恋を売る夜に、ただひとつの愛を

「……あ、あの……ルミさん、こんなにたくさんのお金、いただけません……っ!」

パニックになりかけたリリィは、膝の上のずっしりとした封筒を両手で包み、壊れ物でも扱うようにルミへと押し戻そうとした。
あまりの金額に手が小さく震えている。

「えー? なんでー? 俺、リリィちゃんとお揃いのキラキラが見たかっただけだから、気にしないでいいのに!」

ルミが不思議そうに首を傾げると、すぐ横で紫苑が冷ややかに、けれどどこか呆れたようにその封筒を奪い取り、テーブルの端へと退けた。

「……ルミ、この子は貴方と違って金銭感覚が正常なんです。無茶な渡し方をして困らせるんじゃない」
「ちぇー、紫苑のケチー」

一瞬で繰り広げられた異次元のやり取りに、リリィは目を丸くして呆然としている。
蓮は胸の前で小さく息を吐き出すと、乱れていた感情をすっと整え、いつもの穏やかで美しい笑みを唇に宿した。

「……失礼いたしました、リリィさん。驚かせてしまいましたね」
「レ、レオさん……」
「ここはお酒を楽しむ場所です。せっかくドレスアップして来てくださったのですから……少しだけ、喉を潤していきませんか?」

蓮はスマートな所作で黒服へ目配せをすると、静かな声でオーダーを伝えた。

「アルコールは極力弱く、フルーツの甘みを効かせたカクテルを一つ。……彼女はあまりお酒が得意ではないので、とても飲みやすいものにしてください」
「かしこまりました」

運ばれてきたのは、カクテルグラスに注がれた、淡いピンク色の甘いカクテルだった。
グラスのフチには可憐な苺が添えられている。

「どうぞ。お口に合うといいのですが」
「あ……ありがとうございます……」

リリィはおずおずとグラスを受け取り、小さな口を寄せて一口だけ含んだ。
フルーティーで甘酸っぱいジュースのような味わいに、キュッと緊張していたリリィの表情がふっと和らぐ。

「……すごく、甘くて美味しいです……」
「良かったです。……今日は本当に、あなたが怪我をしたり怖い思いをしたりしなくて、安心しました」

蓮はリリィの目線を合わせるように少し腰を低くし、耳元で低く優しく囁いた。
夜の「神城 蓮」として培ってきた極上のエスコート術。
けれどそこに込められた温度だけは、昼間の「レオ」そのものの、どこまでも誠実な想いだった。
普段とは違う、白スーツを纏った彼の近すぎる距離感と色気に、リリィはカクテルのせいだけではない熱が頬に上っていくのを感じて、キュッと四葉のクローバーのネックレスを握りしめた。
そんな二人の甘い空気を、派手な手拍子が容赦なくぶち破る。

「はいはいはーい! もっとキラキラしよーっ!!」

ルミがパチパチと楽しそうに手を叩きながら、黒服に向かって叫んだ。

「ねえ! テキーラ観覧車もう一台追加! あとあと、あの小さくてかわいいシャンパンタワーもやっちゃおうよ! ピンク色のやつで!」
「……ルミ、貴方という子は……」

紫苑が深く額を押さえるのも構わず、ルミの鶴の一声でフロアが再び大騒ぎになる。

『東の空から夜が明けるー! 紫苑様のお卓、テキーラ観覧車、さらにミニシャンパンタワー入りました――っ!!』

威勢のいいコールとともに、色とりどりのLEDを放つ観覧車と、グラスがピラミッド状に組み上げられた小さなシャンパンタワーがテーブルへと運び込まれてくる。
桃色のシャンパンが注がれると、グラスの隙間から眩い光が溢れ出した。

「わあぁぁ……! キレイ……!」

先ほどまでの恐怖も忘れて、リリィは思わず赤い瞳を輝かせ、まるでおとぎ話の光景を見るようにその煌めきに見入ってしまう。
その横顔を愛おしそうに見つめながら、蓮はグラスを傾けた。

(……まったく、とんでもないクリスマスになりましたね)

歌舞伎町の狂乱の夜。
自分の本当の姿を知られてしまった焦燥感と、けれど同じ空間で隣に彼女がいるという、どこか狂ったような幸福感。
七色の光が、戸惑う少女と、仮面を剥がされた男の夜を鮮やかに照らし続けていた。
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