氷の騎士に、白百合の恋を

敵大将の死体が重く泥の上に崩れ落ち、静寂が戦場を包み込んだ。
主首を失った敵兵たちは戦意を完全に喪失し、武器を捨てて方々へと蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていく。
血煙の上がる荒野の只中で、セレフィアは静かに深く息を吐き、腰の【冬陽】に手を添えた。

「……私の獲物をあっさりと横取りされてしまいましたね。少々、遊びすぎましたか」

ハルバードを肩に預け、歩み寄ってきたレオが残念そうに肩を竦めた。
その緑の瞳には、まだ暴れ足りないといった様子の獰猛な熱が燻っている。
そんなレオの頭を冷ますように、ヴォルフラムが黒鉄の短剣についた血を滑らかに拭いながら、低く吐き捨てた。

「ふざけるな。最初からお前が真面目に前線を潰していれば、もう少し早く終わっていた話だ」

レオを鋭く睨みつけたヴォルフラムだったが、視線を血の匂いの残るセレフィアへ移すと、その琥珀色の瞳に感心の色を浮かべた。

「……だが、大したものだな、セレフィア。己の身格を理解し、敵の油断を完璧に突いた立ち回りは見事だ。戦慣れした兵でも、あの速度には対応できん」
「誇揚には及びません。……ただ、父上の教えとこの刀の引き回しに従ったまでです」

冷淡に、けれど確かな自負を込めて応えるセレフィア。
その頭上から、一筋の黒い風が静かに舞い降りた。
空中からアルヴィーノの足元へと着地したのは、ルミだった。
黄金の杖を手に収め、光の失われた水色の瞳で主を見つめると、感情の籠もらない声で淡々と告げた。

「作戦の終了を確認。敵本陣の壊滅、および残党の散退を完了いたしました、アルヴィーノ様」
「ご苦労様でした、ルミ」

アルヴィーノは腕を組んだまま、静かに戦場の惨状を見渡した。
そして、集まってきた者たちへと順番に冷徹な紫の瞳を注ぐ。

「全員、よく務めを果たしました。……これより全軍、城へと帰還します」

主の一言に、レオはハルバードを背に収め、ヴォルフラムは短剣を鞘へと滑らせた。
ルミもまた、アルヴィーノの後ろで再び影のように佇み、命令を待つ姿勢を取る。
セレフィアは遠くの空を見上げた。
血と泥に塗れた戦場から離れ、自分の大切な人が待つ白亜の城へと思いを馳せる。
腰に差した【冬陽】の温かさをその手に感じながら、セレフィアは無表情のまま、父たちの後を追って帰路につくのだった。

「ルミ。もう終わりです」

アルヴィーノが静かにそう告げた瞬間、ルミはゆっくりと一度だけ瞬きをした。
すると、その水色の瞳に瞬時に光が宿り、先ほどまでの絶望的な冷気と無機質な気配が嘘のように霧散していく。

「ふあぁ……! アルヴィーノ様、終わったの? 俺、すっごくお腹空いちゃった!」

いつもの無邪気で可愛らしい笑顔を取り戻し、甘えるようにアルヴィーノの袖を引っ張るルミ。
その目まぐるしい変貌ぶりに、セレフィアは紫の瞳を丸くして息をのんだ。

「父上……これは、一体どういうことなのですか?」

普段は感情を表に出さないセレフィアすら困惑を隠せずに尋ねたが、アルヴィーノはルミの頭を撫でながら、冷ややかな顔のまま短く応えた。

「説明は後です。……兄上に報告に向かいますよ、ルミ」
「はーい!」

真相は伏せられたまま、アルヴィーノはルミを連れてアルフレッドの待つ執務室へと歩み去っていった。

「やれやれ、私も早く私室へ戻るとしましょう。あまり遅くなると、あの方が心配してしまいますからね」

ハルバードの手入れをしながらレオが爽やかに笑い、ヴォルフラムも「フン、俺もだ」と短く吐き捨てると、各々の愛しい恋人が待つ私室へと足早に去っていく。
その背中を見送ったセレフィアは、自身の腰に差した軍刀【冬陽】へとそっと手を伸ばした。

(私も……一刻も早く、リリアのもとへ)

血と硝煙の匂いを纏った戦場から離れ、冷気を払うように足早に廊下を駆け抜ける。
たどり着いたリリアーヌの部屋の扉を前にして、セレフィアは一度深く呼吸を整えた。恐れさせないよう、己の殺気を完全に殺してから、静かに扉を叩く。

「リリア。今、戻りました」

扉が開いた瞬間、中にいたリリアーヌが弾かれたように駆け寄ってきたのだった。
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