氷の騎士に、白百合の恋を
私室にて、セレフィアは遠征から戻ったアルヴィーノから直接指導を受けながら、難解な勉学メニューを淡々とこなしていた。
その傍らでは、ルミが甲斐甲斐しく淹れたてのお茶と焼き立てのお菓子を並べ、和やかな空気が漂っている。
そこへ、部屋の扉が勢いよく開いた。
「セレフィアさん……っ!」
息を弾ませて駆け込んできたのは、リリアーヌだった。
突然の来訪に、ペンを走らせていたセレフィアも、教鞭を執っていたアルヴィーノも、お茶を注いでいたルミも、驚きで動きを止める。
一同が見守る中、リリアーヌは真っ赤な顔でセレフィアの目の前まで進むと、意を決して叫ぶように想いを伝えた。
「リリア、気づいたの……! リリアは、セレフィアさんのことが……『恋』として好きです……っ!!」
一瞬の静寂。
あまりにも直球で純粋な告白に、ルミは感動で目を輝かせ、アルヴィーノも静かに紫の瞳を細めた。
当事者であるセレフィアは、表情一つ変えずにペンを置くと、澄んだ紫の瞳でリリアーヌを見つめ、至って淡々と答えた。
「はい。私も、リリア様のことが好きですよ」
「っ……! ほんとう……!?」
思いがけない即答に、リリアーヌの表情が一気にパッと華やいだ。
胸の奥が甘く弾け、夢ではないかと自分の耳を疑うほどの歓喜が押し寄せる。
しかし喜びも束の間だった。
セレフィアは少しの淀みもなく、ごく真面目な顔で言葉を続けた。
「ええ。あなたは我がレイストール王国の尊き王女であり、私がこの身を賭して守るべき大切な存在です。……ですから、人として、そして守護者として、心から慕っております」
「……ふぇ?」
あまりにも完璧で、あまりにも「恋愛」から遠く離れた補足説明。
歓喜に満ちていたリリアーヌの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
(ち、違う……! リリアが言いたかったのは、そういう『好き』じゃなくて……っ!)
「慕ってはいます」という凛とした言葉の裏にある、決定的なすれ違い。
一度天にまで昇ったリリアーヌの心は、一瞬で地に突き落とされ、その場にしゅん……と肩を落として落ち込んでしまった。
「……もう! セラのバカバカバカーーーっ!!」
それを見たルミが速攻でブチ切れた。
「何でそうなるのさ! リリアちゃんは『恋』って言ったでしょ!? 何でそこで『守るべき存在』とか『慕ってる』とか、堅苦しい話になっちゃうのーーーっ!!」
可憐な白いロリータ服を揺らしながら、ルミは激怒してセレフィアの肩をポカポカと叩き、ジタバタと暴れ出す。
一方、すべての元凶であるセレフィアは、「なぜ母上がこれほどお怒りなのか」が本気で分からず、紫の瞳をパチパチとさせて首を傾げるばかりだった。
そんな愛娘のあまりの不器用さと、見事なまでのすれ違いっぷりを前に、あの冷酷無比な軍師であるアルヴィーノですら、こめかみを押さえて深く息を吐き捨てた。
「……セレフィア。お前という奴は……武芸や学問の才能は恐ろしいほどだというのに、なぜそうも男女の機微には……いや、人の情緒には疎いのですか……」
己の教え子が叩き出した想定外の不器用さに、アルヴィーノは心底困惑した様子で、伴侶であるルミを抱き寄せて宥めつつ、頭を抱えるのだった。
「もう許さない……! 絶対に許さないからね!」
プンプンと鳩のように胸を膨らませたルミは、テーブルの上に並べられていたセレフィアの勉学道具を容赦なくガサガサと取り上げ、脇へ追いやった。
そして、ぽかんとしているセレフィアの腕を引っ張ってソファへと座らせると、その隣へ当然のようにアルヴィーノの腰を押し込んだ。
「……ルミ? なぜ私まで座らされているのですか。私は指導をしていただけですが」
漆黒の軍服の裾を整えながら、思いがけない巻き添えに冷酷な軍師様が困惑の表情を浮かべる。
するとルミは腰に両手を当て、仁王立ちになって二人を指差し、プリプリと怒声を飛ばした。
「アルヴィーノだって同罪! 昔、俺の気持ちにどんだけ鈍感だったか忘れたとは言わせないからね!? 血は争えないっていうか、セラのこの極度の鈍感さは絶対にアルヴィーノの遺伝だよ!」
「む……昔の話を今ここで持ち出さずとも……」
あの「慈悲なき軍師」が珍しく気まずそうに視線を泳がせ、口を噤む。
ルミは大きく鼻から息を吐くと、まだショックでしゅんと肩を落としているリリアーヌの手を優しく取り、二人と向かい合うソファへと座らせた。
「いい、セラ? それからアルヴィーノもよく聞いてね! 今からルミ先生による『恋愛講座』を開講します!」
ビシッと人差し指を立てるルミ。セレフィアは状況が呑み込めないまま、真面目に姿勢を正して「はい、母上」と頷いた。
「まずね、リリアちゃんが言った『恋として好き』っていうのはね!『国王の娘だから守る』とか『守護者として慕う』とか、そういう政治的でカッコいいやつじゃないの!」
ルミは身振り手振りを交えながら、必死に熱弁を振るう。
「『特別な一人になりたい』とか!『手を繋ぐだけで胸がドキドキする』とか!『他の誰かと仲良くしてたらちょっと嫉妬しちゃう』とか!そういう、たった一人に向けられる甘くて特別な感情のことなんだよ!」
真剣な表情でルミの解説を聞いていたセレフィアは、澄んだ紫の瞳をパチクリとさせた。
「……たった一人に向けられる、特別な感情……」
「そう! セラにとって、リリアちゃんは『守るべき大勢の中の一人』なの? それとも『世界でたった一人の特別な存在』なの!? どっちなのさ!」
ルミの追求に、セレフィアは隣のアルヴィーノへチラリと視線を送った。
だが、アルヴィーノは腕を組み、「……自力で解を導き出しなさい」とばかりに気まずそうに目を逸らすだけだった。
向かい側では、熟したリンゴのように顔を赤くしたリリアーヌが、期待と不安の混ざった眼差しで、じっとセレフィアの回答を待っている。
ルミによる熱血指導のもと、冷徹で完璧な少女の頭脳が、人生で初めて「恋」という難解すぎる問題と真っ向から向き合い始めるのだった。
その傍らでは、ルミが甲斐甲斐しく淹れたてのお茶と焼き立てのお菓子を並べ、和やかな空気が漂っている。
そこへ、部屋の扉が勢いよく開いた。
「セレフィアさん……っ!」
息を弾ませて駆け込んできたのは、リリアーヌだった。
突然の来訪に、ペンを走らせていたセレフィアも、教鞭を執っていたアルヴィーノも、お茶を注いでいたルミも、驚きで動きを止める。
一同が見守る中、リリアーヌは真っ赤な顔でセレフィアの目の前まで進むと、意を決して叫ぶように想いを伝えた。
「リリア、気づいたの……! リリアは、セレフィアさんのことが……『恋』として好きです……っ!!」
一瞬の静寂。
あまりにも直球で純粋な告白に、ルミは感動で目を輝かせ、アルヴィーノも静かに紫の瞳を細めた。
当事者であるセレフィアは、表情一つ変えずにペンを置くと、澄んだ紫の瞳でリリアーヌを見つめ、至って淡々と答えた。
「はい。私も、リリア様のことが好きですよ」
「っ……! ほんとう……!?」
思いがけない即答に、リリアーヌの表情が一気にパッと華やいだ。
胸の奥が甘く弾け、夢ではないかと自分の耳を疑うほどの歓喜が押し寄せる。
しかし喜びも束の間だった。
セレフィアは少しの淀みもなく、ごく真面目な顔で言葉を続けた。
「ええ。あなたは我がレイストール王国の尊き王女であり、私がこの身を賭して守るべき大切な存在です。……ですから、人として、そして守護者として、心から慕っております」
「……ふぇ?」
あまりにも完璧で、あまりにも「恋愛」から遠く離れた補足説明。
歓喜に満ちていたリリアーヌの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
(ち、違う……! リリアが言いたかったのは、そういう『好き』じゃなくて……っ!)
「慕ってはいます」という凛とした言葉の裏にある、決定的なすれ違い。
一度天にまで昇ったリリアーヌの心は、一瞬で地に突き落とされ、その場にしゅん……と肩を落として落ち込んでしまった。
「……もう! セラのバカバカバカーーーっ!!」
それを見たルミが速攻でブチ切れた。
「何でそうなるのさ! リリアちゃんは『恋』って言ったでしょ!? 何でそこで『守るべき存在』とか『慕ってる』とか、堅苦しい話になっちゃうのーーーっ!!」
可憐な白いロリータ服を揺らしながら、ルミは激怒してセレフィアの肩をポカポカと叩き、ジタバタと暴れ出す。
一方、すべての元凶であるセレフィアは、「なぜ母上がこれほどお怒りなのか」が本気で分からず、紫の瞳をパチパチとさせて首を傾げるばかりだった。
そんな愛娘のあまりの不器用さと、見事なまでのすれ違いっぷりを前に、あの冷酷無比な軍師であるアルヴィーノですら、こめかみを押さえて深く息を吐き捨てた。
「……セレフィア。お前という奴は……武芸や学問の才能は恐ろしいほどだというのに、なぜそうも男女の機微には……いや、人の情緒には疎いのですか……」
己の教え子が叩き出した想定外の不器用さに、アルヴィーノは心底困惑した様子で、伴侶であるルミを抱き寄せて宥めつつ、頭を抱えるのだった。
「もう許さない……! 絶対に許さないからね!」
プンプンと鳩のように胸を膨らませたルミは、テーブルの上に並べられていたセレフィアの勉学道具を容赦なくガサガサと取り上げ、脇へ追いやった。
そして、ぽかんとしているセレフィアの腕を引っ張ってソファへと座らせると、その隣へ当然のようにアルヴィーノの腰を押し込んだ。
「……ルミ? なぜ私まで座らされているのですか。私は指導をしていただけですが」
漆黒の軍服の裾を整えながら、思いがけない巻き添えに冷酷な軍師様が困惑の表情を浮かべる。
するとルミは腰に両手を当て、仁王立ちになって二人を指差し、プリプリと怒声を飛ばした。
「アルヴィーノだって同罪! 昔、俺の気持ちにどんだけ鈍感だったか忘れたとは言わせないからね!? 血は争えないっていうか、セラのこの極度の鈍感さは絶対にアルヴィーノの遺伝だよ!」
「む……昔の話を今ここで持ち出さずとも……」
あの「慈悲なき軍師」が珍しく気まずそうに視線を泳がせ、口を噤む。
ルミは大きく鼻から息を吐くと、まだショックでしゅんと肩を落としているリリアーヌの手を優しく取り、二人と向かい合うソファへと座らせた。
「いい、セラ? それからアルヴィーノもよく聞いてね! 今からルミ先生による『恋愛講座』を開講します!」
ビシッと人差し指を立てるルミ。セレフィアは状況が呑み込めないまま、真面目に姿勢を正して「はい、母上」と頷いた。
「まずね、リリアちゃんが言った『恋として好き』っていうのはね!『国王の娘だから守る』とか『守護者として慕う』とか、そういう政治的でカッコいいやつじゃないの!」
ルミは身振り手振りを交えながら、必死に熱弁を振るう。
「『特別な一人になりたい』とか!『手を繋ぐだけで胸がドキドキする』とか!『他の誰かと仲良くしてたらちょっと嫉妬しちゃう』とか!そういう、たった一人に向けられる甘くて特別な感情のことなんだよ!」
真剣な表情でルミの解説を聞いていたセレフィアは、澄んだ紫の瞳をパチクリとさせた。
「……たった一人に向けられる、特別な感情……」
「そう! セラにとって、リリアちゃんは『守るべき大勢の中の一人』なの? それとも『世界でたった一人の特別な存在』なの!? どっちなのさ!」
ルミの追求に、セレフィアは隣のアルヴィーノへチラリと視線を送った。
だが、アルヴィーノは腕を組み、「……自力で解を導き出しなさい」とばかりに気まずそうに目を逸らすだけだった。
向かい側では、熟したリンゴのように顔を赤くしたリリアーヌが、期待と不安の混ざった眼差しで、じっとセレフィアの回答を待っている。
ルミによる熱血指導のもと、冷徹で完璧な少女の頭脳が、人生で初めて「恋」という難解すぎる問題と真っ向から向き合い始めるのだった。