氷の騎士に、白百合の恋を
王城の静かな庭園で、リリアーヌは小さく息を吐きながらベンチに腰掛けていた。
左手の小指には、先日の街へのお出かけで買ってもらったピンクゴールドの指輪が輝いている。
陽光を反射してキラリと光る宝石を撫でながら、彼女の頭に浮かぶのは、いつも一人の少女の姿だった。
「セレフィアさん……」
口の中でその名前をつぶやくだけで、胸の奥がキュッと締め付けられるような、むず痒いような不思議な感覚に襲われる。
あの日、頭に虫が止まってパニックになりかけていた自分を、何事もないように助けてくれた冷たさと優しさ。
そして指輪を嵌めたときに魅せてくれた、あの儚くて綺麗な微笑み。
(リリア、どうしちゃったんだろう……)
自分の胸に手を当てると、トクン、トクンと普段より少し早い鼓動が伝わってくる。
熱病にでもかかったのかもしのかと首を傾げていると、不意に背後から足音が近づいてきた。
足音に無駄がない。
足裏が芝生を撫でるかすかな音だけで、リリアーヌは誰が来たのかすぐに分かった。
「……リリアーヌ様」
振り返ると、そこには水色の長い髪を風になびかせたセレフィアが立っていた。
相変わらず隙のない凛々しい立ち姿で、澄んだ紫の瞳が真っ直ぐにリリアーヌを見つめている。
胸元にはきっちりと晒が巻かれ、ルミが好みそうなドレスではなく、自ら好む軍装に身を包んでいた。
「セレフィアさん! 鍛錬、もう終わったのですか?」
パッと表情を明るくして立ち上がるリリアーヌ。
だが、セレフィアがすっと距離を詰めてくると、とたんに心臓が跳ね上がった。
「はい。父上との組手が一段落したため、様子を見に。……体調でも悪いのですか? 顔が赤いですが」
そう言って、セレフィアはリリアーヌの顔を覗き込んできた。
近すぎる。
セレフィアの持つ、冷んやりとした氷の魔力がかすかに空気を揺らし、心地よい冷気がリリアーヌの肌を撫でる。
それなのに、リリアーヌの顔はさらに熱くなっていくばかりだった。
「あ、えっと……違います! 体調は、悪くなくて……っ」
「そうですか。なら良いのですが」
セレフィアはほんの少しだけ安心したように目を細めると、リリアーヌの視線に気づいたのか、自分の左手小指に視線を落とした。
そこには、リリアーヌとおそろいのピンクゴールドの指輪が嵌められている。
「これ……大切にしています」
セレフィアは指輪をそっと撫でながら、リリアーヌに視線を戻した。
そして、あの日と同じように、ほんのわずかだけ唇の端を上げて、小さく微笑んだ。
普段は感情表現が乏しく、凛として冷徹な印象を与える彼女が、自分にだけ見せてくれる柔らかい表情。
ドキン、と胸の中で大きな音が鳴った。
「あっ……」
声にならない声を漏らし、リリアーヌは慌てて両手で自分の頬を押さえた。
顔が火照って熟した果実のように赤くなっているのが自分でも分かる。
(な、なんで……っ!? どうしてセレフィアさんと目が合うだけで、こんなに胸が苦しくなるの……!?)
「リリアーヌ様?」
急に顔を真っ赤にして固まってしまったリリアーヌを心配し、セレフィアがさらに一歩踏み込んで顔を覗き込んでくる。
セレフィア自身はただ相手を気遣っているだけで、自分がどれほど相手を翻弄しているかなど微塵も自覚がない。
その無自覚な距離の近さが、余計にリリアーヌの心を乱していく。
「だ、大丈夫です! リリア、なんでもありませんから!」
パニックになったリリアーヌは、感情が高ぶって一人称が『リリア』に戻ってしまい、そのまま小さく後ずさった。
「本当に……?」
「ほんとうです! ちょっと、風に当たりたくなっただけで……! その、また後でお話ししましょうね!」
セレフィアの綺麗すぎる紫の瞳から逃げるように、リリアーヌはスカートの裾をぎゅっと掴むと、そのままパタパタと走り去ってしまった。
一人庭園に取り残されたセレフィアは、首を小さくかしげた。
「……何か、気に触ることを言っただろうか」
一方、自室に駆け込んだリリアーヌは、ベッドに飛び込んで枕に顔をうずめていた。
「うぅ……胸がドキドキして、破裂しそうだった……」
バタバタと足をバタつかせながら、左手の指輪を見つめる。
セレフィアのかっこよさ、優しさ、そして時折見せる綺麗な笑顔。
それを思い出すだけで、顔から火が出そうになる。まだこれが『恋』という感情だと気づいていない元修道女見習いの王女様は、未知のときめきに頭を悩ませるのだった。
左手の小指には、先日の街へのお出かけで買ってもらったピンクゴールドの指輪が輝いている。
陽光を反射してキラリと光る宝石を撫でながら、彼女の頭に浮かぶのは、いつも一人の少女の姿だった。
「セレフィアさん……」
口の中でその名前をつぶやくだけで、胸の奥がキュッと締め付けられるような、むず痒いような不思議な感覚に襲われる。
あの日、頭に虫が止まってパニックになりかけていた自分を、何事もないように助けてくれた冷たさと優しさ。
そして指輪を嵌めたときに魅せてくれた、あの儚くて綺麗な微笑み。
(リリア、どうしちゃったんだろう……)
自分の胸に手を当てると、トクン、トクンと普段より少し早い鼓動が伝わってくる。
熱病にでもかかったのかもしのかと首を傾げていると、不意に背後から足音が近づいてきた。
足音に無駄がない。
足裏が芝生を撫でるかすかな音だけで、リリアーヌは誰が来たのかすぐに分かった。
「……リリアーヌ様」
振り返ると、そこには水色の長い髪を風になびかせたセレフィアが立っていた。
相変わらず隙のない凛々しい立ち姿で、澄んだ紫の瞳が真っ直ぐにリリアーヌを見つめている。
胸元にはきっちりと晒が巻かれ、ルミが好みそうなドレスではなく、自ら好む軍装に身を包んでいた。
「セレフィアさん! 鍛錬、もう終わったのですか?」
パッと表情を明るくして立ち上がるリリアーヌ。
だが、セレフィアがすっと距離を詰めてくると、とたんに心臓が跳ね上がった。
「はい。父上との組手が一段落したため、様子を見に。……体調でも悪いのですか? 顔が赤いですが」
そう言って、セレフィアはリリアーヌの顔を覗き込んできた。
近すぎる。
セレフィアの持つ、冷んやりとした氷の魔力がかすかに空気を揺らし、心地よい冷気がリリアーヌの肌を撫でる。
それなのに、リリアーヌの顔はさらに熱くなっていくばかりだった。
「あ、えっと……違います! 体調は、悪くなくて……っ」
「そうですか。なら良いのですが」
セレフィアはほんの少しだけ安心したように目を細めると、リリアーヌの視線に気づいたのか、自分の左手小指に視線を落とした。
そこには、リリアーヌとおそろいのピンクゴールドの指輪が嵌められている。
「これ……大切にしています」
セレフィアは指輪をそっと撫でながら、リリアーヌに視線を戻した。
そして、あの日と同じように、ほんのわずかだけ唇の端を上げて、小さく微笑んだ。
普段は感情表現が乏しく、凛として冷徹な印象を与える彼女が、自分にだけ見せてくれる柔らかい表情。
ドキン、と胸の中で大きな音が鳴った。
「あっ……」
声にならない声を漏らし、リリアーヌは慌てて両手で自分の頬を押さえた。
顔が火照って熟した果実のように赤くなっているのが自分でも分かる。
(な、なんで……っ!? どうしてセレフィアさんと目が合うだけで、こんなに胸が苦しくなるの……!?)
「リリアーヌ様?」
急に顔を真っ赤にして固まってしまったリリアーヌを心配し、セレフィアがさらに一歩踏み込んで顔を覗き込んでくる。
セレフィア自身はただ相手を気遣っているだけで、自分がどれほど相手を翻弄しているかなど微塵も自覚がない。
その無自覚な距離の近さが、余計にリリアーヌの心を乱していく。
「だ、大丈夫です! リリア、なんでもありませんから!」
パニックになったリリアーヌは、感情が高ぶって一人称が『リリア』に戻ってしまい、そのまま小さく後ずさった。
「本当に……?」
「ほんとうです! ちょっと、風に当たりたくなっただけで……! その、また後でお話ししましょうね!」
セレフィアの綺麗すぎる紫の瞳から逃げるように、リリアーヌはスカートの裾をぎゅっと掴むと、そのままパタパタと走り去ってしまった。
一人庭園に取り残されたセレフィアは、首を小さくかしげた。
「……何か、気に触ることを言っただろうか」
一方、自室に駆け込んだリリアーヌは、ベッドに飛び込んで枕に顔をうずめていた。
「うぅ……胸がドキドキして、破裂しそうだった……」
バタバタと足をバタつかせながら、左手の指輪を見つめる。
セレフィアのかっこよさ、優しさ、そして時折見せる綺麗な笑顔。
それを思い出すだけで、顔から火が出そうになる。まだこれが『恋』という感情だと気づいていない元修道女見習いの王女様は、未知のときめきに頭を悩ませるのだった。