氷の騎士に、白百合の恋を
図書室の静寂の中、セレフィアは読書に没頭するリリアーヌの横顔を静かに見つめていた。
恋人という関係になって以来、リリアーヌの反応を観察することはセレフィアにとって一番の楽しみとなっていた。
どの角度から触れればどれほど頬が染まるのか、どんな言葉を囁けばどこまで呼吸が乱れるのか。
過剰に攻め立てて気を失わせてしまっては会話が中断してしまうため、最近は絶妙な加減で寸止めにする技術を完全に手に入れていた。
「……セラ? どうしてそんなに見つめているのですか?」
視線に気づいたリリアーヌが、少し首をかしげて尋ねてくる。
セレフィアは無表情のまま、すっと距離を詰めた。
「リリアの顔が、とても可愛らしいからですよ」
「〜〜〜っ! もう、そうやってすぐ……っ」
予想通りの反応で一瞬で真っ赤になるリリアーヌ。
セレフィアは満足げに瞳を細めると、リリアーヌの白く細い手を取り、その甲にゆっくりと唇を寄せた。
「これ以上は危険ですね。顔が真っ赤ですよ、リリア」
「だ、誰のせいだと思っているのですか……!」
寸止めされた甘い刺激に悶絶し、抗議の声をあげるリリアーヌ。
そんな微笑ましい二人の攻防が繰り広げられている図書室の扉が、不意に勢いよく開いたのはその時だった。
「いやー、今回の旅も長かったね、ヴォルフ!」
「……静かにしろルイン。ここは図書室だぞ」
入ってきたのは、長旅から帰省したばかりの第二王子ルインと、その専属護衛であるヴォルフラムだった。
二人はまだ、留守中に起きた出来事や、セレフィアとリリアーヌの存在を一切知らない。
扉の音に驚いたリリアーヌが思わず身を縮めると、セレフィアはすぐさま身を乗り出し、リリアーヌを庇うようにして背後に隠した。
しかし、体格差ゆえにリリアーヌの頭やパステルカラーのドレスがセレフィアの肩越しに丸見えになっている。
「あ、あれ? 誰かいる……?」
明るい声をあげて歩み寄ってきたルインは、目の前の光景に思わず足を止めた。
洗練された軍装に身を包んだ小柄な人物が、自分たちに向かって絶対零度の鋭い視線を向けている。
そしてその背後には、顔を真っ赤にしてブルブルと震えている可憐な少女。
ルインの素直すぎる脳内では、即座に一つの凄惨な構図が完成してしまった。
「えっ……と、もしかして俺たち、すごく悪いタイミングで入って来ちゃった……? 貴族の人が、可愛い女の子を壁際に追い詰めていじめ……ううん、脅迫してるところ……!?」
「は? なに言い散らかしてんだあんたは……」
呆れたようにヴォルフラムが前に出たが、鋭い琥珀色の瞳でセレフィアの立ち姿と雰囲気を観察した瞬間、その表情が険しく引き締まった。
(……チッ、なんだこのガキ。身のこなしに一切の無駄がねえ。小柄だが、戦場の空気をまとってやがる……!)
ヴォルフラムは即座にルインを庇う位置へ移動し、腰の長剣の柄に手をかけた。
「おい、そこの不気味な小僧。何を企んでるかは知らんが、そのお嬢ちゃんが嫌がってるだろ。手ぇ離しな」
緊迫した空気が図書室に満ちる。
しかし、当のセレフィアは、不法侵入者を見るような冷徹な紫の瞳を二人に向けたまま、ピシャリと言い放った。
「無礼者ですね。私とリリアの邪魔をしないでいただけますか」
「リ、リリア……? いえ、セラ、この方たちは……!」
慌てて仲裁に入ろうとするリリアーヌだったが、その真っ赤な顔と潤んだ瞳を見たルインは、完全に「悪徳貴族に囚われた可憐な少女」だと確信してしまった。
「大丈夫だよお嬢さん! 俺が助けるからね! ヴォルフ、あの子を助けてあげて!」
「言われなくても分かってんだよ! ったく、面倒なことに巻き込みやがって……!」
ヴォルフラムが不敵な笑みを浮かべ、圧倒的な威圧感を放ちながら一歩踏み出す。
だが、セレフィアの醸し出す冷気はさらに深まり、図書室の床がかすかに凍りつき始めた。
己の時間を邪魔された不機嫌さを隠そうともせず、低く魅惑的な声で呟く。
「……私の大切な存在に気やすく触れようとするならば、容赦はしませんよ」
「セラ! 待ってください、暴れないでー! 気絶しちゃいますー!」
二人の勘違いによる突発的な戦闘の気配と、セレフィアの容赦ない言葉に挟まれ、リリアーヌはついにキャパシティを突破。
真っ赤な顔のまま、へなへなと崩れ落ちるのだった。
氷のような緊張感が膨らみ、ヴォルフラムが剣に手をかけたその瞬間、図書室の重厚な扉が静かに開いた。
「随分と賑やかですね。ここは静かに本を読む場所ですが」
返却する本を片手にしたアルヴィーノが、漆黒の軍服を揺らして入ってきた。
冷徹な紫の瞳で室内の異状を一瞬で察知した彼は、まず視界に入った息子たちの姿に眉を微かに動かした。
「……ルイン、ヴォルフラム。帰ってきたのですか」
「お父さん!」
聞き慣れた父の声に、ルインの表情が一気に明るくなった。
すぐさま駆け寄り、すがりつくようにして大急ぎで状況を説明し始める。
「お父さん、ちょうど良かった! 見てよあれ! どこかの軍装を着た男の人が、可愛いお嬢さんを壁際に追い詰めて脅迫してたんだ! お嬢さん、顔を真っ赤にしてブルブル震えてて……助けようとしたら、あの人、急に周囲を凍らせ始めて……!」
身振り手振りを交えて必死に訴えるルインの後ろで、ヴォルフラムも警戒を解かずに低く吐き捨てた。
「軍師サマ、冗談抜きでシャレになってねえぞ。あの小僧、ただの貴族のガキじゃねえ。目つきも気配も完全に人を殺り慣れてる」
二人の切迫した報告を静かに聞いていたアルヴィーノだったが、その視線の先には、力尽きてへなへなと座り込んでいるリリアーヌと、それを甲斐甲斐しく抱きかかえているセレフィアの姿があった。
セレフィアは氷のような表情のまま、アルヴィーノへ短く告げた。
「父上。急に押し入ってきたこの方々が暴れようとしたため、排除しようとしたまでです」
「ち、父上……!?」
ルインが鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
ヴォルフラムも思わず目を丸くした。
アルヴィーノは深くため息をつくと、冷ややかな視線をルインたちへ向けた。
「相変わらず早とちりが過ぎますね、ルイン。……紹介しましょう。私の娘であり、貴方の妹のセレフィアです。そしてそちらにいるのは、第一王子の娘であるリリアーヌ姫です」
「えっ……妹!? 俺に妹がいたの!?」
「はあ!? じゃああのガキ、女なのかよ……!?」
衝撃の事実を一気に突きつけられ、開いた口が塞がらないルインとヴォルフラム。
「それと、脅迫などではありません」
アルヴィーノは座り込むリリアーヌの、爆発寸前の真っ赤な顔を見下ろしながら、呆れたように言葉を続けた。
「ただの恋人同士の戯れです。セレフィアが加減を間違えて、リリアーヌ姫をまたキャパシティオーバーさせただけに過ぎません」
「恋人……!? 戯れ……!?」
混乱を極めるルインをよそに、セレフィアは抱きかかえたリリアーヌの頭を優しく撫でながら、至極真面目な顔でアルヴィーノに言った。
「父上、失礼です。今回は手しか握っていません。リリアが勝手に限界を迎えただけです」
「……うぅ、セラ……もう言わないでください……っ」
腕の中で消え入りそうな声で抗議するリリアーヌを見て、ルインとヴォルフラムは完全に毒気を抜かれ、ただただその場に立ち尽くすのだった。
恋人という関係になって以来、リリアーヌの反応を観察することはセレフィアにとって一番の楽しみとなっていた。
どの角度から触れればどれほど頬が染まるのか、どんな言葉を囁けばどこまで呼吸が乱れるのか。
過剰に攻め立てて気を失わせてしまっては会話が中断してしまうため、最近は絶妙な加減で寸止めにする技術を完全に手に入れていた。
「……セラ? どうしてそんなに見つめているのですか?」
視線に気づいたリリアーヌが、少し首をかしげて尋ねてくる。
セレフィアは無表情のまま、すっと距離を詰めた。
「リリアの顔が、とても可愛らしいからですよ」
「〜〜〜っ! もう、そうやってすぐ……っ」
予想通りの反応で一瞬で真っ赤になるリリアーヌ。
セレフィアは満足げに瞳を細めると、リリアーヌの白く細い手を取り、その甲にゆっくりと唇を寄せた。
「これ以上は危険ですね。顔が真っ赤ですよ、リリア」
「だ、誰のせいだと思っているのですか……!」
寸止めされた甘い刺激に悶絶し、抗議の声をあげるリリアーヌ。
そんな微笑ましい二人の攻防が繰り広げられている図書室の扉が、不意に勢いよく開いたのはその時だった。
「いやー、今回の旅も長かったね、ヴォルフ!」
「……静かにしろルイン。ここは図書室だぞ」
入ってきたのは、長旅から帰省したばかりの第二王子ルインと、その専属護衛であるヴォルフラムだった。
二人はまだ、留守中に起きた出来事や、セレフィアとリリアーヌの存在を一切知らない。
扉の音に驚いたリリアーヌが思わず身を縮めると、セレフィアはすぐさま身を乗り出し、リリアーヌを庇うようにして背後に隠した。
しかし、体格差ゆえにリリアーヌの頭やパステルカラーのドレスがセレフィアの肩越しに丸見えになっている。
「あ、あれ? 誰かいる……?」
明るい声をあげて歩み寄ってきたルインは、目の前の光景に思わず足を止めた。
洗練された軍装に身を包んだ小柄な人物が、自分たちに向かって絶対零度の鋭い視線を向けている。
そしてその背後には、顔を真っ赤にしてブルブルと震えている可憐な少女。
ルインの素直すぎる脳内では、即座に一つの凄惨な構図が完成してしまった。
「えっ……と、もしかして俺たち、すごく悪いタイミングで入って来ちゃった……? 貴族の人が、可愛い女の子を壁際に追い詰めていじめ……ううん、脅迫してるところ……!?」
「は? なに言い散らかしてんだあんたは……」
呆れたようにヴォルフラムが前に出たが、鋭い琥珀色の瞳でセレフィアの立ち姿と雰囲気を観察した瞬間、その表情が険しく引き締まった。
(……チッ、なんだこのガキ。身のこなしに一切の無駄がねえ。小柄だが、戦場の空気をまとってやがる……!)
ヴォルフラムは即座にルインを庇う位置へ移動し、腰の長剣の柄に手をかけた。
「おい、そこの不気味な小僧。何を企んでるかは知らんが、そのお嬢ちゃんが嫌がってるだろ。手ぇ離しな」
緊迫した空気が図書室に満ちる。
しかし、当のセレフィアは、不法侵入者を見るような冷徹な紫の瞳を二人に向けたまま、ピシャリと言い放った。
「無礼者ですね。私とリリアの邪魔をしないでいただけますか」
「リ、リリア……? いえ、セラ、この方たちは……!」
慌てて仲裁に入ろうとするリリアーヌだったが、その真っ赤な顔と潤んだ瞳を見たルインは、完全に「悪徳貴族に囚われた可憐な少女」だと確信してしまった。
「大丈夫だよお嬢さん! 俺が助けるからね! ヴォルフ、あの子を助けてあげて!」
「言われなくても分かってんだよ! ったく、面倒なことに巻き込みやがって……!」
ヴォルフラムが不敵な笑みを浮かべ、圧倒的な威圧感を放ちながら一歩踏み出す。
だが、セレフィアの醸し出す冷気はさらに深まり、図書室の床がかすかに凍りつき始めた。
己の時間を邪魔された不機嫌さを隠そうともせず、低く魅惑的な声で呟く。
「……私の大切な存在に気やすく触れようとするならば、容赦はしませんよ」
「セラ! 待ってください、暴れないでー! 気絶しちゃいますー!」
二人の勘違いによる突発的な戦闘の気配と、セレフィアの容赦ない言葉に挟まれ、リリアーヌはついにキャパシティを突破。
真っ赤な顔のまま、へなへなと崩れ落ちるのだった。
氷のような緊張感が膨らみ、ヴォルフラムが剣に手をかけたその瞬間、図書室の重厚な扉が静かに開いた。
「随分と賑やかですね。ここは静かに本を読む場所ですが」
返却する本を片手にしたアルヴィーノが、漆黒の軍服を揺らして入ってきた。
冷徹な紫の瞳で室内の異状を一瞬で察知した彼は、まず視界に入った息子たちの姿に眉を微かに動かした。
「……ルイン、ヴォルフラム。帰ってきたのですか」
「お父さん!」
聞き慣れた父の声に、ルインの表情が一気に明るくなった。
すぐさま駆け寄り、すがりつくようにして大急ぎで状況を説明し始める。
「お父さん、ちょうど良かった! 見てよあれ! どこかの軍装を着た男の人が、可愛いお嬢さんを壁際に追い詰めて脅迫してたんだ! お嬢さん、顔を真っ赤にしてブルブル震えてて……助けようとしたら、あの人、急に周囲を凍らせ始めて……!」
身振り手振りを交えて必死に訴えるルインの後ろで、ヴォルフラムも警戒を解かずに低く吐き捨てた。
「軍師サマ、冗談抜きでシャレになってねえぞ。あの小僧、ただの貴族のガキじゃねえ。目つきも気配も完全に人を殺り慣れてる」
二人の切迫した報告を静かに聞いていたアルヴィーノだったが、その視線の先には、力尽きてへなへなと座り込んでいるリリアーヌと、それを甲斐甲斐しく抱きかかえているセレフィアの姿があった。
セレフィアは氷のような表情のまま、アルヴィーノへ短く告げた。
「父上。急に押し入ってきたこの方々が暴れようとしたため、排除しようとしたまでです」
「ち、父上……!?」
ルインが鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
ヴォルフラムも思わず目を丸くした。
アルヴィーノは深くため息をつくと、冷ややかな視線をルインたちへ向けた。
「相変わらず早とちりが過ぎますね、ルイン。……紹介しましょう。私の娘であり、貴方の妹のセレフィアです。そしてそちらにいるのは、第一王子の娘であるリリアーヌ姫です」
「えっ……妹!? 俺に妹がいたの!?」
「はあ!? じゃああのガキ、女なのかよ……!?」
衝撃の事実を一気に突きつけられ、開いた口が塞がらないルインとヴォルフラム。
「それと、脅迫などではありません」
アルヴィーノは座り込むリリアーヌの、爆発寸前の真っ赤な顔を見下ろしながら、呆れたように言葉を続けた。
「ただの恋人同士の戯れです。セレフィアが加減を間違えて、リリアーヌ姫をまたキャパシティオーバーさせただけに過ぎません」
「恋人……!? 戯れ……!?」
混乱を極めるルインをよそに、セレフィアは抱きかかえたリリアーヌの頭を優しく撫でながら、至極真面目な顔でアルヴィーノに言った。
「父上、失礼です。今回は手しか握っていません。リリアが勝手に限界を迎えただけです」
「……うぅ、セラ……もう言わないでください……っ」
腕の中で消え入りそうな声で抗議するリリアーヌを見て、ルインとヴォルフラムは完全に毒気を抜かれ、ただただその場に立ち尽くすのだった。