氷の騎士に、白百合の恋を

黒雲が低く立ち込め、果てしない硝煙が満ちる戦場。
防衛陣地の幕舎において、アルヴィーノ・レイストールは冷ややかな紫の瞳で地図を見下ろしていた。
全軍の指揮を執る彼の周りには、緊迫した空気が張り詰めている。そこへ息を切らした伝令兵が駆け込み、床に膝をついた。

「報告いたします! 先鋒部隊が壊滅いたしました!」
「何……?」

アルヴィーノは静かに眉をひそめた。自らが配置した先鋒部隊は、少数とはいえ十分に錬度の高い兵で構成されている。
それを容易に打ち破る存在など、敵軍の主力を差し向けてこない限り不可能なはずであった。

誰の手によるものか。
胸中に掠めたわずかな疑問を確かめるべく、アルヴィーノは側に控える側近へ淡々と命を下した。

「精鋭部隊を現場へ向かわせろ。原因を突き止め、生き残りがいるならば捕縛しなさい」

言いつけを受けた精鋭たちが直ちに現地へ立ち飛び、やがて戻ってきた者たちが連れていたのは、思いもよらぬ者であった。

血煙がくすぶる戦場の大地で捕らえられたのは、まだ幼さの残る小さな子供だった。
水色の長髪を乱し、返り血を浴びながらも、その紫の瞳には一切の揺らぎがない。
己の体を数倍上回る兵たちを返り討ちにしたとは思えぬほど小柄な体躯でありながら、その佇まいは不気味なほど冷徹であった。

精鋭たちの拘束を前にしても、暴れることすら破棄し、ただ合理的に情勢を観察している。
感情を一切殺し、生存のための判断を下すその眼差しに、アルヴィーノは興味深そうに目を細めた。

「兵を屠ったのは、この子供か」
「はっ。現地に他の敵影はなく、この者が一人で叩き伏せたものと推測されます」

アルヴィーノは歩み寄り、冷ややかな視線を眼下の子供へと向けた。

「我が兵を単身で破るとはな。……お前の名は何という」

問われた子供は、底知れぬ紫の瞳で静かにアルヴィーノを見返し、感情の失われた声で短く応じた。

「……名前など、ありません」

過剰な抵抗も命乞いもしないその姿に、アルヴィーノは心の中で静かに頷いた。
己の駒として、あるいはそれ以上の存在として、生かしておく価値があると判断するには十分であった。

「そうか。ならば、私と共に来い」

戦火の只中で出会った名もなき戦災孤児を、アルヴィーノは自らの冷徹な判断のもと、公邸へと連れ帰ることに決めたのだった。
1/41ページ
スキ