氷の騎士に、白百合の恋を

公邸の私室へ足を踏み入れると、戦場の重苦しい気配とは対照的な、柔らかで温かな空気に包まれた。

「おかえりなさい、アルヴィーノ!」

扉が閉まるやいなや、水色の髪を揺らしたルミが弾んだ声とともに駆け寄ってくる。
迷いなく胸へと飛び込んできた小さな体を、アルヴィーノは愛おしそうに受け止め、しっかりと抱きしめ返した。
軍師としての冷徹な面持ちは影を潜め、私室の中だけに許された優しい眼差しで、ルミの滑らかな髪を愛おしそうになでる。

「ただいま戻りました、ルミ」

数日ぶりの温もりを確かめ合うように密やかな時間を共有していたが、ふと、ルミがアルヴィーノの少し後ろに控えている存在に気づいた。
立ち止まったまま静かに二人を見つめている、返り血で汚れた小さな子供。
その水色の長髪と、吸い込まれそうな紫の瞳を目にしたルミは、驚きに目を丸くした。
アルヴィーノの腕の中からそっと身を起こし、首をかしげながら問いかける。

「アルヴィーノ……その子は?」

アルヴィーノは愛おしそうにルミの背をさすりながら、静かに視線を子供へと向けた。

「戦場で拾った戦災孤児です。一人で私の兵を退けるほどの力を持っていたため、回収してきました。性別も名前も分からぬ状態ですが、これからは私の手元で駒として育てるつもりです」

政治や戦術の複雑な事情を削ぎ落とし、ただ事実だけをかみ砕いて伝えると、アルヴィーノはその子供の肩を軽くルミの方へと押しやった。

「少しの間、この子の面倒を見てやってくれませんか」

ルミはアルヴィーノの言葉を聞き終えると、子供のボロボロに汚れた服や、返り血のついた水色の髪へと視線を落とした。
痛ましさに胸を痛めたルミは、しゃがみ込んで優しい笑みを浮かべる。

「まずは、綺麗にお風呂に入ろうか」

そう言って差し出された手を、子供は拒むこともなく静かに握り返した。
感情の窺えない紫の瞳でルミを見つめたまま、言われるがままに足を動かす。
危険な戦場から連れてこられたというのに、抵抗の意すら見せない佇まいはどこか空虚であった。
そのまま湯殿へと向かい、脱衣所に入ったところで、ルミは子供の汚れきった服を脱がせようと手を伸ばした。
濡れた布地を慎重に脱がせ、その皮膚が露わになった瞬間、ルミの動きが固まった。

「……っ!?」

数秒の静寂の後、脱衣所に甲高い悲鳴が響き渡った。
ルミは着替えを半ばまで進めた子供をその場に残したまま、脱衣所の扉を勢いよく押し開け、廊下へと飛び出した。
着替えの最中であったことも忘れ、顔を極限まで赤く染め上げながら私室へと駆け戻る。

「アルヴィーノ!!」

普段は見せない取り乱し方に、アルヴィーノは即座に立ち上がり、不審に思いながらルミの肩を支えた。

「どうしました、ルミ。何があったのです」

いつも冷静な夫の問いかけに対し、ルミは呼吸を乱し、羞恥と衝撃で震える声を絞り出した。

「あ、あの子……男の子じゃなくて、女の子だよ……!」

顔を真っ赤にしたまま訴えかけるルミの言葉に、さすがのアルヴィーノも一瞬だけ紫の瞳を丸く見開いたのだった。

「さすがに女の子を、俺がお風呂に入れるわけにはいかないよ!」

顔を真っ赤にしたまま、ルミは身振りを交えて切実に訴えた。
可憐な外見とはいえ自分は男であり、年頃も知れぬ少女の裸身に付き添うなど到底できないと、動転した様子で言葉を重ねる。

まさか戦場で我が兵を圧倒した刺客が少女であったとは、思いもよらぬ展開であった。
アルヴィーノは一瞬だけ思考を巡らせたが、すぐに持ち前の冷徹な理性を取り戻し、顎に手を当てて静かに口を開いた。

「なるほど……。ですが、汚れと返り血をつけたまま放っておくわけにもいきませんね」

アルヴィーノはルミの肩をやさしく撫でて落ち着かせると、廊下へ向けて静かな指示を出した。
脱衣所の扉越しに、中にいる少女へ向けて声を届ける。

「聞こえるか。服を脱ぎ、一人でそのまま湯船に入れ。身体の洗い方は分かるか」

扉の向こうから、感情の起伏を感じさせない短く静かな返答が届いた。

「……はい。一人でできます」

そのやり取りを聞き、少女が自力で身の回りの処理を行えることを確認したアルヴィーノは、ルミへと視線を戻した。

「だそうだ。ルミ、着替えの手配だけ頼めますか」
「う、うん……! すぐ用意する!」

ルミは大きく頷くと、自分の手持ちの中から使えそうな小柄な服や柔らかい布地を慌ただしく見繕った。
抱えきれんばかりの衣類を腕に抱え、パタパタと足音を響かせて脱衣所へと戻っていく。
扉の前に立ったルミは、まだ少し照れくささを残しながらも、扉越しにやさしい声をかけた。

「服、ここに置いておくからね。体は自分で洗えそう? 困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
「……ありがとうございます」

扉越しに返ってきた小さな声に安堵しつつ、ルミは脱衣所の外に服を整えて置き、少女が湯に入った気配を確かめながら、そっとその場で見守るのだった。
3/41ページ
スキ