恋を売る夜に、ただひとつの愛を
初詣から数日が過ぎ、街も正月らしさが薄れていつもの日常を取り戻していた。
路地裏の喫茶店。
カラン、とドアベルが鳴り、いつもの窓際の席にレオが腰を下ろす。 運ばれてくるブレンドコーヒー。
湯気とともに漂う香ばしい香り。
そこにあるのは、間違いなくいつもの穏やかな時間……のはずだった。
(……気まずい、ですね)
(……どうしましょう、私……っ)
二人の間には、今まで感じたことのない、むず痒くも息苦しいほどの「ぎこちなさ」が漂っていた。
レオはコーヒーカップに手を伸ばしながら、視線を泳がせる。
脳裏に鮮明に蘇るのは、初詣の日の参道での出来事だ。
あの時、自分はあたたかな感情に流されるまま、彼女の手を包み込み『何があっても、あなたを守ります。絶対に』などと、まるで誓いのような、告白同然の言葉を口にしてしまった。
(……しれっと言えるような内容ではありませんでしたね。あんなの、実質的な……)
一方、カウンターの奥でカップを拭いているリリィもまた、耳たぶまで真っ赤にして俯いていた。
彼女の頭の中にも、あの日の自分の言葉が何度も何度もリフレインしていたのだ。
『どちらも、私の大好きなレオさんなんですよね』
(……言っちゃった……っ! 私、レオさんの目の前で『大好き』って、はっきり言ってしまった……!)
あの瞬間は夢中だった。
けれど、落ち着いて考えれば考えるほど、自分の口から飛び出した言葉の重みに顔が火吹きそうになる。
お互いに、気づいてしまっていた。
リリィは、あの言葉を言った時の自分の気持ちに。
そして、それを受けて『守る』と返してくれたレオの真剣な瞳の意味に。
レオもまた、彼女が示してくれた純粋な愛おしさに。
そして、自分がどれほど彼女を特別に想っているかという事実に。
──二人は、両想いだったのだ。
言葉にして伝え合ったわけではない。恋人同士になったわけでもない。
けれど、「お互いに特別な感情を抱いている」という決定的な事実だけが、はっきりと浮き彫りになってしまった。
「あ、あの……レオさん……っ」
意を決したように、リリィがぎこちない足取りでテーブルへと近づいてくる。
手に持ったお冷のグラスを置く手すら、わずかに震えていた。
「は、はい! リリィさん、どうかしましたか!?」
普段なら歌舞伎町でどんなトラブルが起きても決して取り乱さないレオが、リリィの声に弾かれたように背筋を伸ばし、裏返りそうな声で返事をしてしまう。
「あ……いえ……その、コーヒーのおかわり、はいかがですか……? と思いまして……」
「あ、ああ……! ありがとうございます。いただきます……」
「は、はい……すぐにお持ちしますね……っ」
リリィは真っ赤な顔を覆うようにしてパタパタとカウンターへ逃げていき、レオは去っていく彼女の背中を見送りながら、深く深く溜息をついて額を押さえた。
(……駄目ですね。完全に平常心を失っています)
『神城 蓮』として夜の世界で何百、何千という女性に甘い言葉を囁き、心を転がしてきたはずの自分が、たった一人の少女の前で手足の動かし方すら分からなくなっている。
偽りの恋を売る男と、世間知らずな純粋な少女。
お互いの気持ちを知ってしまったことで、今まで保たれていた絶妙な距離感の針が狂い始めていた。
甘くて、焦れったくて、けれどどこか切ない。 二人の間に流れる静かな時間が、複雑な恋心とともにゆっくりと色を変えていっていた。
路地裏の喫茶店。
カラン、とドアベルが鳴り、いつもの窓際の席にレオが腰を下ろす。 運ばれてくるブレンドコーヒー。
湯気とともに漂う香ばしい香り。
そこにあるのは、間違いなくいつもの穏やかな時間……のはずだった。
(……気まずい、ですね)
(……どうしましょう、私……っ)
二人の間には、今まで感じたことのない、むず痒くも息苦しいほどの「ぎこちなさ」が漂っていた。
レオはコーヒーカップに手を伸ばしながら、視線を泳がせる。
脳裏に鮮明に蘇るのは、初詣の日の参道での出来事だ。
あの時、自分はあたたかな感情に流されるまま、彼女の手を包み込み『何があっても、あなたを守ります。絶対に』などと、まるで誓いのような、告白同然の言葉を口にしてしまった。
(……しれっと言えるような内容ではありませんでしたね。あんなの、実質的な……)
一方、カウンターの奥でカップを拭いているリリィもまた、耳たぶまで真っ赤にして俯いていた。
彼女の頭の中にも、あの日の自分の言葉が何度も何度もリフレインしていたのだ。
『どちらも、私の大好きなレオさんなんですよね』
(……言っちゃった……っ! 私、レオさんの目の前で『大好き』って、はっきり言ってしまった……!)
あの瞬間は夢中だった。
けれど、落ち着いて考えれば考えるほど、自分の口から飛び出した言葉の重みに顔が火吹きそうになる。
お互いに、気づいてしまっていた。
リリィは、あの言葉を言った時の自分の気持ちに。
そして、それを受けて『守る』と返してくれたレオの真剣な瞳の意味に。
レオもまた、彼女が示してくれた純粋な愛おしさに。
そして、自分がどれほど彼女を特別に想っているかという事実に。
──二人は、両想いだったのだ。
言葉にして伝え合ったわけではない。恋人同士になったわけでもない。
けれど、「お互いに特別な感情を抱いている」という決定的な事実だけが、はっきりと浮き彫りになってしまった。
「あ、あの……レオさん……っ」
意を決したように、リリィがぎこちない足取りでテーブルへと近づいてくる。
手に持ったお冷のグラスを置く手すら、わずかに震えていた。
「は、はい! リリィさん、どうかしましたか!?」
普段なら歌舞伎町でどんなトラブルが起きても決して取り乱さないレオが、リリィの声に弾かれたように背筋を伸ばし、裏返りそうな声で返事をしてしまう。
「あ……いえ……その、コーヒーのおかわり、はいかがですか……? と思いまして……」
「あ、ああ……! ありがとうございます。いただきます……」
「は、はい……すぐにお持ちしますね……っ」
リリィは真っ赤な顔を覆うようにしてパタパタとカウンターへ逃げていき、レオは去っていく彼女の背中を見送りながら、深く深く溜息をついて額を押さえた。
(……駄目ですね。完全に平常心を失っています)
『神城 蓮』として夜の世界で何百、何千という女性に甘い言葉を囁き、心を転がしてきたはずの自分が、たった一人の少女の前で手足の動かし方すら分からなくなっている。
偽りの恋を売る男と、世間知らずな純粋な少女。
お互いの気持ちを知ってしまったことで、今まで保たれていた絶妙な距離感の針が狂い始めていた。
甘くて、焦れったくて、けれどどこか切ない。 二人の間に流れる静かな時間が、複雑な恋心とともにゆっくりと色を変えていっていた。