【兄弟喧嘩編】終わらない書類に、兄弟喧嘩を

――自業自得という名の第二の地獄が幕を開けてから、さらに数日。

新王の執務室を支配していた、あの呪わしい羽ペンの音は、今や完全に途絶えていた。
窓外からは、うっすらと白み始めた夜明けの光が差し込み、荒れ果てた室内の輪郭を静かに描き出している。
机の破片、散らばった調度品の残骸、そして――そのすべてを埋め尽くすように床へ、棚へと整然と積み上げられた、何千、何万枚もの決裁済みの羊皮紙。

文字通り、すべての戦いが終わった。
王宮の崩壊に等しい大粛清の戦後処理から、自ら引き起こした北方演習広場の崩壊による緊急復興手続きまで、二人の天才はその超常的な頭脳と、残された僅かな生命力のすべてを動員して、その凶悪な質量を完全にねじ伏せたのだ。

だが、その偉業の代償として、二人の王子から「生」の気配は完全に削ぎ落とされていた。

「……ハァ」

黒檀の割れた机に、崩れ落ちるように突っ伏したのは新王アルフレッドだった。
白を基調とした王族服は汚れ、袖口はインクで黒く染まっている。
常に朗らかな笑みを絶やさず、自国民に愛されてきた「王子様」の面影はそこにはない。
碧眼の瞼は重く閉じられ、浅く、疲れ切った呼吸だけがその胸元を微かに動かしていた。

(二度と……二度と、あいつに代理国王など任せるものか……。二度と、あの魔王を怒らせるような真似は……)

脳裏を過る最後の思考は、あまりにも深い後悔に塗れていた。
王としての威厳も、兄としての意地も、すべてを燃やし尽くした果ての、泥のような眠りだった。

一方、室内の豪奢な長ソファには、第二王子アルヴィーノが倒れ込んでいた。
漆黒の軍服は裂け、細く切れ長の深い紫色の瞳は完全に閉じられている。
普段の傲然とした佇まいは消え失せ、長い腕を力なく投げ出したその姿は、まるで戦場で力尽きた彫像のようだった。

(あの子との時間を……これほどまでに奪われるくらいなら、最初から無能どもなど、生かすも殺すも放置しておけばよかったのだ……。何が治外法権だ。何が独立権だ……)

狂気的な執着の果てに得たものは、最愛の伴侶と引き離され、実の兄と殺し合い、さらにはその瓦礫を自ら片付けるという、極限の不条理だった。
深い、深い眠りの底へと沈みながら、魔王は人生で最も深い不服と後悔を、その胸の内に刻み込んでいた。

二人の最高位の魔術師が、完全に無防備な死体のように眠り続ける部屋。
その静寂を破らぬよう、重厚な扉が数寸だけ、音もなく開かれた。

室内に足を踏み入れたのは、プラチナブロンドの長い髪を美しく編み込んだエルザと、水色の長い髪を揺らす小柄なルミだった。

二人は息を呑み、そして互いに視線を交わして、静かに、しかし深く慈しむように目を細めた。
そこには、国の破滅を瀬戸際で食い止め、自らの不手際のすべてを肉体一つで清算しきった、愚かで、愛おしい男たちの姿があった。

エルザは音を立てぬよう細心の注意を払いながら、アルフレッドの元へと歩み寄った。
新緑のように優しい黄緑の瞳に、夫への深い慈愛と、労いの光を宿す。
彼女の腕には、北国ローゼンタールの上質なウールで織られた、厚手の暖かな毛布が抱えられていた。

「お疲れ様でした、アルフレッド様……」

心の内でそう呟きながら、エルザはアルフレッドの傷ついた背中へ、そっと毛布を掛けた。
彼女の丁寧な手付きは、白百合のような優しさに満ちていた。
毛布の温もりに包まれた新王は、微かに眉の緊張を解き、より深い安息の眠りへと沈んでいく。
エルザはその寝顔を愛おしそうに見つめた後、そっとその場から数歩退いた。

同じころ、ルミもまた、ソファの傍らで膝を突いていた。
透き通るような水色の瞳で、アルヴィーノの疲れ切った横顔を見つめる。
頬に刻まれた戦いの傷跡、乱れた紫の髪。
自分のために「魔王」となり、自分のためにすべてを滅ぼそうとした、激しくも不器用な恋人。

ルミは、この数日間の幽閉中にマルタと共に必死で編み上げた、深い紫色のマフラーを、主の首元へと優しく巻いた。
そして、その上から、彼を優しく包み込むように大きな毛布を重ねる。

「アルヴィーノ……頑張ってくれて、ありがとう。もう、どこにも行かないからね」

その呟きは、誰の耳にも届かないほどの囁きだった。
けれど、その温もりと、ルミの手編みのマフラーから漂う愛しい子の香りは、眠れる魔王の魂を確実に癒やしていった。
アルヴィーノの指先が、無意識に毛布の端を強く握り締める。
彼を縛る唯一の首輪は、今、彼に最高の平穏を与えていた。

エルザとルミは、再び視線を合わせ、静かに頷き合った。
これ以上の言葉は不要だった。
ここから先は、二人が目覚めるまで、誰一人としてこの聖域を侵させはしない。
新王妃となる淑女と、その陰で生きる伴侶の少年は、それぞれの最愛の者に確かな守護を残し、足音一つ立てずに執務室を後にした。

パタン、と微かな音を立てて扉が閉まる。

朝の光が、壊れた部屋と積み上げられた書類を白く照らし出していく。
すべてを終わらせた兄弟は、互いへの憎しみも、これまでの怒りもすべて忘却の彼方へと置き去りにしたまま、ただ泥のような静寂の中で、深い、深い眠りを貪り続けるのだった。
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