【バカンス編】真夏の楽園に、世界で一番甘い休日を

「――以上で、本日の全メニューを終了とします。お疲れ様でした」

アルヴィーノが冷淡にそう告げた瞬間、演習場にはドサドサと肉体が砂に沈む音が虚しく響き渡った。
そこにいたのは、もはや軍隊ではなく「死人の山」だった。
ルセリアの将兵たちは一様に白目を剥き、指一本動かす気力すら残っていない様子でその場に頽れている。
魔王の超人的かつ容赦のない猛特訓に強制的に付き合わされた彼らの魂は、すでに肉体から半分ほど抜けかかっていた。
しかし、慈悲なき軍師の心に「労い」などという高尚な概念は存在しない。
アルヴィーノは軍帽の庇を冷徹に整えると、倒れ伏す彼らを一瞥することもなく、氷のように冷たい声を浴びせた。

「休んでいる暇があるなら、さっさと撤収しなさい。我が軍の演習場をいつまでも無能の屍で汚されるのは不愉快極まりない。……三分以内に退却しなければ、極大魔法で塵ごと吹き飛ばしますよ」

「ひ、ひいいぃっ……!」と、死に体だったはずの将兵たちが恐怖のあまり悲鳴を上げ、這いつくばりながら猛スピードで逃げ惑い始める。
そのあまりに哀れで可哀想な光景を、ルミは入り口のベンチから、少しだけ同情の混じった、けれどどこか呆れたような目で見つめていた。
気がつけば、演習場の向こうに広がる海は、すでに美しい茜色に染まり始めていた。
夕刻。
街からはかすかに、お祭りの始まりを告げる賑やかな太鼓の音が潮風に乗って聞こえてくる。

「ルミ、お待たせしました」

先ほどまでの冷酷さが嘘のように、アルヴィーノの紫の瞳がとろけるような甘い熱を帯びる。しかし、ルミの元へと歩み寄った彼は、ふと足を止め、その美しい眉を険しくひそめた。
今から一度屋敷に戻って着替えていては、せっかくのお祭りに遅れてしまう。
しかし、このまま現地へ向かうとなれば、アルヴィーノは隙のない漆黒の軍服姿のまま、そしてルミは裾にひまわりが描かれた白いワンピース姿のままだ。

「……困りましたね。屋敷に戻る時間はありませんが、このまま公衆の面前に赴くとなれば、私は貴方を『従者』として扱わねばならなくなる。これほど多くの有象無象がひしめく祭りの場で、貴方に『アルヴィーノ様』などと他人のように呼ばせ、指一本触れられないなど……私にとっては、万死に値する苦行です」

アルヴィーノは本気で苦悩していた。
最愛の伴侶との甘い時間を過ごしたい。
しかし、公の場で「主従の仮面」を被り、ルミを自分の伴侶として独占できない状況は、彼の強すぎる独占欲がどうしても拒絶してしまうのだ。

「そんなの、俺は全然平気だよ!」

葛藤する魔王の大きな手を、ルミは両手でぎゅっと握りしめた。
麦わら帽子の下から、確固たる光を宿した水色の瞳でまっすぐに見つめ上げる。

「俺ね、アルヴィーノがお仕事の服のままで、俺がワンピースのままでも、一緒にお祭りに行ければそれだけでいいの。お祭りの中で、アルヴィーノが格好よく俺の手を引いて歩いてくれるだけで、すっごく幸せなんだよ? ……だから、お願い。このまま一緒に行こう? ね?」

潤んだ瞳での、必死の懇願。
「主従の仮面」を被ってでも、自分と共にお祭りに行きたいと真っ直ぐに訴えかけるルミの可憐さに、アルヴィーノの強固なこだわりは、脆くも崩れ去っていった。
最愛の天使にここまで健気にねだられて、首を横に振れるはずがない。

「……本当に、貴方という人はずるい。そんなふうに必死にねだられては、折れないわけがないでしょう」

アルヴィーノは深くため息をつくと、周囲に誰もいないことを確認し、ルミの額に愛おしそうにそっと口づけを落とした。

「分かりました。今夜は貴方の望む通り、あの賑やかな喧騒の中へ赴きましょう。……ただし、いくら表向きは主従として振る舞うとはいえ、私の目の届かない場所へ行くことは決して許しませんからね、ルミ」
「うん! 約束する。えへへ、ありがとう、アルヴィーノ!」

腕の中でひまわりのように笑う最愛の伴侶の手を、アルヴィーノは今度こそ離さないように強く握り締めた。
夕闇が迫り、提灯の明かりがぽつぽつと灯り始めた夏祭りの会場へと、二人は並んで歩みを進めていくのだった。
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