氷の騎士に、白百合の恋を

とある日の夜会。

「まったく、兄上は急に何を言い出すかと思えば……」

アルヴィーノは呆れ顔でアルフレッドに連れて来られ、それならとセレフィアも半ば強引に連れ出されることとなった。
当然、その場にはアルフレッドの愛娘であるリリアーヌの姿もあった。
この日の装いは、会場の華やかさに合わせていつもと少し違っていた。
リリアーヌは、裾がふわっと広がったパステルカラーの上品なドレスを身に纏い、まさに誰もが見とれる可憐な王女そのものの装い。
一方のセレフィアは、ドレスではなく、夜会向けに特別に誂えられた美しい礼服を着用していた。
いつもの無骨な軍装の良さを残しつつ、細かな刺繍と洗練された仕立てが施されたその装いは、彼女の引き締まった佇まいと凛とした美しさを際立たせていた。

「すごいですね、セラ……! いつもと雰囲気が違って、とっても素敵です……っ!」
「ありがとうございます、リリア様。あなたも……とても愛らしいです」

少し照れながら手を取り合う二人。
しかし、華やかな夜会の中を行き交う貴族たちの視線は、そんな二人へ向けられていた。

「まあ、あちらにいらっしゃるのはリリアーヌ様ね。なんて愛らしい姫君なのでしょう……」
「まさに王国の宝だな。……ところで、お隣にいらっしゃるお方はどなただ?」
「さあ……軍装のようなお召し物だが、あまりに整ったお顔立ちだ。男性なのか、それとも女性なのか……?」

凛々しく洗練された礼服を着こなし、立ち居振る舞いにも一切の隙がないセレフィア。
その小柄ながらも隙のない佇まいと中性的な美貌に、貴族たちは「あのかっこいいお方は男装の麗人なのか、それとも美少年なのか」とヒソヒソと囁き合っていた。
周囲のヒソヒソ声は、当然のようにセレフィアの優れた聴覚にも届いていた。

(……やはり、私はこのような場では奇異の目で見られる存在なのですね)

幼い頃から武芸と軍務に身を置き、ドレスよりも仕立ての良い礼服を好む自分。
華やかな貴族社会の「普通」から外れている自覚はある。
少しだけ諦めたような、冷めた心地でリリアーヌの傍らに寄り添い、彼女を守るように佇んでいた。
すると、そこへ酒に酔った様子の男性貴族が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

「やあ、可愛らしいリリアーヌ様。……お隣の君、噂になっているよ。一体どちらなんだい? 男なのかい、それとも女なのかい?」

不躾で不快な視線をセレフィアに向ける男。
その失礼極まりない態度に、リリアーヌは「なっ……!」と一瞬で表情をこわばらせた。胸の奥から怒りが湧き上がり、大好きなセレフィアを侮辱されたことに言い返そうと口を開掛けた、その時だった。

「お下がりください、リリア様」

セレフィアがすっとリリアーヌの前に手を出して彼女を制した。
リリアーヌを庇うように一歩前へ出たセレフィアは、怒るどころか、どこか楽しそうにくすっと不敵な笑みを浮かべた。
そして、男を見上げるその紫の瞳に底知れない冷徹な光を宿すと、いつもより一段低く、静かで美しい魅惑的な声を響かせた。

「……さぁ? どちらだと思いますか?」
「っ……!?」

ただの煽りではない。
冷酷な軍事家の圧を孕んだ低音と、捉えどころのないミステリアスな笑み。
その圧倒的なオーラに押され、先ほどまでニヤニヤしていた男性貴族は、一瞬で顔から血の気が引き、蛇に睨まれた蛙のように後ずさった。

「ヒッ……し、失礼した……っ!」

男が蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくのを、セレフィアは鼻で小さく鳴らして見送った。
そして、隣でぽかんと口を開けていたリリアーヌへと振り返ると、先ほどの冷酷さが嘘のように、いつもの凛とした表情に戻る。

「……申し訳ありません、リリア様。不快な思いをさせてしまいました」

しかし、当のリリアーヌは不快どころではなかった。

(な、なになに今の声……っ!? 低くてすごくカッコよくて……ミステリアスで……っ!!)

心臓が壊れたのではないかと思うほど激しくドクドクと脈打ち、リリアーヌは今度こそ頭から湯気が出そうなほど真っ赤になって、その場に立ち尽くしてしまうのだった。
会場の少し離れた一角で、グラスを手にその一部始終を見守っていたアルフレッドとアルヴィーノ。

「あれは……」

不躾な貴族を一瞬で呑み込み、一切の手を出さずに退かせてみせたセレフィアの手腕に、アルフレッドは驚きで緑の瞳を大きく見開いていた。
単に武力で威圧したわけではない。
相手の油断と心理的な隙を完璧に突き、言葉一つで場を支配してみせたのだ。

「見事な立ち回りですね、兄上」

その隣で、いつもの漆黒の軍服ではなく、この日のために誂えられた気品ある王族の正装を完璧に着こなしたアルヴィーノが、静かに口を開いた。
冷徹で美しく、隙のない佇まいは会場中の貴族たちを圧倒しているが、その紫の瞳は愛娘の姿をじっと見つめている。

「無駄な争いを避けつつ、相手の不躾な態度を逆手に取って威圧する。……実に彼女らしい、無駄のない対処です」

アルヴィーノはそう呟くと、冷酷と恐れられる美しい唇の端を、ほんのわずかに押し上げた。
それは、教え子であり娘でもあるセレフィアの完璧な成長に対する、どこか誇らしげで愛おしそうな笑みだった。

「ふふ、君にそっくりだよ、アルヴィーノ。あのミステリアスな笑みも、底知れない圧の掛け方もね」

アルフレッドが苦笑いを浮かべながら肩をすくめると、アルヴィーノはグラスのフチを指先でなぞりながら、ふっと小さく鼻で鳴らした。

「私ならば、あの不躾な男の喉元に刃を突き立てて終わりですが。……あの子はリリアーヌ様の前だからこそ、あの程度の対応で収めてあげたのでしょう。ずいぶんと『甘く』なったものです」

そう言いながらも、アルヴィーノの眼差しは柔らかい。
そして、セレフィアの低音にやられて真っ赤になり、頭から湯気を吹いているリリアーヌの姿と、それを見て不思議そうに首を傾げる愛娘の姿を交互に見やりながら。

「……まあ、武術や交渉の術は完璧に仕上がっているようですが。向かいの姫君をあれほど翻弄しておきながら無自覚なあたり、やはり『そこ』だけは絶望的に不器用なままのようですがね」

アルヴィーノは呆れたように、けれど嬉しそうに呟き、静かにグラスのワインへと口をつけるのだった。
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