恋を売る夜に、ただひとつの愛を
歌舞伎町の年越し営業は、一年で最も狂気と欲望が乱れ飛ぶ狂乱の夜だった。
カウントダウンとともに弾けるシャンパンの泡、爆音で響き渡るコール、太客の姫たちが競い合うように投入する高額ボトルの数々。
「蓮くん、あけましておめでとう! 今年も絶対に蓮くんを1番にするからね!」
「あけましておめでとうございます。あなたが隣にいてくれる新年なら、私はなんだって叶えられる気がしますよ」
夕方からの同伴に始まり、狂熱の年越し営業、そしてそのまま雪崩れ込んだ早朝のアフター。
『神城 蓮』として完璧な笑顔を振り撒き、姫の自尊心を満たし、浴びるほどのお酒を腹に流し込む。
すべてが終わったのは、元旦の昼過ぎのことだった。
姫をタクシーに乗せ、一人路上に残された蓮。
疲労とアルコールで頭は重く、視界もかすんでいる。本来なら一刻も早く自室へ戻り、ベッドに倒れ込むべき状態だった。
けれど、彼はタクシーを拾うと、迷うことなくあの路地裏の行き先を告げていた。
(……一秒でも早く、あの方に会いたい)
睡眠時間を削り、ボロボロの体のまま向かった喫茶店。
カラン、とドアベルを鳴らして店に入ると、店内には静かで香ばしいコーヒーの香りが満ちていた。
「いらっしゃいませ……あ、レオさん!?」
カウンターの奥からパッと顔を上げたリリィが、レオの姿を見るなり驚きに瞳を丸くした。
あまりにも酷い顔色、隠しきれない色気混じりの疲労感、そしてかすかに漂うお酒の気配。
リリィは慌てた様子でパタパタと駆け寄ってきた。
「レオさん!? ど、どうされたんですか……? すごくお顔色が……!」
「……リリィさん」
駆け寄ってきてくれた可憐な姿を目にした瞬間、レオの胸の奥にすーっと温かな血が通う。
彼は掠れた声で無理に微笑もうとしたが、疲労でうまく口角が上がらない。
「あけましておめでとうございます。……驚かせてしまってすみません。どうしても、あなたの顔が見たくて……」
「あけましておめでとうございます……でも、そんなにお辛そうなのに、無理をして来なくても……!」
本気で心配してくれる赤い瞳。
レオはその温かさに甘えるように、藁にもすがる思いで尋ねた。
「……リリィさん。突然で申し訳ないのですが……明日、お時間はありますか? 少しだけでも、あなたとどこかへ出かけられたらと……」
「えっ、明日……ですか?」
リリィは思わず顔を輝かせかけたものの、すぐに申し訳なさそうに眉を下げてしまった。
「……すみません、レオさん。明日は……お店のアルバイトが入っているんです。お正月でマスターもお忙しいでしょうし、私、お休みできなくて……」
「……そうですか」
ガクッと肩が落ちた。
いつもなら「いいえ、お気になさらないでください」と完璧に接客用の笑顔で取り繕えるはずだった。
けれど、連日の激務と限界を超えた疲労、そして何より彼女に会いたいという素の感情が勝利し、レオは隠しきれないほどの落胆を全身から漂わせてしまった。
緑の瞳にぽっかりと落ちた、深い陰り。
そんな二人のやり取りを、カウンターの奥から静かに見守っていた人物がいた。
この店のマスターだ。
マスターは淹れたてのコーヒーカップを拭きながら、チラリと店内のスカスカな客席に視線を送り、ふっと優しく目元を緩めた。
「リリィちゃん」
「あ、はい! マスター!」
「明日はお休みしていいよ。見ての通り、三が日はうちもヒマだからね。僕一人で十分回せるよ」
「えっ!? でも、マスター……!」
「いいからいいから。普段がんばってくれてるんだから、たまには羽を伸ばしておいで」
粋なマスターの助け船に、リリィは顔を真っ赤にしながら「ありがとうございます……!」と深々と頭を下げた。
そして、ぱっと花が咲くような満面の笑みを浮かべ、落胆していたレオに向かって嬉しそうに振り向いた。
「レオさん! 私、明日お休みになりました! どこへでもご一緒します!」
その瞬間、レオの死に体だった瞳に、パッと眩いばかりの光が灯った。
「……本当ですか、リリィさん」
「はい!」
寝不足の疲労も、アルコールによる頭痛も、一瞬でどこかへ吹き飛んでいく。
夜の世界でどれだけ大金を積まれても得られない本物の歓喜が、レオの胸を強く打っていた。
「ありがとうございます……! では明日、素晴らしい一日にしましょうね」
歌舞伎町の「神城 蓮」の完璧な仮面を脱ぎ捨て、ただの「レオ」として過ごす、初めての特別な休日。
二人の新しい一年が、今まさに始まろうとしていた。
カウントダウンとともに弾けるシャンパンの泡、爆音で響き渡るコール、太客の姫たちが競い合うように投入する高額ボトルの数々。
「蓮くん、あけましておめでとう! 今年も絶対に蓮くんを1番にするからね!」
「あけましておめでとうございます。あなたが隣にいてくれる新年なら、私はなんだって叶えられる気がしますよ」
夕方からの同伴に始まり、狂熱の年越し営業、そしてそのまま雪崩れ込んだ早朝のアフター。
『神城 蓮』として完璧な笑顔を振り撒き、姫の自尊心を満たし、浴びるほどのお酒を腹に流し込む。
すべてが終わったのは、元旦の昼過ぎのことだった。
姫をタクシーに乗せ、一人路上に残された蓮。
疲労とアルコールで頭は重く、視界もかすんでいる。本来なら一刻も早く自室へ戻り、ベッドに倒れ込むべき状態だった。
けれど、彼はタクシーを拾うと、迷うことなくあの路地裏の行き先を告げていた。
(……一秒でも早く、あの方に会いたい)
睡眠時間を削り、ボロボロの体のまま向かった喫茶店。
カラン、とドアベルを鳴らして店に入ると、店内には静かで香ばしいコーヒーの香りが満ちていた。
「いらっしゃいませ……あ、レオさん!?」
カウンターの奥からパッと顔を上げたリリィが、レオの姿を見るなり驚きに瞳を丸くした。
あまりにも酷い顔色、隠しきれない色気混じりの疲労感、そしてかすかに漂うお酒の気配。
リリィは慌てた様子でパタパタと駆け寄ってきた。
「レオさん!? ど、どうされたんですか……? すごくお顔色が……!」
「……リリィさん」
駆け寄ってきてくれた可憐な姿を目にした瞬間、レオの胸の奥にすーっと温かな血が通う。
彼は掠れた声で無理に微笑もうとしたが、疲労でうまく口角が上がらない。
「あけましておめでとうございます。……驚かせてしまってすみません。どうしても、あなたの顔が見たくて……」
「あけましておめでとうございます……でも、そんなにお辛そうなのに、無理をして来なくても……!」
本気で心配してくれる赤い瞳。
レオはその温かさに甘えるように、藁にもすがる思いで尋ねた。
「……リリィさん。突然で申し訳ないのですが……明日、お時間はありますか? 少しだけでも、あなたとどこかへ出かけられたらと……」
「えっ、明日……ですか?」
リリィは思わず顔を輝かせかけたものの、すぐに申し訳なさそうに眉を下げてしまった。
「……すみません、レオさん。明日は……お店のアルバイトが入っているんです。お正月でマスターもお忙しいでしょうし、私、お休みできなくて……」
「……そうですか」
ガクッと肩が落ちた。
いつもなら「いいえ、お気になさらないでください」と完璧に接客用の笑顔で取り繕えるはずだった。
けれど、連日の激務と限界を超えた疲労、そして何より彼女に会いたいという素の感情が勝利し、レオは隠しきれないほどの落胆を全身から漂わせてしまった。
緑の瞳にぽっかりと落ちた、深い陰り。
そんな二人のやり取りを、カウンターの奥から静かに見守っていた人物がいた。
この店のマスターだ。
マスターは淹れたてのコーヒーカップを拭きながら、チラリと店内のスカスカな客席に視線を送り、ふっと優しく目元を緩めた。
「リリィちゃん」
「あ、はい! マスター!」
「明日はお休みしていいよ。見ての通り、三が日はうちもヒマだからね。僕一人で十分回せるよ」
「えっ!? でも、マスター……!」
「いいからいいから。普段がんばってくれてるんだから、たまには羽を伸ばしておいで」
粋なマスターの助け船に、リリィは顔を真っ赤にしながら「ありがとうございます……!」と深々と頭を下げた。
そして、ぱっと花が咲くような満面の笑みを浮かべ、落胆していたレオに向かって嬉しそうに振り向いた。
「レオさん! 私、明日お休みになりました! どこへでもご一緒します!」
その瞬間、レオの死に体だった瞳に、パッと眩いばかりの光が灯った。
「……本当ですか、リリィさん」
「はい!」
寝不足の疲労も、アルコールによる頭痛も、一瞬でどこかへ吹き飛んでいく。
夜の世界でどれだけ大金を積まれても得られない本物の歓喜が、レオの胸を強く打っていた。
「ありがとうございます……! では明日、素晴らしい一日にしましょうね」
歌舞伎町の「神城 蓮」の完璧な仮面を脱ぎ捨て、ただの「レオ」として過ごす、初めての特別な休日。
二人の新しい一年が、今まさに始まろうとしていた。