。
ルミの差しのべた手と、圧倒的な「金の力」のおかげで、一度も太客たちの悪意に晒されることなく、無事にこの眩しすぎる場所を抜け出すことができたのだ。
二人が店を出るのを見送りながら、紫苑は面倒そうに首を鳴らし、蓮へ冷ややかな視線を投げかけた。
「……彼女を巻き込んで、これ以上の騒ぎを起こすなよ。今日はルミが力づくで姫どもの口を塞いだが、次回はないと思え」
「ええ、分かっています」
蓮はネクタイを緩めながら、静かに、けれど力強く頷いた。
「ルミさんのご配慮には感謝しかありません。ですが……彼女を二度とこの場所へ来させる気はありませんから」
自分と紫苑の不機嫌をよそに、圧倒的な強行突破でリリィを守り切ってみせたルミの無茶苦茶さには呆れるばかりだったが、その意図と優しさは本物だった。
そして何より、あの光の中で歌っていたとき、まっすぐに自分だけを見つめてくれていたリリィの熱い眼差しが、今も胸の奥を激しく揺さぶっていた。
(あの光景を……あの笑顔を、絶対に守り抜く)
着替えを済ませ、完璧な「神城 蓮」の装いを解いたレオは、深夜の歌舞伎町へと足を踏み出した。
ネオンの光が路面を濡らす夜の街。
けれど、今の彼の心には、どんな暗闇も払いのける明快な覚悟が宿っていた。
夜の世界の毒も、周りの嫉妬も、逃げずにすべてを背負う。
そして、誰の目も届かない秘密の場所でだけ、心から愛おしいあの少女を抱きしめるのだと。
暗い夜道を歩みながら、レオは深く息を吐き出し、胸元で静かに誓いを新たにするのだった。
本日も圧倒的な売上でナンバーワンをかっさらった紫苑が、気怠げにマイクを手に取る。
だが、その隣にいたルミが、さも当然といった様子で紫苑の袖をぐいと引っ張った。
「紫苑ー、今日のラスソンはデュエットがいいなー!」
「……は?」
露骨に嫌そうな顔をする紫苑を気に留めることもなく、ルミはあらかじめ用意させていた二本目のマイクを、近くにいた蓮へとなんの脈絡もなく手渡した。
「私ですか……?」
不意を突かれ、素の驚きを隠せない蓮に対し、ルミは悪戯っぽく片目をキュッと瞑ってみせる。
「当たり前でしょ? リリィちゃんにかっこいいところ見せてあげなきゃ!」
その言葉に、紫苑の不機嫌さは最高潮に達した。
紫の瞳を鋭く細め、ルミの隣に座るリリィと、マイクを持った蓮を心底面白くなさそうに睨みつける。
自分の晴れ舞台で他の男にマイクを持たせるなど不愉快極まりないはずだったが、最愛のルミのおねだりを冷たく突き放すこともできず、盛大な舌打ちをひとつ漏らした。
「……手短に終わらせろよ」
腹の底に響くような低い声で吐き捨て、紫苑は曲の合図を出す。
煌々としたライトが二人を照らし出し、何段にも重なった眩いシャンパンタワーの前で、歌舞伎町が誇るトップツーによる特別なデュエットが始まった。
紫苑の低く艶のある歌声と、蓮の澄んだ甘い歌声が重なり合い、重厚なハーモニーとなって店内に響き渡る。
お互いに視線すら合わせようとしないものの、長年この店を牽引してきた二人だからこその圧倒的な存在感と完成度が、フロア全体の客を息をのませて魅了していく。
「わぁ……! やっぱり二人ともすごいなぁ!」
ルミはいつものように無邪気に目を輝かせ、パチパチと手を叩きながら隣のリリィへ視線を向けた。
リリィは、言葉を失っていた。
光の輪の中に立ち、大勢の人間をその声ひとつで魅了している「神城 蓮」の姿。
けれど、どれだけ華やかな衣装を纏い、夜の世界の頂点で輝いていようとも、彼女の目にはそれが世界でたった一人の大切な「レオ」にしか見えなかった。
胸元で四つ葉のクローバーをそっと握りしめながら、リリィはうっとりと瞳を潤わせ、彼の歌声にただひたすらに聞き惚れていた。
これからどんな困難が待ち受けていようと、この手を離すことはない。
甘い歌声と光の渦の中で、少女の心は静かに、けれど固く満たされていくのだった。
熱狂と光の渦が去り、イベントは無事に幕を閉じた。
営業終了後の静まり返ったフロアで、ルミは満足そうに息をつき、リリィを優しく促した。
「よし、じゃあお店の裏からそっと帰ろっか。今日は本当によく頑張ったね、リリィちゃん」
「あ……はい。ルミさん、今日は、本当にありがとうございました……」
夢の中にいたような心地のまま、リリィは何度も深く頭を下げた。
ルミの差しのべた手と、圧倒的な「金の力」のおかげで、一度も太客たちの悪意に晒されることなく、無事にこの眩しすぎる場所を抜け出すことができたのだ。
二人が店を出るのを見送りながら、紫苑は面倒そうに首を鳴らし、蓮へ冷ややかな視線を投げかけた。
「……彼女を巻き込んで、これ以上の騒ぎを起こすなよ。今日はルミが力づくで姫どもの口を塞いだが、次回はないと思え」
「ええ、分かっています」
蓮はネクタイを緩めながら、静かに、けれど力強く頷いた。
「ルミさんのご配慮には感謝しかありません。ですが……彼女を二度とこの場所へ来させる気はありませんから」
自分と紫苑の不機嫌をよそに、圧倒的な強行突破でリリィを守り切ってみせたルミの無茶苦茶さには呆れるばかりだったが、その意図と優しさは本物だった。
そして何より、あの光の中で歌っていたとき、まっすぐに自分だけを見つめてくれていたリリィの熱い眼差しが、今も胸の奥を激しく揺さぶっていた。
(あの光景を……あの笑顔を、絶対に守り抜く)
着替えを済ませ、完璧な「神城 蓮」の装いを解いたレオは、深夜の歌舞伎町へと足を踏み出した。
ネオンの光が路面を濡らす夜の街。
けれど、今の彼の心には、どんな暗闇も払いのける明快な覚悟が宿っていた。
夜の世界の毒も、周りの嫉妬も、逃げずにすべてを背負う。
そして、誰の目も届かない秘密の場所でだけ、心から愛おしいあの少女を抱きしめるのだと。
暗い夜道を歩みながら、レオは深く息を吐き出し、胸元で静かに誓いを新たにするのだった。