【兄弟喧嘩編】終わらない書類に、兄弟喧嘩を
王宮の最深部は、すでに一国の王族が語らう場ではなく、神話の戦場と化していた。
「認めろ……ッ! 認めろ、アルフレッド……!!」
「認めないと言っているだろう、アルヴィーノ……!!」
掴み合った襟元から互いの骨が軋む音が響き、至近距離から放たれる魔力の残滓が二人の肌を容赦なく灼く。
アルヴィーノの細く切れ長の深い紫色の瞳は、濁った狂気と執着に染まり、アルフレッドの碧眼は、血走るほどの疲弊の中でなお、退けぬ王の矜持を滾らせていた。
だが、極限状態の二人が放つ魔力は、もはや施錠された執務室の防壁魔法で抑え込める領域を遥かに超越していた。
城壁を構成する強固な石材が地鳴りのような音を立てて激しく震え、天井からは無数の亀裂と共に粉塵が舞い落ちる。
(――不味い)
肉体を引き裂き合うような応酬の最中、二人の天才の脳裏に、同時に冷徹な最悪の予測が過った。
このままこの場所で全力を解放すれば、王宮そのものが崩壊する。
そうなれば、ここからそう遠くない私室で、自分を待って健気に毛糸を編んでいるはずのルミに、その瓦礫が襲いかかる。
別室で夫の無事を祈り、温かいスープを届けてくれた正妃エルザの身にも、致命的な危険が及ぶ。
「……場所を変えるぞ、魔王ッ!」
「望むところだ、クソ兄上……!!」
互いの襟元を掴んだまま、二人の足元に巨大な転移の術式が爆発的に展開された。
大気が不自然に歪み、視界が漆黒と純白の光に塗りつぶされる。
次の瞬間、衝撃波と共に二人が姿を現したのは、王城から遥か遠く離れた、荒涼たる北方の演習広場だった。
見渡す限りの赤茶けた大地、遮るもののない吹きさらしの荒野。
ここならば、どれほど暴れ、どれほどの禁術を解き放とうとも、誰一人として巻き込む者はいない。
最愛の者たちを護るため、そして目の前の宿敵を完全にねじ伏せるため、二人の王子は同時に地を蹴り、距離を取った。
「これより先は、王としての、そして兄としての全霊を以て、お前のその歪んだ独善を叩き潰す!」
アルフレッドが叫ぶと同時に、その手元に光の粒子が収束し、一本の壮麗な聖剣の形を成した。優しさだけでは解決できない現実を知り、威厳を身につけた新王の魔力は、夜闇を真昼の如く照らし出す。
「神聖なる光の加護よ、我が呼び声に応え、不浄なる闇を切り裂く絶対の盾となれ――」
アルフレッドの口から、厳かな詠唱が紡がれる。
「――『ディヴァイン・アイギス』!!」
眩いばかりの純白の障壁が幾重にも重なり、荒野の天空を覆い尽くす。
それはあらゆる攻撃を拒絶する、光属性の最高峰に位置する防御結界だった。
対するアルヴィーノは、不敵に、そして冷酷に唇を歪めた。
漆黒の軍服を風に翻し、全属性の攻撃魔法を統治する軍師の、真の魔力が解き放たれる。
紫の髪が激しく逆立ち、彼の周囲の大気が、触れるものすべてを消滅させるほどの熱量で爆ぜ始めた。
「世界の理を紡ぐ万象の力よ、我が意思の下に集い、傲慢なる光を永劫の闇へと葬り去れ――」
無詠唱を誇る彼が、呪詛の如き詠唱を口にする。
それは、目の前の兄を文字通り叩き潰すための、最大威力の術式を構築している証左だった。
「――『カタストロフ・レイ』!!」
極大魔法が発動した。
天空から降り注いだのは、あらゆる属性の魔力が超高密度で圧縮された、終末の光条。
それはアルフレッドが展開した『ディヴァイン・アイギス』の光壁へと真っ向から突き刺さり、荒野全体を震撼させる大爆発を引き起こした。
ズズズ、と大地が陥没し、衝撃波によって何十マイルもの範囲の土砂が巻き上げられる。
純白の防壁と、紫黒の破滅の光が激しく鬩ぎ合い、互いを削り取っていく。
「ぐっ、うおおおおおおおッ!!」
アルフレッドは聖剣を地に突き立て、血を吐きながらも結界を維持し続ける。
治癒と保護の力を極限まで高め、弟の放つ理不尽な暴力を、その身を挺して受け止めていた。
「無駄です、兄上……! 貴方のその『優しさ』の盾では、私の執着を、ルミを我が腕に抱くための渇望を、防ぎ止めることなどできはしない!!」
アルヴィーノの指先が、次なる破滅を描く。
「凍てつく虚無の深淵よ、熱き命の灯火を奪い、世界を静寂なる墓標へと変えよ――『アブソリュート・コキュートス』!!」
大地から、一瞬にして超巨大な氷の槍が幾千も突き出し、アルフレッドの障壁を物理的に圧殺せんと襲いかかる。
大気が凍りつき、荒野は一瞬にして極寒の地獄へと変貌した。
氷の刃が光の壁を穿ち、アルフレッドの肩や脚をかすめ、鮮血が白い王族服を赤く染めていく。
「まだだ……! まだ終わらせん……! 私は、お前を止める王だ!!」
アルフレッドの碧眼が、限界を超えた魔力の暴走によって白銀に輝き出す。
彼は傷口から溢れる血を、自らの純粋な光の魔力で強制的に焼き、凝固させながら、前へと歩を進めた。
「天上の清冽なる光よ、我が身を媒介とし、すべての拒絶を打ち砕く一撃となれ――『シャイニング・クラウス』!!」
聖剣から放たれたのは、全てを浄化する無数の光の矢。
それが氷の槍を粉砕し、アルヴィーノの懐へと迫る。
アルヴィーノはそれを、即座に構築した風の障壁で受け止めたが、防ぎきれなかった光の刃が、彼の漆黒の軍服を裂き、その美しい頬に一筋の赤い線刻を刻んだ。
「……ハッ、素晴らしい。これほどの力を隠していたとは、流石はレイストールの新王だ」
頬の血を指で拭い、アルヴィーノの瞳が、いっそ愉悦に近い狂気に染まる。
互いに傷だらけになり、連夜の疲弊などとうに忘却の彼方へ吹き飛んでいた。
残されているのは、ただ互いの意地を、正義を、そして相手への限界を超えたイライラと怒りをぶつけ合うための、純粋な闘争本能。
荒涼たる大地の真ん中で、光と闇、氷と雷が激しく交錯し、天を裂き、地を割り続ける。
最後の一枚の書類に書かれた、たった一人の少年の未来を巡り、二人の王子による、国をも揺るがす壮大な兄弟喧嘩は、いまだ底知れぬ熱量を持って加速していくのだった。
「認めろ……ッ! 認めろ、アルフレッド……!!」
「認めないと言っているだろう、アルヴィーノ……!!」
掴み合った襟元から互いの骨が軋む音が響き、至近距離から放たれる魔力の残滓が二人の肌を容赦なく灼く。
アルヴィーノの細く切れ長の深い紫色の瞳は、濁った狂気と執着に染まり、アルフレッドの碧眼は、血走るほどの疲弊の中でなお、退けぬ王の矜持を滾らせていた。
だが、極限状態の二人が放つ魔力は、もはや施錠された執務室の防壁魔法で抑え込める領域を遥かに超越していた。
城壁を構成する強固な石材が地鳴りのような音を立てて激しく震え、天井からは無数の亀裂と共に粉塵が舞い落ちる。
(――不味い)
肉体を引き裂き合うような応酬の最中、二人の天才の脳裏に、同時に冷徹な最悪の予測が過った。
このままこの場所で全力を解放すれば、王宮そのものが崩壊する。
そうなれば、ここからそう遠くない私室で、自分を待って健気に毛糸を編んでいるはずのルミに、その瓦礫が襲いかかる。
別室で夫の無事を祈り、温かいスープを届けてくれた正妃エルザの身にも、致命的な危険が及ぶ。
「……場所を変えるぞ、魔王ッ!」
「望むところだ、クソ兄上……!!」
互いの襟元を掴んだまま、二人の足元に巨大な転移の術式が爆発的に展開された。
大気が不自然に歪み、視界が漆黒と純白の光に塗りつぶされる。
次の瞬間、衝撃波と共に二人が姿を現したのは、王城から遥か遠く離れた、荒涼たる北方の演習広場だった。
見渡す限りの赤茶けた大地、遮るもののない吹きさらしの荒野。
ここならば、どれほど暴れ、どれほどの禁術を解き放とうとも、誰一人として巻き込む者はいない。
最愛の者たちを護るため、そして目の前の宿敵を完全にねじ伏せるため、二人の王子は同時に地を蹴り、距離を取った。
「これより先は、王としての、そして兄としての全霊を以て、お前のその歪んだ独善を叩き潰す!」
アルフレッドが叫ぶと同時に、その手元に光の粒子が収束し、一本の壮麗な聖剣の形を成した。優しさだけでは解決できない現実を知り、威厳を身につけた新王の魔力は、夜闇を真昼の如く照らし出す。
「神聖なる光の加護よ、我が呼び声に応え、不浄なる闇を切り裂く絶対の盾となれ――」
アルフレッドの口から、厳かな詠唱が紡がれる。
「――『ディヴァイン・アイギス』!!」
眩いばかりの純白の障壁が幾重にも重なり、荒野の天空を覆い尽くす。
それはあらゆる攻撃を拒絶する、光属性の最高峰に位置する防御結界だった。
対するアルヴィーノは、不敵に、そして冷酷に唇を歪めた。
漆黒の軍服を風に翻し、全属性の攻撃魔法を統治する軍師の、真の魔力が解き放たれる。
紫の髪が激しく逆立ち、彼の周囲の大気が、触れるものすべてを消滅させるほどの熱量で爆ぜ始めた。
「世界の理を紡ぐ万象の力よ、我が意思の下に集い、傲慢なる光を永劫の闇へと葬り去れ――」
無詠唱を誇る彼が、呪詛の如き詠唱を口にする。
それは、目の前の兄を文字通り叩き潰すための、最大威力の術式を構築している証左だった。
「――『カタストロフ・レイ』!!」
極大魔法が発動した。
天空から降り注いだのは、あらゆる属性の魔力が超高密度で圧縮された、終末の光条。
それはアルフレッドが展開した『ディヴァイン・アイギス』の光壁へと真っ向から突き刺さり、荒野全体を震撼させる大爆発を引き起こした。
ズズズ、と大地が陥没し、衝撃波によって何十マイルもの範囲の土砂が巻き上げられる。
純白の防壁と、紫黒の破滅の光が激しく鬩ぎ合い、互いを削り取っていく。
「ぐっ、うおおおおおおおッ!!」
アルフレッドは聖剣を地に突き立て、血を吐きながらも結界を維持し続ける。
治癒と保護の力を極限まで高め、弟の放つ理不尽な暴力を、その身を挺して受け止めていた。
「無駄です、兄上……! 貴方のその『優しさ』の盾では、私の執着を、ルミを我が腕に抱くための渇望を、防ぎ止めることなどできはしない!!」
アルヴィーノの指先が、次なる破滅を描く。
「凍てつく虚無の深淵よ、熱き命の灯火を奪い、世界を静寂なる墓標へと変えよ――『アブソリュート・コキュートス』!!」
大地から、一瞬にして超巨大な氷の槍が幾千も突き出し、アルフレッドの障壁を物理的に圧殺せんと襲いかかる。
大気が凍りつき、荒野は一瞬にして極寒の地獄へと変貌した。
氷の刃が光の壁を穿ち、アルフレッドの肩や脚をかすめ、鮮血が白い王族服を赤く染めていく。
「まだだ……! まだ終わらせん……! 私は、お前を止める王だ!!」
アルフレッドの碧眼が、限界を超えた魔力の暴走によって白銀に輝き出す。
彼は傷口から溢れる血を、自らの純粋な光の魔力で強制的に焼き、凝固させながら、前へと歩を進めた。
「天上の清冽なる光よ、我が身を媒介とし、すべての拒絶を打ち砕く一撃となれ――『シャイニング・クラウス』!!」
聖剣から放たれたのは、全てを浄化する無数の光の矢。
それが氷の槍を粉砕し、アルヴィーノの懐へと迫る。
アルヴィーノはそれを、即座に構築した風の障壁で受け止めたが、防ぎきれなかった光の刃が、彼の漆黒の軍服を裂き、その美しい頬に一筋の赤い線刻を刻んだ。
「……ハッ、素晴らしい。これほどの力を隠していたとは、流石はレイストールの新王だ」
頬の血を指で拭い、アルヴィーノの瞳が、いっそ愉悦に近い狂気に染まる。
互いに傷だらけになり、連夜の疲弊などとうに忘却の彼方へ吹き飛んでいた。
残されているのは、ただ互いの意地を、正義を、そして相手への限界を超えたイライラと怒りをぶつけ合うための、純粋な闘争本能。
荒涼たる大地の真ん中で、光と闇、氷と雷が激しく交錯し、天を裂き、地を割り続ける。
最後の一枚の書類に書かれた、たった一人の少年の未来を巡り、二人の王子による、国をも揺るがす壮大な兄弟喧嘩は、いまだ底知れぬ熱量を持って加速していくのだった。