氷の騎士に、白百合の恋を
そうして、すれ違いを繰り返す二人。
ある日の午後、すっかりお馴染みとなった二人の「すれ違い報告」を聞いていたルミの我慢は、ついに限界を迎えていた。
「もうっ!! セラのバカ! 鈍感! なんでそんなに明後日の方向に行っちゃうのさーっ!!」
テーブルをドンと叩き、ルミは立ち上がってプンプンと頬を膨らませた。
そして、私室で大人しくお茶を飲んでいたセレフィアの目の前に身を乗り出すと、ズバッと本心を問い詰めた。
「セラはさ! リリアちゃんのこと、一体どう思ってるの!? 教えてよ!」
「……っ!?」
突然の母の怒りと問いかけに、さしものセレフィアも驚きで紫の瞳を丸くした。
いつも温かく自分を受け入れてくれるルミが、珍しく本気でジタバタと怒っている。
戦術にも武術にもない「母上の突発的なお怒り」に対し、セレフィアは背筋をぴしりと伸ばし、持ち前の真面目さで最短かつ正確な回答を口にした。
「……リリア様は、国王アルフレッド陛下の御令嬢であり、我がレイストール王国の尊き王女様です。……そして私にとっては、この身を賭してでも『守るべき対象』の一人であり、かけがえのない大切な方です」
一切の迷いがない、完璧で真摯な回答。
だが、ルミが求めていた答えとは、天と地ほどに乖離していた。
「ちーがーうー!! 違うのーーっ!! そういう政治的でカッコいいやつじゃなくてーっ!!」
「母上……!?」
思い描いていた甘い答えと真逆の「完璧すぎる軍人的回答」が返ってきたことで、ルミは頭を抱えて「うがーっ!」と暴れ出した。
可憐な白のロリータ服を揺らしながらジタバタと暴れる姿は、どこからどう見ても子供の癇癪そのものである。
その時、パタンと静かに部屋のドアが開き、漆黒の軍事服を纏った男が足を踏み入れてきた。
「ただいま戻りました、ルミ、セレフィア」
長旅の疲れを一切見せない冷徹で凛とした佇まい。遠征から帰還したアルヴィーノだった。
部屋に入ってくるやいなや、暴れていたルミは「アルヴィーノーーっ!」と泣きつくように飛びついた。アルヴィーノは当然のようにそれを受け止め、すっと腕の中に抱き寄せる。
ルミの頭を優しく撫で、その腰に手を回して安心させるように抱きしめた。
「どうした、ルミ。そう取り乱して」
「アルヴィーノぉ……! セラがね、セラがすっごく鈍感で……っ!」
ルミがアルヴィーノの胸に顔をうずめてグチグチと訴える様子を、アルヴィーノは澄んだ紫の瞳で静かに見つめていた。
そして、腕の中の伴侶を宥めるように背中をぽんぽんと叩きながら、対面に座る愛娘へと視線を向けた。
「……なるほど。父の教えを忠実に守り、武芸や学問には苛烈なまでの才能を発揮するお前ですが……」
アルヴィーノは冷酷と称される美しい唇の端を、ほんのわずかにだけ持ち上げた。
それは実の娘に対する、どこかわずかな可笑しさを孕んだ眼差しだった。
「……存外、そういうことには鈍い(にぶい)のですね、セレフィア」
「……っ」
師であり「父上」であるアルヴィーノからの思わぬ指摘に、セレフィアは絶句した。
全属性の魔法を操り、禁術すら完璧にこなす自分。
父からの過酷な修練もすべて乗り越えてきたはずの自分が、「鈍い」と断じられたのだ。
「父上……私は、何か致命的な見落としをしておりますでしょうか」
真剣な顔で教えを乞うように尋ねるセレフィア。
しかしアルヴィーノはそれ以上は答えず、ただ腕の中のルミを愛おしそうに抱き締め直すと、静かに紅茶のカップへと手を伸ばすのだった。
一方、リリアーヌは自室で図書室から借りてきた様々な本、主に恋愛小説や感情に関する詩集などを夢中で読み漁っていた。
ページを捲り、物語の中で語られる「胸の痛み」「相手を思うと鼓動が早くなる感覚」「相手の特別な一人になりたいという望み」という描写を目にするたび、リリアーヌの心は激しく揺さぶられた。
(これは……やっぱり病気なんかじゃない。リリアは……リリアは、セレフィアさんのことが……『恋』……?)
ついに自分の胸の奥にある感情の正体を知り、顔を真っ赤に染めるリリアーヌ。
しかし、その甘い喜びに浸ったのも束の間、ふと頭をよぎった現実にハッと息を呑んだ。
(でも……リリアは女の子で、セレフィアさんも女の子……。女の子が女の子を好きになるなんて、私……どこかおかしいのでしょうか……?)
これまで修道院や王宮で教わってきた常識や物語の配役を思い返し、急に大きな不安が胸を締め付ける。
胸の鼓動は先ほどとは違う、冷たい恐怖と戸惑いで高鳴り始めた。
そんな中、部屋の扉が静かにノックされ、兄のレオが入ってきた。
「失礼しますよ、リリアーヌ。少し様子を見に来たのですが……おや、浮かないお顔ですね」
常に崩さない丁寧な敬語と優雅な微笑みを浮かべたレオは、妹の暗い表情に気づき、静かに歩み寄ってきた。
リリアーヌは縋るような眼差しで兄を見上げ、震える声で小さな問いを投げかけた。
「レオ兄様……。あのね、リリア……おかしいのでしょうか……? 女の子なのに……同じ女の子のことが、そんな風に好きになっちゃうなんて……」
ぽろぽろと零れ落ちそうな涙を必死に堪えながら尋ねる妹の姿に、レオは新緑の瞳を細め、穏やかに首を振った。
「おかしくなど、あるはずがありませんよ」
レオは静かにリリアーヌの目線に合わせてかがむと、どこか懐かしむような、澄んだ笑みを浮かべた。
「貴方が気に病む必要は一切ありません。……良い機会ですので明かしますが、私も今の婚約者であるリリィを深く愛する前、それこそ以前はルミにぃのことを……そういった『恋愛』の意味で好きだったことがあるのですよ?」
「えっ……!? レオ兄様が……ルミお兄ちゃんを……!?」
思いもよらない告白に、リリアーヌは涙も引っ込んで驚きで目を見開いた。
レオは優しく微笑んだまま、静かに言葉を重ねる。
「ええ。結末としては見事に振られて意気消沈していたところ、今の愛しいリリィと巡り逢えたわけですが……誰かを愛おしく思う気持ちに、性別など関係ありません。現に、叔父上とルミにぃだって男同士ですが、お互いを深く愛し合い、伴侶となっておられるでしょう?」
「あっ……!」
言われてみれば、父上の弟であるアルヴィーノと、大好きなルミは男同士でありながら、誰もが羨むほど深い絆と愛情で結ばれている。
「好きになるお相手が男の方であろうと女の方であろうと、貴方が誰かを愛おしく想うその心は、何一つ間違っていませんし、おかしくもありません。……自信を持ちなさい、リリアーヌ」
レオの温かく力強い言葉に、リリアーヌの胸に広がっていた不安の雲が一気に晴れ渡っていった。
「レオ兄様……ありがとうございます……っ!」
「ふふ、どういたしまして。……さあ、自分の気持ちに胸を張って、貴方の特別な人に会いに行ってご覧なさい」
優しく頭を撫でてくれる兄に大きく頷き、リリアーヌは今度こそ迷いのない澄んだ表情で、自分の大好きな「彼女」のもとへ向かうべく立ち上がるのだった。
ある日の午後、すっかりお馴染みとなった二人の「すれ違い報告」を聞いていたルミの我慢は、ついに限界を迎えていた。
「もうっ!! セラのバカ! 鈍感! なんでそんなに明後日の方向に行っちゃうのさーっ!!」
テーブルをドンと叩き、ルミは立ち上がってプンプンと頬を膨らませた。
そして、私室で大人しくお茶を飲んでいたセレフィアの目の前に身を乗り出すと、ズバッと本心を問い詰めた。
「セラはさ! リリアちゃんのこと、一体どう思ってるの!? 教えてよ!」
「……っ!?」
突然の母の怒りと問いかけに、さしものセレフィアも驚きで紫の瞳を丸くした。
いつも温かく自分を受け入れてくれるルミが、珍しく本気でジタバタと怒っている。
戦術にも武術にもない「母上の突発的なお怒り」に対し、セレフィアは背筋をぴしりと伸ばし、持ち前の真面目さで最短かつ正確な回答を口にした。
「……リリア様は、国王アルフレッド陛下の御令嬢であり、我がレイストール王国の尊き王女様です。……そして私にとっては、この身を賭してでも『守るべき対象』の一人であり、かけがえのない大切な方です」
一切の迷いがない、完璧で真摯な回答。
だが、ルミが求めていた答えとは、天と地ほどに乖離していた。
「ちーがーうー!! 違うのーーっ!! そういう政治的でカッコいいやつじゃなくてーっ!!」
「母上……!?」
思い描いていた甘い答えと真逆の「完璧すぎる軍人的回答」が返ってきたことで、ルミは頭を抱えて「うがーっ!」と暴れ出した。
可憐な白のロリータ服を揺らしながらジタバタと暴れる姿は、どこからどう見ても子供の癇癪そのものである。
その時、パタンと静かに部屋のドアが開き、漆黒の軍事服を纏った男が足を踏み入れてきた。
「ただいま戻りました、ルミ、セレフィア」
長旅の疲れを一切見せない冷徹で凛とした佇まい。遠征から帰還したアルヴィーノだった。
部屋に入ってくるやいなや、暴れていたルミは「アルヴィーノーーっ!」と泣きつくように飛びついた。アルヴィーノは当然のようにそれを受け止め、すっと腕の中に抱き寄せる。
ルミの頭を優しく撫で、その腰に手を回して安心させるように抱きしめた。
「どうした、ルミ。そう取り乱して」
「アルヴィーノぉ……! セラがね、セラがすっごく鈍感で……っ!」
ルミがアルヴィーノの胸に顔をうずめてグチグチと訴える様子を、アルヴィーノは澄んだ紫の瞳で静かに見つめていた。
そして、腕の中の伴侶を宥めるように背中をぽんぽんと叩きながら、対面に座る愛娘へと視線を向けた。
「……なるほど。父の教えを忠実に守り、武芸や学問には苛烈なまでの才能を発揮するお前ですが……」
アルヴィーノは冷酷と称される美しい唇の端を、ほんのわずかにだけ持ち上げた。
それは実の娘に対する、どこかわずかな可笑しさを孕んだ眼差しだった。
「……存外、そういうことには鈍い(にぶい)のですね、セレフィア」
「……っ」
師であり「父上」であるアルヴィーノからの思わぬ指摘に、セレフィアは絶句した。
全属性の魔法を操り、禁術すら完璧にこなす自分。
父からの過酷な修練もすべて乗り越えてきたはずの自分が、「鈍い」と断じられたのだ。
「父上……私は、何か致命的な見落としをしておりますでしょうか」
真剣な顔で教えを乞うように尋ねるセレフィア。
しかしアルヴィーノはそれ以上は答えず、ただ腕の中のルミを愛おしそうに抱き締め直すと、静かに紅茶のカップへと手を伸ばすのだった。
一方、リリアーヌは自室で図書室から借りてきた様々な本、主に恋愛小説や感情に関する詩集などを夢中で読み漁っていた。
ページを捲り、物語の中で語られる「胸の痛み」「相手を思うと鼓動が早くなる感覚」「相手の特別な一人になりたいという望み」という描写を目にするたび、リリアーヌの心は激しく揺さぶられた。
(これは……やっぱり病気なんかじゃない。リリアは……リリアは、セレフィアさんのことが……『恋』……?)
ついに自分の胸の奥にある感情の正体を知り、顔を真っ赤に染めるリリアーヌ。
しかし、その甘い喜びに浸ったのも束の間、ふと頭をよぎった現実にハッと息を呑んだ。
(でも……リリアは女の子で、セレフィアさんも女の子……。女の子が女の子を好きになるなんて、私……どこかおかしいのでしょうか……?)
これまで修道院や王宮で教わってきた常識や物語の配役を思い返し、急に大きな不安が胸を締め付ける。
胸の鼓動は先ほどとは違う、冷たい恐怖と戸惑いで高鳴り始めた。
そんな中、部屋の扉が静かにノックされ、兄のレオが入ってきた。
「失礼しますよ、リリアーヌ。少し様子を見に来たのですが……おや、浮かないお顔ですね」
常に崩さない丁寧な敬語と優雅な微笑みを浮かべたレオは、妹の暗い表情に気づき、静かに歩み寄ってきた。
リリアーヌは縋るような眼差しで兄を見上げ、震える声で小さな問いを投げかけた。
「レオ兄様……。あのね、リリア……おかしいのでしょうか……? 女の子なのに……同じ女の子のことが、そんな風に好きになっちゃうなんて……」
ぽろぽろと零れ落ちそうな涙を必死に堪えながら尋ねる妹の姿に、レオは新緑の瞳を細め、穏やかに首を振った。
「おかしくなど、あるはずがありませんよ」
レオは静かにリリアーヌの目線に合わせてかがむと、どこか懐かしむような、澄んだ笑みを浮かべた。
「貴方が気に病む必要は一切ありません。……良い機会ですので明かしますが、私も今の婚約者であるリリィを深く愛する前、それこそ以前はルミにぃのことを……そういった『恋愛』の意味で好きだったことがあるのですよ?」
「えっ……!? レオ兄様が……ルミお兄ちゃんを……!?」
思いもよらない告白に、リリアーヌは涙も引っ込んで驚きで目を見開いた。
レオは優しく微笑んだまま、静かに言葉を重ねる。
「ええ。結末としては見事に振られて意気消沈していたところ、今の愛しいリリィと巡り逢えたわけですが……誰かを愛おしく思う気持ちに、性別など関係ありません。現に、叔父上とルミにぃだって男同士ですが、お互いを深く愛し合い、伴侶となっておられるでしょう?」
「あっ……!」
言われてみれば、父上の弟であるアルヴィーノと、大好きなルミは男同士でありながら、誰もが羨むほど深い絆と愛情で結ばれている。
「好きになるお相手が男の方であろうと女の方であろうと、貴方が誰かを愛おしく想うその心は、何一つ間違っていませんし、おかしくもありません。……自信を持ちなさい、リリアーヌ」
レオの温かく力強い言葉に、リリアーヌの胸に広がっていた不安の雲が一気に晴れ渡っていった。
「レオ兄様……ありがとうございます……っ!」
「ふふ、どういたしまして。……さあ、自分の気持ちに胸を張って、貴方の特別な人に会いに行ってご覧なさい」
優しく頭を撫でてくれる兄に大きく頷き、リリアーヌは今度こそ迷いのない澄んだ表情で、自分の大好きな「彼女」のもとへ向かうべく立ち上がるのだった。