氷の騎士に、白百合の恋を

セレフィアから贈られた短杖を手にして以来、リリアーヌの頭の中は名前のことでいっぱいだった。
自分の宝物となった短杖にふさわしい名前、そして何より、セレフィアの腰に飾られたあの美しく冷たい軍刀に贈るための名前。
二つの大切なものに名前を刻む責任の重さに、彼女は「あれでもない、これでもない」と日夜頭を悩ませていた。
ある日の午後、リリアーヌは自室の机に向かい、羊皮紙に何十もの言葉を書き連ねては小さく溜息をついていた。

「氷花……霜月……ううん、これだとセラの格好よさが表現しきれていない気がするわ」

悩み抜いた彼女は、まず母であるエルザの元へと相談に向かった。
日差しが差し込むサロンで、優しく刺繍を刺していたエルザは、娘の切実な悩みに温かな微笑みを向けた。

「ふふ、そんなに真剣に考えているのね。セレフィアちゃんの刀には、あの子の冷たさと優しさの両方が伝わるような、芯のある響きが似合うかもしれないわ」
「芯のある響き……。セラの凛とした立ち姿に合うような言葉ですね」

母のアドバイスを大切に心に留めたリリアーヌは、次に王宮の執務室で書類に向かっていた父、アルフレッドを訪ねた。
アルフレッドは愛娘の相談を聞くと、ペンを置いて穏やかに目元を緩めた。

「セレフィアの強さは、誰かを守るためのものだからね。リリアーヌが彼女からもらった安心感や、守られている温かさを名前に込めてみるのはどうだい?」
「守られている温かさ……。セラの冷たい氷の奥にある、私だけの特別な温もり……」

二人の言葉に大きなヒントを得たリリアーヌだったが、最後にもう一人、意見を聞きたい人物がいた。
兄のレオである。
訓練を終えたばかりのレオを見つけ、リリアーヌが「短杖と、セラの刀の名前で悩んでいて」と切り出すと、レオは爽やかな笑顔のまま、どこか悟ったような深い眼差しを向けた。

「なるほど。セレフィアの持つあの刀は、彼女の鋭い感情そのものだ。だからこそ、君が彼女の感情を受け止めた証になるような名前が良いと思うよ。ちなみに、君がもらった短杖の名前は……君自身がセレフィアにとってどんな存在でありたいかを投影してみたらどうかな?」
「私が、セラにとってどんな存在でありたいか……」

兄の言葉は、リリアーヌの胸の奥にすっと落ちてきた。
両親と兄からの助言を胸に抱き戻った自室で、リリアーヌは再び短杖を手に取った。
窓から差し込む光を受けて、繊細な花の装飾が優しく輝いている。

(セラの氷を溶かすような、隣で輝き続ける光でありたい。そして、セラの冷たい刃が、私を守るための優しさで満たされますように……)

迷いは消えていた。
リリアーヌの心の中に、これ以上ないほどぴったりな二つの名前が綺麗に浮かび上がっていた。

「待っていてね、セラ。最高の名前を、あなたに贈るから」

胸に抱いた短杖を小さく撫でながら、リリアーヌは愛しい恋人の顔を思い浮かべ、誇らしげに微笑むのだった。

風のない穏やかな午後の庭園で、セレフィアとリリアーヌは東屋のベンチに並んで腰かけていた。
澄み渡る秋空の下、セレフィアの膝の上にはアルヴィーノから授かった細身の軍刀が、そしてリリアーヌの膝の上にはセレフィアから贈られた可憐な短杖が置かれている。

「セラ。私、ずっと考えていたのです。この二つの大切なものにつける名前を」

リリアーヌが静かに切り出すと、セレフィアは読書していた手を止め、澄んだ紫の瞳をまっすぐに向けた。

「私の刀と、貴女の短杖の名前ですね。……どのような名にしてくださったのですか?」

リリアーヌは深呼吸をし、胸に手を当てて真っ直ぐにセレフィアを見つめた。

「あなたの軍刀の名前は【冬陽(ふゆび)】です。……厳しい冬の寒さの中で、人を包み込むように差し込む優しい太陽の光、という意味を込めました」
「冬陽……」

セレフィアは反芻するようにその名を口に含んだ。
リリアーヌは言葉を重ねる。

「セラの氷はとても冷たくて鋭いけれど、私に向けられる手や言葉は、いつだってぽかぽかと温かいのです。私を守ってくれるセラの刃は、まるで冬の寒さを和らげる太陽の光そのものだから……」

そう語るリリアーヌの眼差しには、あふれんばかりの愛おしさが宿っていた。
セレフィアは膝の上の軍刀の柄にそっと手を伸ばし、感触を確かめるように撫でた。

「冬陽……素晴らしい名前です。……私には勿体ないほどの、温かい意味ですね。生涯、大切にします」
「ふふ、喜んでいただけてよかったです」

安堵の微笑みを浮かべたリリアーヌに、セレフィアは膝の上の短杖へと視線を落とした。
繊細な花の装飾が施されたその短い杖は、光を優しく弾いている。

「では、リリアの短杖の名前は決まりましたか?」
「はい。この短杖は【雪咲華(ゆきざきか)】と名付けました」
「雪咲華、ですか」
「ええ。雪の降る厳しい寒さの中でも、負けずに可憐な白の花を咲かせるお花から名付けました。私はセラのように強くはありませんけれど……光の加護であなたを守り、どんな時も隣で咲き続ける花でありたいと思ったのです」

セレフィアの胸の奥で、じんわりと甘い熱が弾けた。
冷たい氷や雪の世界で咲く、自分だけの可憐な光の花。
目の前で少し頬を赤らめながら真っ直ぐな想いを伝えてくるリリアーヌの存在そのものだった。

「……ずるいですね、リリアは」
「えっ……? セラ……?」

低く囁かれた言葉に驚くリリアーヌの隙を突き、セレフィアはすっと距離を詰めた。
すべらかな手がリリアーヌの腰へと回り、逃げられないようにしっかりと抱き寄せられる。

「セラ、急に……!?」
「私の刀にそんな温かい名を授けて、ご自身にも私を惹きつけて止まない名をつけられるなんて……。これ以上、私をどうさせるつもりですか?」

至近距離で見つめ返してくる紫の瞳には、濃厚な独占欲と愛おしさが揺らめいていた。
耳元へと寄された唇から落ちる吐息の熱さに、リリアーヌの思考は一瞬でオーバーヒートを起こす。

「あ、う……私、私はただ……っ」
「冬陽と雪咲華。……まるで、最初から二人でひとつであったかのような素晴らしい組み合わせです」

囁きながら、セレフィアはリリアーヌの手を優しく包み込み、その甲にゆっくりと口づけを落とした。

「私の冬陽は、生涯をかけて貴女という雪咲華を守り続けましょう。……愛していますよ、リリア」
「〜〜〜〜っ!」

名前を授け合って一矢報いるはずだったリリアーヌは、結局いつものように限界まで赤面させられ、セレフィアの胸の中でへなへなと崩れ落ちながら、最高の幸福感に浸るのだった。
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