【新婚旅行編】二人だけの旅路に、世界で一番甘い口づけを
北の直轄領に到着してから、数日が瞬く間に過ぎていった。
王家直轄領の冬は厳しく、屋敷の外には冷え冷えとした銀世界が広がっている。
けれど、一歩室内に戻れば、暖炉の薪が爆ぜる音と、お互いの体温だけがそこにあった。
アルヴィーノには、軍師としての最低限の任務がある。
午前中は現地の将官たちを前に、漆黒の軍服を隙なく纏い、切れ長の紫の瞳で冷徹に演習の進捗を指揮していた。
使えない部下を冷酷に見切る「慈悲なき軍師」の姿は相変わらずで、現地の兵たちは彼の一言ひとことに怯え、震え上がっている。
けれど、午後になって執務室の重い扉を閉め、二人きりになった瞬間に、その凍てつくような仮面は跡形もなく融け去るのだった。
「アルヴィーノ、お疲れ様。あったかい紅茶、淹れたよ」
水色の長い髪を揺らしながら、白いロリータ服を着たルミが、嬉しそうに湯気の立つカップを机に置く。
完璧な従者としての動きではあるものの、その表情は王都にいた頃のような緊張感から完全に解き放たれ、無邪気な笑顔が咲いていた。
「ありがとうございます、ルミ。お前が淹れてくれるお茶が、一番心が落ち着きます」
アルヴィーノは軍服の襟元を緩めると、ルミの細い手首を優しく掴み、そのまま自分の膝の上へと引き寄せた。
「わっ……!? もう、アルヴィーノ、急に引っ張ったら危ないよ」
ルミは驚いて水色の瞳を丸くしたが、拒むことなくアルヴィーノの胸に身体を預ける。
ここ数日で、敬称をつけずに「アルヴィーノ」と呼ぶことにも少しずつ慣れてきており、名前を呼ぶたびに頬をほんのり桜色に染める姿が、たまらなく愛らしかった。
アルヴィーノはルミの腰に腕を回し、その白い外套の隙間から覗く細い首筋に顔を埋める。
「午前中の退屈な会議も、こうしてお前を抱きしめる時間を思えば、いくらでも耐えられます。王都にいた頃の、あの煩わしい釣書の山に比べれば、今の暮らしは天国のようなものだ」
「ふふ、お兄様が王都で頑張ってくれてるおかげだね」
ルミはアルヴィーノの癖のある紫の髪にそっと触れ、優しく 撫でた。
王都では、いつ誰に見られているか分からない恐怖から、常に張り詰めていなければならなかった。
けれどここでは、廊下ですれ違う時に一瞬だけ指先を絡めることも、誰も来ない執務室でこうして抱きしめ合うことも許されている。
何もない、けれど絶対的に平和で、お互いを【伴侶】としてただ愛し合える日常。
ルミはアルヴィーノの胸に顔をすり寄せながら、ふと思ったことを口にした。
「ねぇ、アルヴィーノ。……なんだか俺たち、本当の『しんこんさん』みたいだね」
「新婚、ですか」
「うん。朝、アルヴィーノがお仕事に行くのを見送って、お部屋を片付けて、こうやって帰ってきたら一緒にお茶を飲んで……。王都にいた時は、ずっと隠れてなきゃいけないって不安だったけど、今はお料理を作ったり、お洗濯を考えたりするのが、すごく楽しいんだ」
そう言って、ルミは少し照れくさそうに微笑んだ。
研究所で心を閉ざしていたかつての少年が、今では一人の男の帰りを待ち、家庭的な幸せに胸を躍らせている。
アルヴィーノはその言葉を噛み締めるように、ルミの額に深く口づけを落とした。切れ長の瞳に宿る熱は、どこまでも深く、狂おしいほどの愛に満ちている。
「ええ、本当にその通りですね。……気が早いかもしれませんが、二ヶ月の任期が終わった後、王都へ帰りたくなくなってしまいそうです」
「あはは、それはダメだよ。お兄様に怒られちゃう」
「兄上の小言など、私の知ったことではありませんよ」
アルヴィーノが真顔でそんな我が儘を言うので、ルミは声を立てて笑った。
窓の外では冷たい北風が吹き荒び、戦火の火種を孕んだ国境の緊張感が漂っている。
けれど、この部屋の中に流れる時間は、新婚の恋人たちのようにどこまでも甘く、誰も立ち入ることのできない二人だけの聖域そのものだった。
王家直轄領の冬は厳しく、屋敷の外には冷え冷えとした銀世界が広がっている。
けれど、一歩室内に戻れば、暖炉の薪が爆ぜる音と、お互いの体温だけがそこにあった。
アルヴィーノには、軍師としての最低限の任務がある。
午前中は現地の将官たちを前に、漆黒の軍服を隙なく纏い、切れ長の紫の瞳で冷徹に演習の進捗を指揮していた。
使えない部下を冷酷に見切る「慈悲なき軍師」の姿は相変わらずで、現地の兵たちは彼の一言ひとことに怯え、震え上がっている。
けれど、午後になって執務室の重い扉を閉め、二人きりになった瞬間に、その凍てつくような仮面は跡形もなく融け去るのだった。
「アルヴィーノ、お疲れ様。あったかい紅茶、淹れたよ」
水色の長い髪を揺らしながら、白いロリータ服を着たルミが、嬉しそうに湯気の立つカップを机に置く。
完璧な従者としての動きではあるものの、その表情は王都にいた頃のような緊張感から完全に解き放たれ、無邪気な笑顔が咲いていた。
「ありがとうございます、ルミ。お前が淹れてくれるお茶が、一番心が落ち着きます」
アルヴィーノは軍服の襟元を緩めると、ルミの細い手首を優しく掴み、そのまま自分の膝の上へと引き寄せた。
「わっ……!? もう、アルヴィーノ、急に引っ張ったら危ないよ」
ルミは驚いて水色の瞳を丸くしたが、拒むことなくアルヴィーノの胸に身体を預ける。
ここ数日で、敬称をつけずに「アルヴィーノ」と呼ぶことにも少しずつ慣れてきており、名前を呼ぶたびに頬をほんのり桜色に染める姿が、たまらなく愛らしかった。
アルヴィーノはルミの腰に腕を回し、その白い外套の隙間から覗く細い首筋に顔を埋める。
「午前中の退屈な会議も、こうしてお前を抱きしめる時間を思えば、いくらでも耐えられます。王都にいた頃の、あの煩わしい釣書の山に比べれば、今の暮らしは天国のようなものだ」
「ふふ、お兄様が王都で頑張ってくれてるおかげだね」
ルミはアルヴィーノの癖のある紫の髪にそっと触れ、優しく 撫でた。
王都では、いつ誰に見られているか分からない恐怖から、常に張り詰めていなければならなかった。
けれどここでは、廊下ですれ違う時に一瞬だけ指先を絡めることも、誰も来ない執務室でこうして抱きしめ合うことも許されている。
何もない、けれど絶対的に平和で、お互いを【伴侶】としてただ愛し合える日常。
ルミはアルヴィーノの胸に顔をすり寄せながら、ふと思ったことを口にした。
「ねぇ、アルヴィーノ。……なんだか俺たち、本当の『しんこんさん』みたいだね」
「新婚、ですか」
「うん。朝、アルヴィーノがお仕事に行くのを見送って、お部屋を片付けて、こうやって帰ってきたら一緒にお茶を飲んで……。王都にいた時は、ずっと隠れてなきゃいけないって不安だったけど、今はお料理を作ったり、お洗濯を考えたりするのが、すごく楽しいんだ」
そう言って、ルミは少し照れくさそうに微笑んだ。
研究所で心を閉ざしていたかつての少年が、今では一人の男の帰りを待ち、家庭的な幸せに胸を躍らせている。
アルヴィーノはその言葉を噛み締めるように、ルミの額に深く口づけを落とした。切れ長の瞳に宿る熱は、どこまでも深く、狂おしいほどの愛に満ちている。
「ええ、本当にその通りですね。……気が早いかもしれませんが、二ヶ月の任期が終わった後、王都へ帰りたくなくなってしまいそうです」
「あはは、それはダメだよ。お兄様に怒られちゃう」
「兄上の小言など、私の知ったことではありませんよ」
アルヴィーノが真顔でそんな我が儘を言うので、ルミは声を立てて笑った。
窓の外では冷たい北風が吹き荒び、戦火の火種を孕んだ国境の緊張感が漂っている。
けれど、この部屋の中に流れる時間は、新婚の恋人たちのようにどこまでも甘く、誰も立ち入ることのできない二人だけの聖域そのものだった。