恋を売る夜に、ただひとつの愛を

街が鮮やかなイルミネーションで彩られ、寒さとともにクリスマスの足音が近づいてきた頃。
非番の日、レオはいつものように路地裏の喫茶店へと脚を運んでいた。
窓の外を舞う北風とは対照的に、店内は暖炉のような温もりに満ちている。
テーブルに置かれたブレンドコーヒーからは香ばしい湯気が立ち上り、ふと視線を上げれば、リリィがカウンターの中でクリスマス限定のシュトーレンを丁寧に切り分けている姿が見えた。
その胸元には、あの日贈った四葉のクローバーのネックレス。
冬の装いにもしっくりと馴染むその輝きを目にするたび、レオの胸の奥には静かで深い満足感が広がるのだった。

「お待たせいたしました、レオさん。シュトーレンです」
「ありがとうございます、リリィさん」

皿を置いたリリィだったが、いつもなら「ごゆっくりどうぞ」と微笑んでカウンターへ戻るはずの彼女が、なぜかその場に留まっている。
メモ帳をぎゅっと胸元で抱え込み、白い頬をわずかに上気させて、何かを言い淀むように視線を彷徨わせていた。

「リリィさん? どうかしましたか?」

レオが首を傾げて優しく尋ねると、彼女は意を決したように息を呑み、キュッと唇を結んだ。 そして、耳たぶまで真っ赤に染めながら、絞り出すような声で問いかけてきた。

「あ、あの……レオさん! 来月の……じゅ、12月25日は……何か、ご予定……ありますか?」
「……え?」

不意を突かれた質問に、レオは珍しく目を丸くした。
12月25日、クリスマス当日。
リリィが勇気を振り絞って自分にそんな問いを投げてくれたこと、その事実に胸が一瞬熱くなる。
だが、直後に訪れたのは夜の世界を生きるホストとしての、抗えない現実だった。

(……クリスマスイベントだ)

ホストクラブ『RAYSTOLL』にとって、クリスマスは年間を通してもトップクラスに過酷で重要な大イベントだ。
夕方からの同伴、店でのシャンパンタワー、姫たちのプライドをかけた指名争い。
休むことなど絶対に許されず、翌朝の締め作業やアフターまで狂乱のスケジュールがびっしりと詰まっている。
『神城 蓮』として店に立ち、自分を指名してくれる姫たちの夢を壊さぬよう完璧に振る舞わなければならない一日。
本当なら、目の前の可憐な少女とこの静かな店で過ごしたい。
けれど、自分の「本当の仕事」を隠している以上、正直に理由を明かすことも、その誘いを受けることもできなかった。
レオは一瞬だけ緑の瞳に葛藤の影を落としたが、すぐに接客業仕込みの穏やかな、けれど少し困ったような微笑みを浮かべた。

「……ああ、25日、ですか」
「は、はい……! もし、もしお時間がありましたら……お店で特別なクリスマスケーキを焼く予定なので、食べていただけたらな、なんて……」

期待と不安が入り混じった赤い瞳で、まっすぐに見つめてくるリリィ。
レオは胸の奥を刺されるような痛みを覚えながら、言葉を濁して優しく首を横に振った。

「申し訳ありません、リリィさん。その日は……少し、外せない仕事の予定が入っておりまして」
「仕事……ですか?」
「ええ。この時期は仕事がとても混み合っていまして……昼間も身動きが取れそうにないんです。……せっかく誘っていただいたのに、本当にごめんなさい」
「あ……」

その瞬間、リリィの顔からパッと赤みが引き、分かりやすいほど落胆の色が広がった。

「い、いいえ! ごめんなさい、私ったらレオさんのお仕事のご都合も考えずに、勝手なことを言ってしまって……!」

必死に笑顔を作ろうと口元をひくつかせるリリィだったが、胸元でぎゅっと握りしめられた手と、今にも零れ落ちそうなほど揺れる赤い瞳が、彼女の大きなショックを雄弁に物語っていた。
ぎこちなくお辞儀をして、逃げるようにカウンターの奥へと戻っていく彼女の背中。

(……やってしまいましたね)

ポツンと残された窓際の席で、レオは深い溜息をついた。
冷めかけたコーヒーの湯気を眺めながら、自分が売っている「偽りの自分」と、目の前の少女に告げられない「本当の自分」の境界線に、レオは激しいもどかしさを抱くのだった。
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