【兄弟喧嘩編】終わらない書類に、兄弟喧嘩を

王宮の遥か上空、北の夜空が不自然に爆ぜた。
漆黒の闇を切り裂く純白の閃光と、大気を紫黒に染める禍々しい魔力の奔流。
それは、城外へと転移した二人の王子が、己の全霊を賭して殺し合っている何よりの証左だった。
本宮のテラスからその破滅的な光景を見つめていたのは、水色の長い髪を夜風に揺らすルミと、その隣に佇むプラチナブロンドの美しい女性――アルフレッドの婚約者であり、新王妃となるエルザ・ローゼンタールだった。
新緑のように優しい黄緑の瞳に、エルザは確かな戦慄と、それ以上の深い憂いを宿していた。白百合のように儚げな容姿を持つ彼女だったが、その芯には、北国ローゼンタールの王女としての強い覚悟が刻まれている。

「……あれは、アルフレッド様と、アルヴィーノ様ですね」

エルザの落ち着いた、しかし緊迫した声が静寂に響いた。
ルミは自らの胸元を強く握りしめていた。
手紙を書いたばかりだった。
紫色の毛糸を編みながら、主の帰りを健気に待っていたのだ。
それなのに、あの二人はまたしても、互いの譲れないもののために世界を壊しかねない闘争を始めている。

「アルヴィーノ……、アルフレッド様……」

ルミの水色の瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。
けれど、その瞳に宿る光は絶望のそれではない。
ルミはエルザを見上げ、確固たる決意を込めて頷いた。

「エルザ様。……俺たちが、行かなきゃ」
「ええ。あの狂気を止められるのは、この世界に私たちしかいません」

二人は翻り、テラスから回廊へと急いだ。
そこには、王宮の崩壊こそ免れたものの、遠くから伝わってくる凄まじい地鳴りと魔圧の余波に、完全に戦慄いている近衛兵たちが立ち尽くしていた。
常人であれば息をすることすら困難な恐怖の空間。兵士たちの顔からは血の気が引き、槍を握る手は小刻みに震えている。

「皆の者、聞きなさい」

エルザの凛とした声が、怯える兵士たちを射抜いた。
お淑やかで礼儀正しい彼女が、王妃としての威厳を以て彼らに命じる。

「今すぐ、私たちをあの二人の元へ連れて行きなさい。これ以上の闘争は、レイストール王国の破滅を意味します」
「な、新王妃殿下……! 滅相もない!」

一人の兵士が、恐怖に顔を歪めて首を振った。

「あそこはもはや地獄です! 『魔王』の極大魔法と、陛下の神聖なる魔力が正面から衝突しているのです! 我々のような者が近付けば、その余波だけで塵一つ残さず消滅いたします! お二方を行かせるわけには……!」
「――ならば、私が御供いたします」

その恐怖の連鎖を断ち切るように、一歩前に踏み出した男がいた。
数日前から執務室の門番を続け、あの二人の狂気を誰よりも間近で感じていた近衛兵長だった。
彼の顔にも深い疲弊と恐怖が刻まれていたが、その瞳には忠義の火が灯っていた。

「兵長、正気か!?」
「静かにしろ。……新王妃殿下のおっしゃる通りだ。あの二人が本気で殺し合えば、この国は終わる。そして、あれを止められる首輪を持っているのは、ここにいるお二方だけだ。命に代えても、お送りいたします」

近衛兵長は即座に、手元に残された数少ない転移の魔導具を起動した。
エルザはルミの小さな手を強く握りしめ、ルミもまた、その手を握り返す。

「行きましょう、ルミさん」
「うん……!」

大気が歪み、三人の姿は王宮から掻き消えた。
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