氷の騎士に、白百合の恋を
開戦の合図とともに、前線へと最初に解き放たれたのはレオだった。
「では、お先に失礼いたします」
崩した微笑みを浮かべたまま、その身からは爆発的な殺気が噴き出した。
凄まじい脚力で地面を削り、一瞬で敵の真っ只中へと飛び込む。
身の丈を超えるハルバードを軽々と振り回し、迫り来る兵士たちを甲冑ごと一刀両断にしていく。
レオの戦闘スタイルは変幻自在にして圧倒的だった。
ハルバードで押し寄せる敵を薙ぎ払う合間、空いた右手の指を軽やかに鳴らす。
その微かな音とともに空響が爆ぜ、指先から新たな武器が次々と召喚された。
大剣、鎖付きの鎌、投擲用の短斧。
召喚された武装は即座に指先から放たれ、あるいは手に取られて敵の肉を断ち、骨を砕く。無数の兵器が乱れ飛ぶ凄惨な光景の中、レオは狂おしいまでの歓喜をその緑の瞳に宿し、躍動していた。
「おい、死にたがりの王子サマ! 取りこぼしが多すぎるんだよ、いい加減にしろ!」
その乱暴な言葉とともにレオの背後を支えていたのは、ヴォルフラムだった。
レオが薙ぎ払い、打ち漏らした敵や側面から奇襲を企てる兵たちを、黒鉄の短剣で容赦なく仕留めていく。
低く構えた体勢から滑るように踏み込み、短剣の刃を敵の隙間――首筋、甲冑の継ぎ目、膝の裏へ寸分の狂いもなく突き刺す。
苛立ちを露わにしながらも、その足取りと刃の軌道には一切の無駄がない。
長年、修羅場をくぐり抜けてきた野獣の如き戦闘勘で、前衛の防衛線を完璧に維持していた。
頭上からは、絶望的な暗黒が降り注いでいた。
空中へ静かに跳躍したルミは、感情の消えた水色の瞳で戦場を見下ろしていた。
手に握られた黄金の杖から、どろりと重い闇の魔力が溢れ出す。
「消滅させます」
アルヴィーノの「一人たりとも生かすな」という命に従い、無機質な声とともに闇の波動を解き放つ。
空を覆い尽くした漆黒の渦から、無数の暗黒の槍が雨のように降り注いだ。
地面を穿ち、敵の陣形を粉砕するその威力はまさに天災。
人形と化した光の落とし子が放つ闇は、敵の戦意を根本から叩き折っていた。
そして――地を駆ける白銀の影があった。
セレフィアは腰の軍刀【冬陽】を引き抜き、氷の魔力を全身に巡らせていた。
「《氷壁》」
凛とした声が響くと同時に、敵軍の退路を塞ぐようにして巨大な氷の壁が地表から急激に突き上がった。
進路を阻まれ混乱する敵の足元へ、間髪入れずに次の詠唱を重ねる。
「《氷牢》」
兵士たちの足元から瞬時に透明な結晶が湧き立ち、膝上までを冷たい牢獄となって拘束する。
動けなくなった敵群に対し、セレフィアは【冬陽】を水平に構えた。
細身の刃から放たれるのは、鋭利な冷気。
「《氷槍》」
空中に生成された無数の氷の槍が、音を立てて射出された。
拘束された敵を容赦なく穿ち、一瞬で前衛の一角を沈黙させる。
その手標と足取りは、父であるアルヴィーノの指導と、血滲む訓練によって洗練された無駄のない死の芸術だった。
しかし、数で勝る敵の増援が、死角からセレフィアへ向けて押し寄せる
。
「調子に乗るなよ、小娘が!」
大斧を振りかざし、襲いかかる無数の敵兵。
セレフィアは紫の瞳を冷たく細めると、身を翻しながら【冬陽】を地面へと突き立てた。
「……私の大切な人を守るための力を、ここで引き下げるわけにはいきません。《氷華》」
刃が突き刺さった地点を中心に、猛烈な冷気が波紋となって広がった。
直後、地面から咲き誇るように、巨大で美しい氷の花が幾重にも開花する。可憐で、けれど凄惨なまでに冷たい氷の花弁は、群がる敵兵を一瞬で呑み込み、美しい結晶の彫像へと変え変貌させていった。
「……ッ、何だあのガキの魔法は……!」
ヴォルフラムが短剣を握り直しながら、冷気を撒き散らすセレフィアの背中に一瞬だけ視線をやった。
その殺傷能力と圧倒的な広域支配力は、明らかに常人の域を超えている。
「ふふ、素晴らしいですね。さすがは叔父上の愛娘、容赦というものを知りません」
レオがハルバードを振るい、返り血を払いながら愉悦に満ちた声を上げる。
圧倒的な個の武力が噛み合い、敵陣は瞬く間に崩壊の一途をたどっていた。だが、セレフィアの視線はなおも冷たく、遠くの敵本陣を見据えていた。
手にした【冬陽】が、自身の魔力に応えるように美しい白銀の光を放っている。
大切な人を守るために手に入れた強さを証明するように、セレフィアは静かに次の魔力を練り上げるのだった。
敵の本陣を守る精鋭勢力は、怒号とともに一斉に前前へと押し寄せていた。
その中央、押し寄せる巨漢たちの波に向かって単身で歩みを進めるのは、小柄な少年の姿をしたセレフィアだった。
華奢な体躯に可憐な顔立ち、そして小振りの軍刀【冬陽】を抱える姿は、凄惨な戦場においてあまりにも異彩を放ち、油断を誘うには十分すぎるものだった。
「おいおい、冗談だろ! こんな幼いガキまで駆り出さなきゃならないほど落ちぶれたのか、レイストールは!」
敵の最前線を任された重装騎士が、大槌を肩に担ぎながら下品な高笑いを上げた。
「おい小僧、命が惜しけりゃその刀を捨てて泣き叫べ! 運が良ければ生かして奴隷に――」
男が最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかった。
敵が自分を侮り、無防備に間合いを詰めてきたその一瞬こそ、セレフィアが計算し尽くした最大の好機だった。
「……浅薄ですね」
冷ややかな声が落ちると同時に、セレフィアの身体が視界から消えた。
小柄ゆえの圧倒的な身軽さと重心の低さを活かし、男の懐深くへ一歩で潜り込む。
見下ろしていた男が急激に視界からセレフィアを見失い、焦燥に目を剥いた瞬間には、すでに刃は走り終えていた。
速撃の軌道を描いた【冬陽】が、甲冑の隙間である首筋を容赦なく一閃する。
「がっ……!?」
血飛沫が舞うより早く、セレフィアは死に絶える男の肩を足場にして跳躍した。嘲笑っていた周囲の兵たちが呆然と立ち尽くす中、空中で刀身に冷気を収束させる。
「《氷槍》」
放たれた氷の槍が、指揮系統を失って動揺する前衛の胸元を次々と穿つ。地面に着地した瞬間には、彼女の周囲に十数人もの兵が重い音を立てて倒れ伏していた。
小柄な体躯は、集団戦において絶好の隠蔽となる。敵の死角から死角へ、影のように滑り込みながら、舐めきった態度で大振りの攻撃を繰り出す敵の隙を寸分の狂いもなく突いていく。
「ひ、ひぃ……ッ! こいつ、ただのガキじゃねえ!」
「化け物だ! 寄るな、散れ!」
先ほどまでの余裕は跡形もなく消え去り、敵陣に恐怖と混乱が爆発的に広がっていく。
だが、一度瓦解した陣形を立て直す余裕など、セレフィアは微塵も与えない。
「逃がしません」
凛とした声とともに、セレフィアは地表へ魔力を流し込んだ。
「《氷牢》」
逃走を図ろうとした兵たちの足元から、鋭い氷の結晶が瞬時に生え伸び、膝上までを完全に固定する。拘束され、叫び声を上げる敵の群れを通り抜け、セレフィアの視線は一直線に奥の本陣――冷汗を流しながら馬上で固まる敵大将へと注がれた。
敵大将は震える手で剣を抜き、死狂いの叫びを上げる。
「来い! 来るな! 誰か、誰かあのガキを殺せぇぇっ!」
周囲を守る近衛兵たちが必死に遮ろうと群がり立つが、セレフィアの足取りは止まらない。
小柄な体を小さくひねって大剣の斬撃を紙一重でかわし、すれ違いざまに足枷となる氷を地面に走らせる。
群がる敵をただの障害物として処理し、直線的に本陣を突っ切る。
「……私の大切な人に害を及ぼす可能性のある者は、すべてここで摘み取ります」
背後に広がる惨劇など視界に入れず、セレフィアは大将の目と鼻の先へと跳躍した。
大将が恐怖に顔を歪め、必死に剣を振り下ろそうとするが、その動作はあまりにも遅すぎた。空中で一閃された【冬陽】の刃が、大将の首元を正確に捕らえる。
一瞬の静寂。
首を跳ね飛ばされた大将が落馬し、泥の中に沈む音が戦場に響き渡った。
「大将首、討ち取りました」
着地したセレフィアは、血の一滴もついていない【冬陽】を滑らかな動作で鞘へと納めた。
主を失い、完全に崩壊した敵軍の只中で、小柄な少女は冷徹な紫の瞳を静かに輝かせていた。
「では、お先に失礼いたします」
崩した微笑みを浮かべたまま、その身からは爆発的な殺気が噴き出した。
凄まじい脚力で地面を削り、一瞬で敵の真っ只中へと飛び込む。
身の丈を超えるハルバードを軽々と振り回し、迫り来る兵士たちを甲冑ごと一刀両断にしていく。
レオの戦闘スタイルは変幻自在にして圧倒的だった。
ハルバードで押し寄せる敵を薙ぎ払う合間、空いた右手の指を軽やかに鳴らす。
その微かな音とともに空響が爆ぜ、指先から新たな武器が次々と召喚された。
大剣、鎖付きの鎌、投擲用の短斧。
召喚された武装は即座に指先から放たれ、あるいは手に取られて敵の肉を断ち、骨を砕く。無数の兵器が乱れ飛ぶ凄惨な光景の中、レオは狂おしいまでの歓喜をその緑の瞳に宿し、躍動していた。
「おい、死にたがりの王子サマ! 取りこぼしが多すぎるんだよ、いい加減にしろ!」
その乱暴な言葉とともにレオの背後を支えていたのは、ヴォルフラムだった。
レオが薙ぎ払い、打ち漏らした敵や側面から奇襲を企てる兵たちを、黒鉄の短剣で容赦なく仕留めていく。
低く構えた体勢から滑るように踏み込み、短剣の刃を敵の隙間――首筋、甲冑の継ぎ目、膝の裏へ寸分の狂いもなく突き刺す。
苛立ちを露わにしながらも、その足取りと刃の軌道には一切の無駄がない。
長年、修羅場をくぐり抜けてきた野獣の如き戦闘勘で、前衛の防衛線を完璧に維持していた。
頭上からは、絶望的な暗黒が降り注いでいた。
空中へ静かに跳躍したルミは、感情の消えた水色の瞳で戦場を見下ろしていた。
手に握られた黄金の杖から、どろりと重い闇の魔力が溢れ出す。
「消滅させます」
アルヴィーノの「一人たりとも生かすな」という命に従い、無機質な声とともに闇の波動を解き放つ。
空を覆い尽くした漆黒の渦から、無数の暗黒の槍が雨のように降り注いだ。
地面を穿ち、敵の陣形を粉砕するその威力はまさに天災。
人形と化した光の落とし子が放つ闇は、敵の戦意を根本から叩き折っていた。
そして――地を駆ける白銀の影があった。
セレフィアは腰の軍刀【冬陽】を引き抜き、氷の魔力を全身に巡らせていた。
「《氷壁》」
凛とした声が響くと同時に、敵軍の退路を塞ぐようにして巨大な氷の壁が地表から急激に突き上がった。
進路を阻まれ混乱する敵の足元へ、間髪入れずに次の詠唱を重ねる。
「《氷牢》」
兵士たちの足元から瞬時に透明な結晶が湧き立ち、膝上までを冷たい牢獄となって拘束する。
動けなくなった敵群に対し、セレフィアは【冬陽】を水平に構えた。
細身の刃から放たれるのは、鋭利な冷気。
「《氷槍》」
空中に生成された無数の氷の槍が、音を立てて射出された。
拘束された敵を容赦なく穿ち、一瞬で前衛の一角を沈黙させる。
その手標と足取りは、父であるアルヴィーノの指導と、血滲む訓練によって洗練された無駄のない死の芸術だった。
しかし、数で勝る敵の増援が、死角からセレフィアへ向けて押し寄せる
。
「調子に乗るなよ、小娘が!」
大斧を振りかざし、襲いかかる無数の敵兵。
セレフィアは紫の瞳を冷たく細めると、身を翻しながら【冬陽】を地面へと突き立てた。
「……私の大切な人を守るための力を、ここで引き下げるわけにはいきません。《氷華》」
刃が突き刺さった地点を中心に、猛烈な冷気が波紋となって広がった。
直後、地面から咲き誇るように、巨大で美しい氷の花が幾重にも開花する。可憐で、けれど凄惨なまでに冷たい氷の花弁は、群がる敵兵を一瞬で呑み込み、美しい結晶の彫像へと変え変貌させていった。
「……ッ、何だあのガキの魔法は……!」
ヴォルフラムが短剣を握り直しながら、冷気を撒き散らすセレフィアの背中に一瞬だけ視線をやった。
その殺傷能力と圧倒的な広域支配力は、明らかに常人の域を超えている。
「ふふ、素晴らしいですね。さすがは叔父上の愛娘、容赦というものを知りません」
レオがハルバードを振るい、返り血を払いながら愉悦に満ちた声を上げる。
圧倒的な個の武力が噛み合い、敵陣は瞬く間に崩壊の一途をたどっていた。だが、セレフィアの視線はなおも冷たく、遠くの敵本陣を見据えていた。
手にした【冬陽】が、自身の魔力に応えるように美しい白銀の光を放っている。
大切な人を守るために手に入れた強さを証明するように、セレフィアは静かに次の魔力を練り上げるのだった。
敵の本陣を守る精鋭勢力は、怒号とともに一斉に前前へと押し寄せていた。
その中央、押し寄せる巨漢たちの波に向かって単身で歩みを進めるのは、小柄な少年の姿をしたセレフィアだった。
華奢な体躯に可憐な顔立ち、そして小振りの軍刀【冬陽】を抱える姿は、凄惨な戦場においてあまりにも異彩を放ち、油断を誘うには十分すぎるものだった。
「おいおい、冗談だろ! こんな幼いガキまで駆り出さなきゃならないほど落ちぶれたのか、レイストールは!」
敵の最前線を任された重装騎士が、大槌を肩に担ぎながら下品な高笑いを上げた。
「おい小僧、命が惜しけりゃその刀を捨てて泣き叫べ! 運が良ければ生かして奴隷に――」
男が最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかった。
敵が自分を侮り、無防備に間合いを詰めてきたその一瞬こそ、セレフィアが計算し尽くした最大の好機だった。
「……浅薄ですね」
冷ややかな声が落ちると同時に、セレフィアの身体が視界から消えた。
小柄ゆえの圧倒的な身軽さと重心の低さを活かし、男の懐深くへ一歩で潜り込む。
見下ろしていた男が急激に視界からセレフィアを見失い、焦燥に目を剥いた瞬間には、すでに刃は走り終えていた。
速撃の軌道を描いた【冬陽】が、甲冑の隙間である首筋を容赦なく一閃する。
「がっ……!?」
血飛沫が舞うより早く、セレフィアは死に絶える男の肩を足場にして跳躍した。嘲笑っていた周囲の兵たちが呆然と立ち尽くす中、空中で刀身に冷気を収束させる。
「《氷槍》」
放たれた氷の槍が、指揮系統を失って動揺する前衛の胸元を次々と穿つ。地面に着地した瞬間には、彼女の周囲に十数人もの兵が重い音を立てて倒れ伏していた。
小柄な体躯は、集団戦において絶好の隠蔽となる。敵の死角から死角へ、影のように滑り込みながら、舐めきった態度で大振りの攻撃を繰り出す敵の隙を寸分の狂いもなく突いていく。
「ひ、ひぃ……ッ! こいつ、ただのガキじゃねえ!」
「化け物だ! 寄るな、散れ!」
先ほどまでの余裕は跡形もなく消え去り、敵陣に恐怖と混乱が爆発的に広がっていく。
だが、一度瓦解した陣形を立て直す余裕など、セレフィアは微塵も与えない。
「逃がしません」
凛とした声とともに、セレフィアは地表へ魔力を流し込んだ。
「《氷牢》」
逃走を図ろうとした兵たちの足元から、鋭い氷の結晶が瞬時に生え伸び、膝上までを完全に固定する。拘束され、叫び声を上げる敵の群れを通り抜け、セレフィアの視線は一直線に奥の本陣――冷汗を流しながら馬上で固まる敵大将へと注がれた。
敵大将は震える手で剣を抜き、死狂いの叫びを上げる。
「来い! 来るな! 誰か、誰かあのガキを殺せぇぇっ!」
周囲を守る近衛兵たちが必死に遮ろうと群がり立つが、セレフィアの足取りは止まらない。
小柄な体を小さくひねって大剣の斬撃を紙一重でかわし、すれ違いざまに足枷となる氷を地面に走らせる。
群がる敵をただの障害物として処理し、直線的に本陣を突っ切る。
「……私の大切な人に害を及ぼす可能性のある者は、すべてここで摘み取ります」
背後に広がる惨劇など視界に入れず、セレフィアは大将の目と鼻の先へと跳躍した。
大将が恐怖に顔を歪め、必死に剣を振り下ろそうとするが、その動作はあまりにも遅すぎた。空中で一閃された【冬陽】の刃が、大将の首元を正確に捕らえる。
一瞬の静寂。
首を跳ね飛ばされた大将が落馬し、泥の中に沈む音が戦場に響き渡った。
「大将首、討ち取りました」
着地したセレフィアは、血の一滴もついていない【冬陽】を滑らかな動作で鞘へと納めた。
主を失い、完全に崩壊した敵軍の只中で、小柄な少女は冷徹な紫の瞳を静かに輝かせていた。