氷の騎士に、白百合の恋を
数時間後の玉座の間。
アルヴィーノは新王となった兄アルフレッドと、今後の外交政策についての書類を手に静かに言葉を交わしていた。
そこへ、青ざめた宝飾店の店主が転がり込むように駆け込んできた。
彼は絨毯に頭をめり込ませんばかりの勢いで伏せ、全身を震わせながら必死に謝罪を口にし始めた。
「陛下! 軍師閣下! この度は当店の不手際により、セレフィア様とリリアーヌ姫殿下に大変な無礼を働いてしまい、誠に申し訳ございませんでした……!」
何のことか皆目見当がつかないアルヴィーノは、冷ややかな視線で店主を見下ろし、詳細を語らせた。
店主の口から、昼間にセレフィアたちが店を訪れたこと、周囲の貴族たちが二人を子供と侮って失礼な態度を取ったこと、そしてセレフィアが軍師の名を出して店内で一番高価な短杖を買い上げていった経緯が明かされた。
話を聞き終えたアルフレッドは、どこか楽しそうに苦笑いを浮かべた。
「はは、セレフィアちゃんもすっかり我が家の流儀が身についているみたいだね。リリアーヌを想う気持ちは素晴らしいけれど、少し強引だったかな」
アルヴィーノは小さくため息をつき、手元の書類に目を戻しながら静かに告げた。
「……あの子ならやりかねませんね。買い上げた代金に不足がなかったのであれば、お前がこれ以上頭を分かつ必要はありません。下がりなさい」
命拾いをした店主が何度も深く礼をしながら去っていくと、アルヴィーノは静かに眉間を押さえた。
その日の夜。
私室へと戻ってきたセレフィアを、デスク越しにアルヴィーノが待ち受けていた。
「帰りましたか、セレフィア」
「はい、父上。……何かございましたか?」
いつも通り無表情のまま報告に訪れたセレフィアだったが、アルヴィーノの雰囲気が昼間とは少し異なることに気づき、わずかに首を傾げた。
アルヴィーノは組んだ手の上に顎を乗せ、紫の瞳で娘を静かに見つめた。
「先ほど、宝飾店の店主が顔を蒼白にして私のもとへ謝罪しに来ましたよ。私の名を存分に振りかざして、店で最も高価な短杖を買い叩いていったそうですね」
「……買い叩いてなどおりません。提示された金額通り、王家の金貨で支払いました」
微塵も悪びれる様子なく当然のように言い返すセレフィアに、アルヴィーノは呆れたような、しかしどこか満足気な笑みを薄く浮かべた。
「私の名を騙る度胸は評価しますが、力で押し通すのは少々芸がありませんね。……それで、リリアーヌ姫はその贈り物を喜んでいましたか?」
「はい。……とても誇らしそうに、大切そうに抱きしめていました。私に似合う名前をつけると、愛おしい顔で笑ってくれました」
リリアーヌの名を出した瞬間、セレフィアの氷のような瞳にじんわりと甘い熱が宿る。
それを見たアルヴィーノは、小さく鼻で笑うと椅子から立ち上がった。
「ならば、良しとしましょう。お前がその手で何を守り、何を与えるか……今日買い与えた短杖も、その答えの一つというわけですね」
「ええ。言うまでもありません」
言葉短かに頷く娘に、アルヴィーノは一歩近づき、その頭にそっと手を置いた。
「次は私の名を出す前に、買い物の加減も覚えなさい。……下がって良いですよ」
「失礼いたします、父上」
部屋を出ていくセレフィアの背中を見送りながら、アルヴィーノは自分によく似た冷酷さと、ルミ譲りの真っ直ぐな執着を併せ持つ娘の成長に、静かな満足感を覚えるのだった。
その夜、王宮の私室では、普段はおしとやかなリリアーヌが珍しく興奮を隠しきれずにいた。
「父様、母様! 見てください、これ!」
両手で大切そうに抱え込んで持ってきたのは、繊細な花の装飾が施された、可憐で美しい一本の短杖だった。
「まあ……なんて素敵な短杖なのかしら」
エルザが感嘆の声を漏らし、アルフレッドも目を丸くしてその精巧な作りに見入る。
先端に埋め込まれた魔導石からは、リリアーヌの光魔法に完璧に同調するような、温かく柔らかな光が溢れ出ていた。
「これね、セラが買ってくれたの! 『私のリリアには、私から一番似合う品を贈りたかった』って言って……リリアのために買ってくれたのよ!」
感情が高ぶるあまり、一人称が「リリア」に戻ってしまうほど大はしゃぎのリリアーヌ。
頬を真っ赤に染め、瞳をキラキラと輝かせながら短杖を胸に抱きしめる姿は、まるで大好きな宝物を自慢する子供そのものだった。
「ふふ、そうなのね。セレフィアちゃんは本当にリリアーヌのことが大好きなのね」
「はい! セラったら、お店の人や周りの方たちの前で『私のリリア』なんて言うから、リリア、もう恥ずかしくて……! でも、とっても嬉しかったの!」
あまりの幸福感に、ソファの上でピョンピョンと跳ねんばかりの勢いで語り続ける娘。
昼間に宝飾店で何があったのか、店主が青ざめてアルヴィーノのもとへ駆け込んできた経緯をすでに聞いていたアルフレッドとエルザは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「(あんなに冷徹で強引な買い方をしたと聞いて心配していたけれど……当の本人がこれだけ幸せそうなら、何も言えないね……)」
「(ええ、本当に……あの子の真っ直ぐな愛情が、この子にはちゃんと伝わっているのね)」
二人は顔を見合わせ、ただただ微笑ましく見守るしかできなかった。
「本当によかったね、リリアーヌ。セレフィアちゃんからの大切な贈り物、ずっと大事にしなさいね」
「はい、お父様! 私、この短杖に込めてくれたセラの想いに応えられるように、もっと魔法の練習も頑張ります!」
満面の笑みで頷くリリアーヌの姿に、アルフレッドとエルザは温かな胸の高鳴りを感じつつ、若い二人のあまりにも甘い絆にそっと目を細めるのだった。
アルヴィーノは新王となった兄アルフレッドと、今後の外交政策についての書類を手に静かに言葉を交わしていた。
そこへ、青ざめた宝飾店の店主が転がり込むように駆け込んできた。
彼は絨毯に頭をめり込ませんばかりの勢いで伏せ、全身を震わせながら必死に謝罪を口にし始めた。
「陛下! 軍師閣下! この度は当店の不手際により、セレフィア様とリリアーヌ姫殿下に大変な無礼を働いてしまい、誠に申し訳ございませんでした……!」
何のことか皆目見当がつかないアルヴィーノは、冷ややかな視線で店主を見下ろし、詳細を語らせた。
店主の口から、昼間にセレフィアたちが店を訪れたこと、周囲の貴族たちが二人を子供と侮って失礼な態度を取ったこと、そしてセレフィアが軍師の名を出して店内で一番高価な短杖を買い上げていった経緯が明かされた。
話を聞き終えたアルフレッドは、どこか楽しそうに苦笑いを浮かべた。
「はは、セレフィアちゃんもすっかり我が家の流儀が身についているみたいだね。リリアーヌを想う気持ちは素晴らしいけれど、少し強引だったかな」
アルヴィーノは小さくため息をつき、手元の書類に目を戻しながら静かに告げた。
「……あの子ならやりかねませんね。買い上げた代金に不足がなかったのであれば、お前がこれ以上頭を分かつ必要はありません。下がりなさい」
命拾いをした店主が何度も深く礼をしながら去っていくと、アルヴィーノは静かに眉間を押さえた。
その日の夜。
私室へと戻ってきたセレフィアを、デスク越しにアルヴィーノが待ち受けていた。
「帰りましたか、セレフィア」
「はい、父上。……何かございましたか?」
いつも通り無表情のまま報告に訪れたセレフィアだったが、アルヴィーノの雰囲気が昼間とは少し異なることに気づき、わずかに首を傾げた。
アルヴィーノは組んだ手の上に顎を乗せ、紫の瞳で娘を静かに見つめた。
「先ほど、宝飾店の店主が顔を蒼白にして私のもとへ謝罪しに来ましたよ。私の名を存分に振りかざして、店で最も高価な短杖を買い叩いていったそうですね」
「……買い叩いてなどおりません。提示された金額通り、王家の金貨で支払いました」
微塵も悪びれる様子なく当然のように言い返すセレフィアに、アルヴィーノは呆れたような、しかしどこか満足気な笑みを薄く浮かべた。
「私の名を騙る度胸は評価しますが、力で押し通すのは少々芸がありませんね。……それで、リリアーヌ姫はその贈り物を喜んでいましたか?」
「はい。……とても誇らしそうに、大切そうに抱きしめていました。私に似合う名前をつけると、愛おしい顔で笑ってくれました」
リリアーヌの名を出した瞬間、セレフィアの氷のような瞳にじんわりと甘い熱が宿る。
それを見たアルヴィーノは、小さく鼻で笑うと椅子から立ち上がった。
「ならば、良しとしましょう。お前がその手で何を守り、何を与えるか……今日買い与えた短杖も、その答えの一つというわけですね」
「ええ。言うまでもありません」
言葉短かに頷く娘に、アルヴィーノは一歩近づき、その頭にそっと手を置いた。
「次は私の名を出す前に、買い物の加減も覚えなさい。……下がって良いですよ」
「失礼いたします、父上」
部屋を出ていくセレフィアの背中を見送りながら、アルヴィーノは自分によく似た冷酷さと、ルミ譲りの真っ直ぐな執着を併せ持つ娘の成長に、静かな満足感を覚えるのだった。
その夜、王宮の私室では、普段はおしとやかなリリアーヌが珍しく興奮を隠しきれずにいた。
「父様、母様! 見てください、これ!」
両手で大切そうに抱え込んで持ってきたのは、繊細な花の装飾が施された、可憐で美しい一本の短杖だった。
「まあ……なんて素敵な短杖なのかしら」
エルザが感嘆の声を漏らし、アルフレッドも目を丸くしてその精巧な作りに見入る。
先端に埋め込まれた魔導石からは、リリアーヌの光魔法に完璧に同調するような、温かく柔らかな光が溢れ出ていた。
「これね、セラが買ってくれたの! 『私のリリアには、私から一番似合う品を贈りたかった』って言って……リリアのために買ってくれたのよ!」
感情が高ぶるあまり、一人称が「リリア」に戻ってしまうほど大はしゃぎのリリアーヌ。
頬を真っ赤に染め、瞳をキラキラと輝かせながら短杖を胸に抱きしめる姿は、まるで大好きな宝物を自慢する子供そのものだった。
「ふふ、そうなのね。セレフィアちゃんは本当にリリアーヌのことが大好きなのね」
「はい! セラったら、お店の人や周りの方たちの前で『私のリリア』なんて言うから、リリア、もう恥ずかしくて……! でも、とっても嬉しかったの!」
あまりの幸福感に、ソファの上でピョンピョンと跳ねんばかりの勢いで語り続ける娘。
昼間に宝飾店で何があったのか、店主が青ざめてアルヴィーノのもとへ駆け込んできた経緯をすでに聞いていたアルフレッドとエルザは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「(あんなに冷徹で強引な買い方をしたと聞いて心配していたけれど……当の本人がこれだけ幸せそうなら、何も言えないね……)」
「(ええ、本当に……あの子の真っ直ぐな愛情が、この子にはちゃんと伝わっているのね)」
二人は顔を見合わせ、ただただ微笑ましく見守るしかできなかった。
「本当によかったね、リリアーヌ。セレフィアちゃんからの大切な贈り物、ずっと大事にしなさいね」
「はい、お父様! 私、この短杖に込めてくれたセラの想いに応えられるように、もっと魔法の練習も頑張ります!」
満面の笑みで頷くリリアーヌの姿に、アルフレッドとエルザは温かな胸の高鳴りを感じつつ、若い二人のあまりにも甘い絆にそっと目を細めるのだった。