【バカンス編】真夏の楽園に、世界で一番甘い休日を
夕闇が完全に帳を下ろした夏祭り会場は、昼間の喧騒とはまた違う、熱気と興奮に包まれていた。
頭上に巡らされた無数の提灯が赤々とした光を放ち、夜風に乗って太鼓の小気味良いリズムと、甘辛い露店の匂いが漂ってくる。
その賑やかな人混みの中を、ルミは一歩後ろに控えながら、前を行くアルヴィーノの大きな手に引かれて歩いていた。
(外だから『アルヴィーノ様』だけど……こうやって、みんなの前でもぎゅって手を引いてくれるの、すっごく嬉しいな)
裾にひまわりが描かれた白いワンピースを揺らしながら、ルミは麦わら帽子の下で、こぼれそうな笑みを浮かべていた。
一方、手を引くアルヴィーノは、いつも通りの隙のない漆黒の軍服姿のまま、周囲を圧殺せんばかりの端正な美貌で前を見据えている。
しかしその脳内では、顔色一つ変えないまま、激しい後悔の念が渦巻いていた。
(――不覚。なぜ私は、南国への遠征にあたって、ルミのための浴衣の一着すら用意してこなかったのか。このお祭りの賑わいの中、あの細い身体に浴衣を纏わせ、帯で薄い腰をきゅっと結んだ可憐な姿を独占できていれば、今頃私はどれほどの至福を得られていたか……。帰国したら、すぐに王宮のお抱え仕立て屋に命じて、来年用の特注品を数十着作らせねばなりませんね)
心の中で激重な決意を固める軍師だったが、もちろん表向きは「慈悲なき軍師」の冷徹な表情のままである。
そんな二人の姿は、お祭り会場においてあまりにも異質だった。
何しろ、南国の開放的な空気の中で誰もが軽装や浴衣を楽しんでいるというのに、一人だけ、戦場を統治する漆黒の魔王が冷徹なオーラを放って歩いているのだ。
すれ違う地元の人々や観光客たちは、一様にギョッとして道を譲り、「な、何であんな恐ろしい軍人様がお祭りに……?」「横にいる水色の髪の男の子、生贄か何かなのか……?」と、怯えるような、けれど興味津々な視線を遠巻きに送ってくる。
だが、アルヴィーノはそんな周囲の反応など一微塵も気に留めない。
ルミが「あ、アルヴィーノ様、見て! 金魚すくいだって!」と、水色の瞳をきらきらと輝かせて振り返った瞬間、彼の紫の瞳にはとろけるような甘い光が宿る。
「……やってみたいのですか、ルミ」
「うん! 俺、お魚さんすくってみたい!」
二人はさっそく、露店の金魚すくいの前に腰を下ろした。
店主の男は、漆黒の軍服のアルヴィーノが目の前に座った瞬間、恐怖で顔を真っ青にしてガタガタと震え出したが、アルヴィーノはただ優雅に最高級の硬貨を差し出す。
「この子の分を。――ルミ、ポイは水に深く浸けすぎないよう、斜めに滑り込ませるのがコツですよ」
「は、はい! がんばる!」
アルヴィーノの的確な助言を受けながら、ルミは慎重に手を動かす。
何度かポイの紙を破りながらも、ついに一匹の小さな赤い金魚をすくい上げると、「とれたぁ!」と、ひまわりが咲いたような笑顔をアルヴィーノに向けた。
その純粋な喜びの笑顔を見た瞬間、アルヴィーノは胸の内のすべての不満をあっさりと霧散させた。
その後も、二人はお祭りを存分に満喫した。
屋台で買った、あつあつのたこ焼きをルミが「はふはふ」と口に含めば、アルヴィーノは従者を労う主の体を装いながら、ごく自然な動作でルミの口元を指先で拭ってやる。
周囲の人間からは「魔王が従者を異様に手厚く看病している」ようにしか見えないが、二人の間には、誰にも踏み込めない濃密な愛の熱が通い合っていた。
さらに、南国名物の冷たい果実の削り氷を一つの器で分け合ったり、お面売りの露店でルミが可愛いお面をアルヴィーノの顔に悪戯っぽく当てて「似合う?」と笑い合ったり。
周囲の怯えと困惑の視線をよそに、二人は「主従の仮面」の裏側で、どこまでも甘く、特別な夏の夜の思い出を重ねていくのだった。
頭上に巡らされた無数の提灯が赤々とした光を放ち、夜風に乗って太鼓の小気味良いリズムと、甘辛い露店の匂いが漂ってくる。
その賑やかな人混みの中を、ルミは一歩後ろに控えながら、前を行くアルヴィーノの大きな手に引かれて歩いていた。
(外だから『アルヴィーノ様』だけど……こうやって、みんなの前でもぎゅって手を引いてくれるの、すっごく嬉しいな)
裾にひまわりが描かれた白いワンピースを揺らしながら、ルミは麦わら帽子の下で、こぼれそうな笑みを浮かべていた。
一方、手を引くアルヴィーノは、いつも通りの隙のない漆黒の軍服姿のまま、周囲を圧殺せんばかりの端正な美貌で前を見据えている。
しかしその脳内では、顔色一つ変えないまま、激しい後悔の念が渦巻いていた。
(――不覚。なぜ私は、南国への遠征にあたって、ルミのための浴衣の一着すら用意してこなかったのか。このお祭りの賑わいの中、あの細い身体に浴衣を纏わせ、帯で薄い腰をきゅっと結んだ可憐な姿を独占できていれば、今頃私はどれほどの至福を得られていたか……。帰国したら、すぐに王宮のお抱え仕立て屋に命じて、来年用の特注品を数十着作らせねばなりませんね)
心の中で激重な決意を固める軍師だったが、もちろん表向きは「慈悲なき軍師」の冷徹な表情のままである。
そんな二人の姿は、お祭り会場においてあまりにも異質だった。
何しろ、南国の開放的な空気の中で誰もが軽装や浴衣を楽しんでいるというのに、一人だけ、戦場を統治する漆黒の魔王が冷徹なオーラを放って歩いているのだ。
すれ違う地元の人々や観光客たちは、一様にギョッとして道を譲り、「な、何であんな恐ろしい軍人様がお祭りに……?」「横にいる水色の髪の男の子、生贄か何かなのか……?」と、怯えるような、けれど興味津々な視線を遠巻きに送ってくる。
だが、アルヴィーノはそんな周囲の反応など一微塵も気に留めない。
ルミが「あ、アルヴィーノ様、見て! 金魚すくいだって!」と、水色の瞳をきらきらと輝かせて振り返った瞬間、彼の紫の瞳にはとろけるような甘い光が宿る。
「……やってみたいのですか、ルミ」
「うん! 俺、お魚さんすくってみたい!」
二人はさっそく、露店の金魚すくいの前に腰を下ろした。
店主の男は、漆黒の軍服のアルヴィーノが目の前に座った瞬間、恐怖で顔を真っ青にしてガタガタと震え出したが、アルヴィーノはただ優雅に最高級の硬貨を差し出す。
「この子の分を。――ルミ、ポイは水に深く浸けすぎないよう、斜めに滑り込ませるのがコツですよ」
「は、はい! がんばる!」
アルヴィーノの的確な助言を受けながら、ルミは慎重に手を動かす。
何度かポイの紙を破りながらも、ついに一匹の小さな赤い金魚をすくい上げると、「とれたぁ!」と、ひまわりが咲いたような笑顔をアルヴィーノに向けた。
その純粋な喜びの笑顔を見た瞬間、アルヴィーノは胸の内のすべての不満をあっさりと霧散させた。
その後も、二人はお祭りを存分に満喫した。
屋台で買った、あつあつのたこ焼きをルミが「はふはふ」と口に含めば、アルヴィーノは従者を労う主の体を装いながら、ごく自然な動作でルミの口元を指先で拭ってやる。
周囲の人間からは「魔王が従者を異様に手厚く看病している」ようにしか見えないが、二人の間には、誰にも踏み込めない濃密な愛の熱が通い合っていた。
さらに、南国名物の冷たい果実の削り氷を一つの器で分け合ったり、お面売りの露店でルミが可愛いお面をアルヴィーノの顔に悪戯っぽく当てて「似合う?」と笑い合ったり。
周囲の怯えと困惑の視線をよそに、二人は「主従の仮面」の裏側で、どこまでも甘く、特別な夏の夜の思い出を重ねていくのだった。