氷の騎士に、白百合の恋を

ある日、セレフィアは父であるアルヴィーノから呼び出しを受け、彼の執務室へと足を踏み入れた。
重厚な扉を開けた瞬間、室内に満ちる異様な静寂と冷気に、セレフィアは思わず息をのんだ。
そこにいたのは、父アルヴィーノだけではなかった。
彼の傍らに佇んでいたのは、ルミだった。
しかし、普段見かける天真爛漫な様子や、可憐な白いロリータ服姿は影を潜めている。隙のない紺色のかっちりとした従者服に身を包み、水色の長い髪はひとつに固くまとめられていた。
何よりセレフィアを戦慄させたのは、その表情だった。
生気を感じさせない水色の瞳からは光が完全に消え失せ、感情の一切を削ぎ落とした人形のように、ただ静かに命令を待つ体勢で立っていた。
その姿からは、言葉を交わすことすら拒絶するような、圧倒的な冷徹さが漂っている。

「……父上。これは……」

普段は感情を表に出さないセレフィアですら、その尋常ではない雰囲気に言葉を詰まらせた。
アルヴィーノは手元の書類から視線を外すことなく、淡々とした声で問いに応えた。

「来たか、セレフィア。見れば分かるでしょう。従者モードのルミです」
「……母上が……」
「今度の国境線での任務に、お前を同行させます。ルミも我がレイストール王国の切り札として連れて行きます」

アルヴィーノは静かにペンを置くと、氷のような紫の瞳をセレフィアへと向けた。

「敵対勢力との境界領域において、容赦は一切不要です。ルミは私の冷たき刃であり、私の命じるままに立ちはだかる者を無へ帰す存在。お前にはその戦場での振る舞いと、真の王族としての冷酷さをその目に焼き付けてもらいます」

アルヴィーノの言葉が終わると同時に、従者服のルミは微動だにもせず、ただ静かに深々と頭を下げた。
感情の失われた瞳は、主の言葉だけを絶対の法則として受け止めている。
セレフィアは腰に差した軍刀【冬陽】の柄に無意識に手を触れた。
城での甘く穏やかな日常とは完全にかけ離れた、戦場の凄惨な気配。
父の冷酷な計算と、命を捨てて従うルミの異質な主従関係を前に、セレフィアは自身の胸に深く息を吹き込み、静かに瞳を細めた。

「……承知いたしました、父上。お言いつけの通り、全てを見届けさせていただきます」

冷ややかな緊張感が部屋を支配する中、セレフィアは来たる国境線での戦いへ向け、静かに意を決するのだった。
国境付近の荒野には、不穏な風が吹き抜けていた。
小規模とはいえ、一触即発の緊張感が漂う陣地に並び立つ戦力は、あまりにも異質だった。
大ぶりの柄を肩に預け、ハルバードの刃を鈍く光らせているのはレオだった。久々の実戦を前に抑えきれない笑みが口元に浮かんでおり、その緑の瞳には戦闘狂特有の危うい熱が宿っている。

「私をこの戦場に呼んでくださり感謝いたします、叔父上。久々に存分に振る舞えそうですね」

丁寧な敬語とは裏腹に、解き放たれつつある殺気が周囲の空気を歪ませる。
その隣では、ヴォルフラムが黒鉄の短剣を逆手に握り直し、鋭い琥珀色の瞳で前方の敵陣を見据えていた。
元大貴族としての誇りを捨て、戦場を生き抜いてきた彼ならではの無駄のない構え。
その身体からは、いつでも敵の首を刈り取れる野獣のような気配が立ち上っていた。
そして、アルヴィーノのすぐ脇にはルミが佇んでいた。
紺色の従者服を身に纏い、その手に黄金の杖を握りしめている。
瞳からはいっさいの感情が抜け落ち、主の命を待つ精巧な人形そのものだった。
彼が纏う闇の魔力は静かに広がっていき、周囲の光を呑み込むかのように足元を黒く染めていく。

「……これだけの人数で、挑むのですか」

腰の軍刀【冬陽】の柄に手を添えながら、セレフィアは思わず呟いた。目の前の敵軍は数百規模。対するこちらは、指揮官を含めてわずか数名である。
その問いに、陣頭に立つアルヴィーノは表情ひとつ変えずに応じた。

「この規模の抑留であれば、これで十分すぎるほどです。無駄な兵を動かす必要はありません」

冷徹な計算に基づいた言葉。アルヴィーノはゆっくりと振り返り、漆黒の軍服の裾を揺らしながら、セレフィアへと氷のような紫の瞳を向けた。

「セレフィア。お前にも戦線へ出てもらいます。私の娘として、そしてその刀を扱う者として、己の役割を果たしなさい」
「……承知いたしました、父上」

迷いのない父の宣告に、セレフィアは短く答えると、すべらかな動作で【冬陽】を引き抜いた。
細身の刀身が陽光を浴びて冴え返り、彼女の魔力と呼応するように凄絶な冷気が周囲へ広がっていく。

「私に命を。アルヴィーノ様」

感情の消えたルミの低い声が、黄金の杖から立ち上る闇の気配とともに響いた。

「全軍解体。一人たりとも生かして返すな」

アルヴィーノの冷酷な指示が一言下された瞬間、抑え込まれていた殺戮の牙が、一斉に敵陣へと向け解き放たれたのだった。
37/41ページ
スキ